2007
建築講座3レポート「建築家という職能は、公共性をもちうるか」
テーマ:「公共建築は誰のためのものか」
日時:2007年6月15日(金)18:00〜20:30
講師:上野千鶴子(社会学者、東京大学大学院人文社会系研究科教授)
司会:山本理顕(Y-GSAプロフェッサー・アーキテクト)
会場:横浜市開港記念会館 講堂
主催:Y-GSA+横浜市
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旅行に行った。目的地までは車で走ったが、地方の幹線道路沿いというのは、どこも同じような景色ばかりだ。道路沿いに巨大なショッピングモールと、それに隣り合った市営のスポーツセンターを見た。道路は畑の真ん中を突っ切っている。
「公益」のために引かれた道路と、「民意」を反映して誘致されたショッピングセンター、「市民」のためのスポーツセンター。ほんの数年前までは、田畑が広がるだけだった場所が、経済市場からの要請と密接に関係した公共事業というカタチで、風景を一変したのだろうと勘ぐる。
「公共性」というと、どこか信憑性に欠ける、と多くの日本人は感じているのではないかと思う。日本では「公共性」という言葉が、官やお上といわれる行政の、公的権力が意思を通すときの用語として使われてきたという意識が深く根付いているからではないか。私たち日本人の耳には、ネガティブな語感として「コウキョウ」という音が染み付いてしまった。
上野千鶴子さんは今回のレクチャーで、新しいタイプのケア施設の調査に基づく「協」という概念についてお話しされた。公益の担い手として、「官(行政)」のみに期待するのでは無理がある。かといって「民(市場)」に頼ってもお金が掛かり過ぎる。そんななか出てきたのが、公益の担い手として市民がつくるセクターである、「協」。「私設される公共性」と言い換えることができるだろうか。従来の「官」対「民・私」の構図に、新たにこの「協」を加えた福祉多元社会の可能性についてのレクチャーであった。
公共性を「官」や「民」だけに期待していては、こぼれ落ちてしまうニーズが溢れている。そうしたなかで、上野さんがおっしゃる通り、「協」のような新しい公共性の在り方が有効であり、必要不可欠なものとなってくるのだろう。それは私たち生活者が、自発的に生み出す公共性である。
さて、問題はその新しい公共性に対して、どんな空間が必要とされるのかという議論だ。上野さんは、「空間は関係ないのでは」と言われた。そして「建築家たちは、それをつくってみせてください」とも。
山本校長は、建築は新しい概念を空間として検証する、ある種の実験装置だと言う。そのように常にオルタナティブを提案し続ける体力は、建築家としての職能になくてはならないものだろう。しかし同時に、今生きている生活世界を注意深く観察する目も、もたねばならない。闇雲に行なう実験からは何も生まれないからだ。
「新しい形態」「新しい空間」という言葉をよく耳にするが、そもそも何のための「新しさ」なのか。その議論が欠落しているのではないのかと感じることがままある。行政や経済などといった社会システムは不可視のものだが、ときにその末端が物理的なカタチ(道路、ショッピングセンター、スポーツセンター)として私たちの生活世界のなかに現れる。
かつて建築家が特権的な職業だと感じられた時代があったのなら、それは不可視の社会システムと、人々の生きる生活世界とを行き来していたからだ。建築家という職能が、社会的な存在たりうるのか、あるいはただの「建築デザイナー」に成り下がるのか。社会的な存在たる、ということは、ある種の公共性を、職能そのものに纏うということだ。
車は左折して、スポーツセンターの脇を通り過ぎる。その裏側には真新しいアパートや戸建ての住宅が建ち並んでいて、それらに切り取られるように残った小さな畑で、農作業をしている老人がいる。おそらくもう生産性のない畑だろうが、素人目にもわかるほどきれいに手が加えられている。
そこに不正があったわけではない。むしろ畑を売って、その家は裕福になり、幸せだと感じているのかもしれない。だからこそ難しい。社会のシステムはこういう場所にまで深く根を張っているのだということを、そのときようやく実感した。建築家はこういうところにこそ、飛び込んで行かねばならないはずだ。
建築あるいは都市をつくるという行為すべてに、公共性に対する責任が発生するのだ。その意味を今一度確認しなければならない。そして公共性のカタチそのものも、時代と共に変化している。事態はひとりの人間が把握しきるには到底不可能なまでに複雑だ。そのとき、上野さんのような社会学者の言葉が、何らかの示唆を与えてくれるだろう。
レクチャー終盤に上野さんは、「社会学者と建築家は同じ方向を向いたライバルである」とおっしゃった。そしてそれはときに、心強い同志でもある。
(谷口晋平)