横浜建築都市学

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2007
建築講座4レポート「僕らの未来はどこにあるのか」

テーマ:「建築の新しさとは何だったのか」
日時:2007年7月6日(金)18:00〜20:30
講師:松山厳(作家、評論家)
司会:飯田善彦(Y-GSAプロフェッサー・アーキテクト)
会場:東京芸術大学大学院映像研究科 馬車道校舎
主催:Y-GSA+横浜市
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「建築の新しさとは何だったのか」第一回建築講座の伊東豊雄先生による「建築の新しさとは何か」に因んで、今回の講演のテーマが設定されている。
伊東先生が、純粋な空間の力、新しい建築の可能性を示してくれたのに対し、松山先生は、歴史学的な視点をもって、新しさを求める先に未来はないという現実を突きつけ、建築家を目指す僕らに警鐘を鳴らした。

松山先生は唐招提寺から話を始め、その歴史を調べていくと日本固有のものではなく、他の文化と交流しながら更新を繰り返してきたと述べられた。つまりそれは、新しさを求めての更新ではないということだ。
 話は明治時代に入る。文明開化を経て、「科学技術・メディア・資本主義・人々の欲求」が新しいことに価値をもたらす。松山先生はここに「新しい建築」という概念の現れを見る。科学技術や情報は新しいことこそがその価値であり、メディアは新しさを広告し、人々は新しさを欲する。そして資本があれば新しいものが手に入る。資本主義の社会の中で、新しさを欲する人間の欲望は自己増殖しながら現代へ続き、その行き着く先が超高層ビルであるという。

松山先生の論理はとても鮮やかで、僕らがなんとなく感じている超高層ビルへの危機感に対して、歴史の流れの上にある現実を突きつけると共に、超高層ビルを真っ向から批判する。そして「新しい建築」の行き着いた先である超高層ビルの孕んでいる問題を示された。
 緩和政策によってもたらされる空間の資本化、災害時の問題、ヒートアイランドの問題、そしてさらには建築にデザインがなくなるという。時代の流れが超高層ビルに行き着いたのだとしても、僕らが日々考えている建築の未来はまた別のところにあるはずだ。
 松山先生の述べられたように、時代の流れを俯瞰的に見たときには、「新しさ」の行き着く先は超高層ビルであるかもしれないが、建築家や僕ら学生はそのような建築を目指しているのではないはずだ。松山先生はあくまで今という時代のスピード、メディア、資本、欲望に絡め取られた新しさの先に未来はないと言っているのだ。そして建築の6つの規則を提示し、その中で10年、20年後の時代においても耐える建築が未来をつくっていくのだと言われた。

僕らは、社会をなんとか変えて見せよう、素晴らしい未来をつくり出そうと毎日スタジオでもがいている。そして同時にその情熱は、「新しい建築」「新しい風景」「新しい何か」を求めてしまう。僕らは伊東先生の示すような建築の力、新しい建築を信じながら、一方で松山先生の述べられた新しさの先の危険性を自覚し、未来を見据えていかなければならない。新しい建築を求める創造の情熱と、現実と未来の社会を冷静に見定める目をもつ必要があるのだ。
 「新しい建築」とは果たして何なのか。その答えはまだ見えそうにないが、僕らは自らのつくる建築を信じて前に進むしかない。その先の未来において、初めてその建築の果たした役割が見えてくるのだろう。「建築をつくることは未来をつくることである」これはY-GSAの掲げるマニフェストだ。ひとまず、この言葉を信じて突っ走ってみようと思う。
(田中裕一)

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