
テーマ:2008年度建築講座:「(建築)デザインの公共性」
日時:2008年10月24日(金)18:00〜20:30
講師:八束はじめ
会場:横浜市開港記念会館 講堂
主催:Y-GSA+横浜市
あの10+1の創刊を支え、現在は芝浦工業大学で教授をされている八束はじめ氏を迎え、「GLOBAL CITY STUDIES」と題し行われたY-GSA横浜建築都市学。モデレータは北山教授である。
現在自分が所属している北山スタジオは横浜のベイエリアを敷地に、芝浦工業大学の八束研究室で東京湾という東京のベイエリアを敷地に課題を設定しているということもあり、広大で扱いにくいベイエリアに対しどのようにアプローチしていくかが今回のレクチャーの焦点となった。
八 束氏のテンポのいいスライドと語り口ですぐに引き込まれた。基本的には丹下前後の都市計画とレムコールハースの都市に対するアプローチをを引き合いに自身 の研究室のプロジェクトの紹介をしていくといった内容で、はっきりと現代まで続く坂本一成に代表される住宅作家の流れを批判し、もっとBIGNESSを扱えと言わんばかりの挑発的な内容であった。
八束研のプロジェクトはY-GSAのそれとは雰囲気が少し違っていて、アイデアとしては批評的で面白いものが多かった。
この差異は横浜のベイエリアと東京湾におけるコンテクストの差異が影響していると思われる。歴史的な積み重ねのある横浜の「成熟したベイエリア」に対して、余条件がない東京の「未熟なベイエリア」。この差は大きい。Y-GSAの 課題は実際の敷地が横浜近郊に設定され、行政とコミットする場合もある。だからリアリティが評価の基準となり、建築がそこにある理由が何よりもまず求めら れている。しかし、一方で、その規模は都市的であり、建築としての新しさも求められている。一般的には、リアリティを求めると批評性のないつまらない建築 が出来上がり、批評性や建築としての新しさを求めるとリアリティがなくなるように思われているが、Y-GSAではその両方を求められるのである。
一 方で、上記にあるように八束研の課題でもそのようなジレンマが見られた。東京湾と言うタブラ・ラサにおいて、あれだけ挑発的に都市を扱い、批評的なプロ ジェクトを進め、日本は縮小ではなくむしろ高密度になるかもしれないと香港を引き合いに高密度万歳を提唱していたが、そこにリアリティが感じられるものは 少なかった。八束氏自身もおっしゃっていたが、ストーリーだけが先走りして個々のプロジェクトから生活像が見えにくいのである。 そう考えると生活や使われ方を想像できるということはなによりも説得力のあるリアリティである。
私 たちは課題において様々なデータや敷地条件を扱い、なんとかそこに建築を作るための「リアリティ」のあるストーリーをまず作る。そしてそこから建築を考え ていくのだが、どうも私たちはストーリーの部分と建築を考える部分を区別して課題を進めているように思えてならない。話ができたから、さぁ建築を作ろう。 という具合に。
私個人としては生活や使われ方を想像できるようなリアリティ(=案の強度)はストーリーも建築も含めて総合的に得られると思っているから、それらはもっと一色単に扱われるべきだと思っている。建築を作るという行為はどれか一つの要素を扱うだけでは不可能なのだ。
だからこそ私は、建築を作るという行為に魅力を感じるのである。
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