横浜建築都市学

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2008
建築講座7レポート「空間の力ー建築の<顔>?」

テーマ:2008年度市民公開講座:「空間の力ー建築の<顔>?」
日時:2008年12月12日(金)18:00〜20:30
講師:鷲田清一
会場:横浜市開港記念会館 講堂
主催:Y-GSA+横浜市

 私達は、ある人を思い浮かべる時、まず、その人の顔を思い出す。それは、笑っている顔、怒っている顔、悲しそうな顔、さまざまである。顔を外しては、その人を思いめぐらすことは出来ない。それ程人の顔は印象的で、人はよく人の顔をよく見るものだと考えさせられる。
  うれしい、悲しいなど感情を顔で表現する時、人間は母親をみて初めて学習するという大変興味深いお話をされた。人は言葉を知らなければ感情を表すことは出 来ない。しかし赤ちゃんを持つお母さんは、いつも大きな反応でとても分かりやすい表情を赤ちゃんにしてあげる。その表情は鏡となって、私達は感情というも のを習得してきた。
  また絵画というものをとらえるために、例として彫刻家のジャコメッティのお話をされた。ジャコメッティが描いては潰すというのを繰り返し続けた制作過程は 顔が消えることそのものを絵で描く挑戦をし続けた。見られるとこによって初めて生まれるもの。見られることの権利、見られることへの呼びかけ、それが絵画 の権利である。
  それは、都市も同じ権利をもっているだろう。昔の人は子供を大切にし、それが建物に表れ、建物が大切に作られた。そこには、張り付いてくる人々の顔それが 地域共同体だった。見るともなく見るという環境、それが地域だった。しかし、人々はそんな張り付いてくる顔を嫌がり、人と人とが出会わないものが高級住居 で、人と人とが会わない住居地域を作ってきた。そこには抽象化された人間が生まれ、匿名な空間が出来それが都市となった。その都市では人は消費者と呼ば れ、市民ではなくなったのである。顔のない人として住めることに成功した都市が出来た。消費意欲をどう刺激するかを考え、人々が市民であることを忘れて いったのである。その都市で暮らす人は、張り付いてくる人の顔がなくなったが、今度は無名の視線に見続けられることになる。しかし人間は無名の視線に見続 けられることには耐えられなかった。自分が死んだとき、誰かにわかってもらえること、人は一人では生きられないのである。無視されない権利、消えたら存在 をわかってもらえる権利を人は欲するのである。
 1950年 代の区画整理により、街は作り変えられ、街のなかであいさつをすることが消えていった。人々が助け合うことを忘れてしまった都市は、もうこれからの未来に 限界がある。誰かの手助けをかりながら生活したい人はどうのように暮らしたらいいのだろうか。孤独死しか待っていないのだろうか。そのような人々には明る い未来はないのだろうか。私はそうは思わない。どんな人々にも平等な魅力的な街はあるだろう。もっと人々にとって魅力的な街は、人々が助けあい、生活する 人が集まる場所なのではないだろうか。消費者が集まる街ととらえるのではなく、都市とは、生活する人が集まる街ととらえ、もっと暖かいものなのではないだ ろうか。そんな街を実現させるためには、都市での住まい方をもう一度考え直す必要があるだろう。そして、その都市に根付いている文化を大切にし、人々の表 情、人々の生活がある魅力的な街を皆が描くこと。それはちょっとした幸せの重なりで出来るかもしれない。そのちょっとした幸せを私達は忘れているのかもし れない。
それが私達が描かなければならない未来だと感じた。
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