横浜建築都市学

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建築講座8レポート「建築(デザイン)の社会性」

テーマ:2008年度建築講座:「(建築)デザインの公共性」
日時:2009年1月9日(金)18:00〜20:30
講師:藤本壮介
会場:横浜市開港記念会館 講堂
主催:Y-GSA+横浜市

1月9日には、藤本壮介氏に講演をしていただいた。「primitive future」と題されたこの講演は、近作を通じて藤本氏の建築に対する価値観や考え方を聞くことができ、とても刺激的であった。
藤本氏は「Nest or Cave」 という言葉で自身の設計に対する考えを話し始めた。巣は動物が心地のいい自分の居場所をつくる、ある意味で機械的な建築であるのに対し、洞窟は元々ある場 所に自分の居場所を探していく発見的な建築であるという。どちらにもどちらの良さがあると肯定した上で、自分は洞窟のような建築をつくりたいと藤本氏は語 る。
 30cmという人にとって機能的であるような、そうでないような高さで薄いプレートが積み重なっていく「Primitive Future House」(以下PFH) は藤本氏の洞窟的建築の代表作であるといえる。細かな段差の積み重なりの中に、イスや机や棚といった機能的な場所を探していくというコンセプトは、合理性 を重視してきた近代建築に対するアンチテーゼのようにも感じられる。その思考はくまもとアートポリスのプロジェクト「モクバン」に継承されていく。ここで 非常に興味深かったのは、モクバンになったことで以前よりも自分の考え方がよりピュアに表現されたという、藤本氏の発言である。一見するとPFHのほうが純粋に藤本氏の思考を体現しているようにも見えるが、そうではないという。PFHはプレートが積み重なるということのみにこだわり、他の一切の建築的操作を排除してきた。しかしそれゆえに、壁などの住宅にとって必要不可欠なものまでもが排除されてしまい、コンセプトモデルとしての姿を逸脱しきれない感があった。モクバンでは35cmの木材の塊を積んでいくため、積みかたによって透明な場所と不透明な場所ができる。木の塊を積むことはPFHと同等の操作をしているにも関わらず、建築的な領域をつくりだすことに成功している。まさに藤本氏の思想をストレートに体現するものになったのである。
 藤本氏は、自分の設計はすべてを決めないところに良さがある、と語る。これは友人であり建築家の平田晃久氏の「藤本は全体をきっちり決定しないからダメだ」という指摘に対し言ったことである。『HOUSE N』では、この決めない建築に関するおもしろいエピソードが聞けた。HOUSE Nのコンセプトは、3重 の入れ子の構造によってこれまでにない街と家との距離感をつくりだしていくというものである。いよいよ基本設計も終わりにさしかかるという時に、施主の旦 那さんが突然、一番外側の躯体はいらないのではないか、ということを言い出したという。最終的に奥さんの説得により、旦那さんも了承したらしいが、考えて みれば一番の外側の空間は、機能も名前も曖昧な空間である。しかしこの曖昧で言葉にできない空間に藤本氏の決めない空間の良さが隠れている。西沢教授がこ の空間を訪れたときに「この空間にいると、なぜかずいぶんと街が遠く感じますね」とコメントしているように、言葉には出来ない、感覚的でどこか宙ぶらりん とした空間こそが、氏の言う洞窟的建築たらしめるものなのである。
 西沢教授や山本校長との質疑応答では、藤本氏の建築には「社会性」が弱いのではないか、という批判もでた。
私たちY-GSAの学生はこの「社会性」という言葉を日頃から注意深く教えられている。
しかし、われわれ教えられている立場の人間からしても、社会性という言葉はひどく曖昧で理解し難いものでもある。確かに藤本氏の作品は、氏の考えた建築原理がそのまま建ちあがったような面持ちをしたものが多く、周辺環境との調和がとれているかというと疑問も残る。HOUSE Nの、外側の空間を説得する言語が不足していることも、社会性の欠如と言えるのかもしれない。
しかし、そういった建築原理こそ強い社会性を持つ、ということも言えるのではないか。事実、イエガタを積むという強烈なフォルムの『東京アパートメント』は、すでに学生や他の建築家に模倣されており、氏の建築に強い影響力があることを示している。
藤 本氏の建築は言葉にして明確に説明することはできないが、感覚的に良いと感じることが多い。明確な言葉や定義としてくくれないからこそ、これまでの建築に はない新しさを感じるのかもしれない。むしろ合理性を追求してきた近代建築とは一線を画すものであるから、言葉にできないことが自然である。まさに「primitive future」、原初的な状態に還ってゆく未来の建築、というこの講演のタイトルが、藤本氏の新しい社会性を感じさせるのである。
もし、氏のこういった思想が、何らかの形で強い共通認識となるのであれば、それは新しい社会性として今まで以上に広い共感を得ることが出来るのかもしれない。
いずれにしても、今後の藤本氏の活躍がより一層楽しみになる、そんな講演会であった。

( 圓木裕基 )

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