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2008年度
総評

総評・学生の感想

北山恒(Y-GSA教授)
バルセロナ・ワークショップの打ち上げパーティは、ワークショップの会場であったギャラリーやスタジオ、ミニシアターの入った小さなビルの屋上で行われた。
 Y-GSAの都市ワークショップは、短期間で都市を読み取り(rapid reading)、そしてその都市の効果拠点(effective point)に有効な操作を加える(intervention)という構造性を持っている。この都市と建築を同時に学ぶことを意図するワークショップは、昨年は横浜という都市を題材に行った。横浜とバルセロナは都市形成の成り立ちは全く異なるが、そのスケールやキャラクターは学習の良き素材であったと思う。
 私は、今回のバルセロナ・ワークショップのために2日間だけ時間をとった。初日はワークショップの課題を把握するためにサイトを訪ね、スタジオでアドバイス。次の日に最終講評を行い、そして夕暮れからのパーティが行われた。10日間ほどのワークショップ期間の様子は覗えないが、緊張感のある最終講評のプレゼンテーションと、その後のパーティでの学生たちの話から、想像以上の成果を得たと理解している。

飯田善彦(Y-GSA教授)
ワークショップでは、いかに早く核心を捕まえて仮説を立てられるかが重要になる。特に限られた時間で、しかもグループで進めるとなると、それまで培ってきた建築的経験に加え、コミュニケーション能力を含めたありとあらゆる力を結集してかかることが要求される。ましてや海外となると、言語、風土、文化等々の立ちはだかる壁を乗り越えていかなければならない。スタジオ課題とは全く異なる経験である。
 最終講評会の2日前に初めてバルセロナのスタジオに足を踏み入れたとき、色々と段取りが大変だったことを事前に聞いてはいたが、見慣れた顔が一様に幾分こわばっていて、さすがに少し心配になった。しかしながら、講評会には誰もが一週間の試練を乗り越えて吹っ切れた良い顔をしていたように思う。
 「ツーリズム」という視点から組み立てられた今回のワークショップでの一番の魅力は、何といってもバルセロナという都市にある。ローマ、中世、近世、近代が発展的に積み重なった明瞭な都市構造を備え、現在それらを活用した創造都市としての戦略を打ち出すことで、さらなる発展を目指す野心に溢れている。旧市街地の港際にターゲットを設定した課題は、そのように拡張してきた都市構造の欠陥を解決しつつ、中心部の賑わいを海につなげ、次のステージに押し上げるリアルな戦略が目論まれている。
 プロセスを見ていて興味深かったのは、ファルコン教授のディレクションである。最終案への収束が困難と見るや、3つのキーワードで個々の案を説明させた上で最後の道筋を明確に示していた。その手馴れた方法がいかにもヨーロッパ的であるように見え強く印象に残っている。学生たちにも良いサジェスチョンになったのではないだろうか。
 ただ、講評会で感じたのは、学生たちのワークショップでの成果に対する講評というよりも、「ツーリズム」を梃子に都市への介入を目論む方法の一端を担う戦略的成果と見立てた言及に思えたことである。集められた建築家や計画家は提案された具体的なデザインや手法への対応ではなく、自己の思想的立脚点に基づく抽象的な発言に終始したように感じた。その意味で、2007年に横浜で行ったETH Zürichとのワークショップに比べ、教育の場面というより、より実践、功利的なパフォーマンスに利用されたという印象も残った。しかしながらそうであったとしても、この一週間は学生たちにとって何物にも変えがたい濃密な時間であり、経験であったことは間違いないだろう。
 最後に、彼らにもたらされた達成感の多くは、学生たちに同行し最初から最後まで惜しみなくサポートし、様々にフォローしてくれた田井幹夫氏、藤原徹平氏両講師と、交渉や調整に苦労された寺田真理子氏に負うところが大きく心から感謝したい。

田井幹夫(建築家、アーキテクト・カフェ建築設計事務所代表)
バルセロナは物凄いパワーを持った街だ。都市をかたちづくってきた様々な要素が途切れなく現代まで息づいている。加えて地形的な特徴、即ち海岸線と並行に山並みが何百キロも連続して続く。幾つもの川が山と海を最短に結んで並行に流れる。この人為的な都市の育みと地形との融合、それがヨーロッパ随一の観光都市を生み出した。さらにガウディがいる。もう負ける気がしない。この街に滞在し、都市を考え、建築を生み出そうと没頭することは、ゆるい日本の都市コンテクストに馴染んだ学生たちにとっては、かなりのハードワークだったことだろう。でもこの、どうしようもなく抑圧的な都市のあり方に辟易とすることには慣れた方が良い。なぜなら、西欧人にとっては建築に関係ない一般人からして、この都市の強さに免疫があるわけだから。残念ながらインターナショナリズムを基盤に発展している現代建築の系譜にあって、この免疫を持たないなどということはあってはならない。ただ、それを相手にする時、ストラテジーにまでも順応する必要はない、我々日本人だからこそ見える何かがあるはずだ。それがもしかしたら明日の新しい建築や都市をつくるのかもしれない。そんなところまでこのワークショップで議論が展開すれば良かったのだが、それにはまだまだ。
 一週間のワークショップのうち前半はリサーチである。全体の枠組みがわからないままに困惑しながらテーマごとにグループ作業を行っていたわりには、プレゼンテーションは興味深く内容の濃いものになっていたと思う。一方後半の、ランブラス通りから海岸線までのプレフィックスされたサイトでの建築プロジェクトは多少、リサーチの多様さと奥深さを忘れた感があり、物足りなさを感じた。リサーチがプロジェクトにシームレスに連続するというのは、絶対的に大切でありつつ、慣れないと非常に難しいということを垣間見た思いがした。でもそれができるようになることがY-GSAには求められているのだ。
 ひとつ、大事なことをルイスが言っていた。学生をstudentとは呼ばず、participantと言う。ワークショップは「教える--教えられる」の関係などでは決してない。皆がプロジェクトを動かす参加者だ。話を拡大すれば建築をつくるということは都市をつくることであり、関連する全ての人が当事者だということだ。このことは参加した学生たちは肌で感じたんじゃないだろうか。

藤原徹平(建築家、隈研吾建築都市設計事務所室長)
建築ワークショップは、部活動における合宿のようなものである。短期間で、観察し、考え、体を動かして、結果を出さなければならない。ましてや異国の都市に滞在してということだから、普段とは全く違う建築筋肉を使うことになる。参加し、ともかく最終日まで頑張り抜いた学生たちは、前よりも少しだけ高く飛べるようになっている。
 バルセロナにおいてもルイス・ファルコン氏のテーマ設定が、様々な基礎データを扱いながらも、経済的視点をその中心に置いたので、かえって赤裸々に各建築家の都市・建築観が浮き彫りにされたと思う。
 学生たちの心には今どんな言葉が残っているだろうか。建築家は、まだ誰も知ることのないどこか遠くの先を思い描かなくてはならない。だから、頭で納得したことだけでなく、心にひっかかる小さな言葉を大切にして欲しい。僕は、最終講評における北山恒氏のprivate, common, publicの領域の定義がいつでもやはり重要であるとのコメントが印象深い。常識的な教えのようにも思えるが、理論としてではなく空間の実践として捉えると、とても瑞々しく感じた。
 つまり教える側も少し高く飛べるようになるのである。ワークショップはだから楽しい。

学生の感想
世界でも有数の観光都市バルセロナに私たちは"tourist"としてではなく、実際にアパートに住み、大学へ入り浸り、現地調査を繰り返すことで"resident"に近い状態で2週間を過ごした。英語だけではなくスペイン語やイタリア語が日常的に飛び交い、コミュニケーションだけでも必死な私たちに、ルイス・ファルコン氏や藤原、田井氏は非常に高いレベルを要求した。ただがむしゃらに知らない都市を読み込み、違う言語とスケッチでの議論を続けた結果、私たちはバルセロナの都市構造を強烈に意識した状態のまま、あっという間の2週間を過ごした。
 観光という視点で都市を読み込むということは私たちにとって新鮮で、バルセロナのガウディ建築や様々なイベントを非常に客観的に経験することができた。そしてその経験を自分たちのプロジェクトに反映させる、体験と設計活動のダイレクトな連続性は、このワークショップでしか得られない貴重なプロセスであったように思う。
 私たちはこのバルセロナの地において全身で学んだこと、経験したことを大いに活かし、同じく観光都市を目指す横浜の未来、さらには建築を考える糧にしていきたい。
(Y-GSAバルセロナ・ワークショップ参加者一同)

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