テーマ:「アートから都市を構想する」
日時:2007年5月25日(金)18:00〜20:30
講師:吉本光宏(株式会社ニッセイ基礎研究所芸術文化プロジェクト室長)
司会:鈴木伸治(横浜市立大学国際総合学部准教授)
会場:横浜市開港記念会館 講堂
主催:Y-GSA+横浜市
「都市はアートで変わる」そう確信できる講演であった。アートは非常に抽象的で、領域の判断が困難なものである。しかしアーティストやデザイナーは数多く存在するが、真のクリエイターというのは、わずかしかいないのではないだろうか。そう、新しいシステムや街をも引き込むような、本物の感動をつくれる人々は。今回吉本氏が日本を含め紹介した世界のクリエイティブシティは、そんな本物の感動を生み出した人々・街であった。
「クリエイティブシティ」は元々イギリスのシンクタンク「コメディア」の代表、チャールズ・ランドリーが提唱したものである。ヨーロッパ各地では、重工業からサービス産業へという脱工業化に伴って衰退した工業・港湾都市を、芸術文化によって再生しようという動きが活発で、各地で数多くの成功事例が誕生しているそうだ。
吉本氏は現在、日本の文化政策を取り巻く環境の変化として3つの変化を挙げている。まずは、教育・福祉・ソフトパワーや趣味・鑑賞対象の社会サービスなどによる、文化政策の対象領域の拡大である。この領域の拡大化に伴って、アートが活躍する場が広がるのだ。
ふたつ目として、アートNPOの台頭、指定管理者制度に伴う公立文化施設への民間参入などによる、文化政策の担い手の多様化である。これにより、新たな公共としてのクリエイティブシティが、文化的な都市経営を可能とする。
最後に、コンテンツ産業や脱工業化で衰退した都市がアートで再生する成功例を生むことで、文化政策が都市政策・産業政策と結びついていくということがある。横浜では旧第一銀行の「BankART」や旧関東財務局の「ZAIM」など、既存の建物をアートのための空間に転用したり、そのような場所を基点としたイベントが行なわれている。他にも金沢・大阪・福岡など、そのような環境の変化は徐々に浸透している。しかしながら、まだまだ日本では海外に比べてその速度が明らかに遅いと言わざるを得ない。
では海外では、実際にいかなる戦略で、どのような成功例をつくり上げていったのだろうか?吉本氏は前述の日本の都市を含め、EU諸国のクリエイティブシティの事例を挙げたが、ここではイギリスとドイツの成功例を取り上げたい。
イギリスのニューカッスル・ゲーツヘッドでは、脱工業化し衰退した街に、幅54m、高さ20mを誇る〈北の天使(angel of the north)〉が制作された。彫刻家アントニー・ゴームリーによる鋼鉄製の天使をモチーフとし、鉄鋼・造船の技術を用いた彫刻で、その横幅はアメリカ合衆国の〈自由の女神像〉を横にしたよりも長い。ゴームリーは「抱擁の感じ」をつくり出すためだったと述べているそうだ。完成当時は批判の声もあったが、徐々に街の人々に受け入れられ、今ではシンボルとなり、街に新たな風を吹き込んだ。
またロンドンでは、サーカス芸術として、廃材を集積させて象や女の子の巨大な造形物をつくり、街を練り歩くイベントが行なわれている。街の交通はストップし、警察も協力して、ロンドンの街全体でその巨大な人工物の動きを見守っている。それは単に祭的なものではなく、廃材を利用することで環境へのメッセージを放ち、そこには一貫したストーリーが展開され、感動のクライマックスが待っている。
さらにドイツのルール地方エッセンのツォルフェライン炭坑では、巨大な産業遺構をアートセンター、デザインセンターに再生している。
このような世界の成功例の背景から、私は人間のつくるアート、いわゆる「人工物」が、人々や街を感動の渦に巻き込むほどの力を放つときというのは、アートという「人工物」がある境界を越え、「自然」に近い位置に到達したときなのではないかと感じる。
街を歩いていると、本当によい建築というのは、まるでそこに生えてきたかのように場所に馴染むように感じる。「自然」は人工的につくることは不可能であるが、その距離を近づけることは可能であり、同化する場合さえある。アートは人と街と自然、その隙間を融和する力を秘めており、場所に力を与え、人に記憶を、街に歴史を残す。アートに強い思いを吹き込み、想像をはるかに超えた次元へ到達したとき、人は感動し、街は表情を変える。
アートは建築とは異なるかたちで時間と場所にアプローチする。その新たな関係を紡ぎ出せたときこそ、自然に近づき、アートは都市においてオルタナティブなスペースを生み出す力を発揮するのではないだろうか。