テーマ:「住むに値する都市とはいかなる都市か」
日時:2007年12月7日(金)18:00〜20:30
講師:関 曠野(思想史家)
司会:山本理顕(Y-GSA校長)
会場:横浜市開港記念会館 講堂
主催:Y-GSA+横浜市
今回の講演は3つのキーワードを軸に展開された。
・存続への意志
・負のフィードバック・ループ
・もろい者への配慮
講演の冒頭、関先生は街に愛着を持てるかどうかが問題であり、都市とは「土地に一定の個性があって、住民の存続させたいという意志のもとに存続しているものである」と述べられた。そしてそのような都市として、「ヴェネツィア」と「京都」を挙げられた。
水上都市であるヴェネツィアは地盤の柔らかさに対して、どのように建築をつくっていくかという工夫の上に成り立ち、また温暖化による水面の上昇を乗り切るため、国を挙げての事業が展開されている。
京都は言うまでもなく日本を代表する都市であり、歴史的な神社・仏閣やその街並みで外国人からの人気も高い都市である。明治期に天皇が東京に移ったことで、京都は都市存続の危機に見舞われたが、町民から始まった二つのプロジェクトによって生き残ることができた。一つ目は64もの小学校をつくったこと、二つ目は琵琶湖疎水をつくったことである。存続のための意志が京都を救ったと言える。
関先生は東京と京都を比較して、「負のフィードバック・ループ」を設計することが人が都市に住んでいくための鍵であると述べられ、京都の町屋のコミュニティーを例に挙げて、そのある種の窮屈さや煩わしさを評価し、それに対して、東京の限りなく個人的で自由な姿勢を批判した。自由であることは都市を暴走させる。経済の論理によって都市は膨張し、開発が繰り返される。その結果、都市は個性を欠き、愛着など持ちようもない姿となる。そのような「負のフィードバック・ループ」を持たない都市、つまりそこに住む住民への配慮がなされていない都市においての最初の犠牲者は、高齢者と子供であるとする。
高齢者と子供が住めない都市、「もろい者への配慮」を欠いた東京は、もはや都市ですらないのではと関先生は疑問を投げ掛けた。しかし東京に住む私は思う。東京は京都に比べてあまりにも巨大だ。会場からの質問にもあったように、都市の規模というのは重大な違いである。東京においてはもう少し範囲を絞った、街単位で考えていく方法が有効だろう。
街を単位に東京を見る時、東京の中には様々な個性を持った街がある。私が好きな街がある。「下北沢」だ。私は18歳から20歳までを下北沢で過ごした。私にとって、最初の東京の街だ。下北沢は第二次世界大戦の戦火を免れたことで大規模な区画整理がなされなかったところで、そのため建物も比較的小規模で道路も狭く、街の中心部に自動車があまり入ってこない。言わば歩行者が主役の街である。そこには若者もいれば、昔からの住民である高齢者もいる。車があまり通らないせいか、子供が道で遊んでいる場面に出くわすこともしばしばある。街全体が活き活きとしている。「住むに値する街」であったと私は考える。
今、「住むに値する街」であったと、あえて過去のこととして下北沢を語った。なぜなら前述したような下北沢の街は消えていこうとしているからだ。大規模な区画整理が行なわれ、道路が街を縦断する。駅前に車が入り、建物のスケールも大きくなる。「もろい者」が街から締め出される計画だ。住民からの反対運動もあった。街を「存続させようとする意志」は大きな渦となったが、開発側の主張である大規模道路建設によって「道路を繋げること」、下北沢のエリアだけ都心部との道路を切断するわけにはいかないという、街の単位を超えたもっと大きな都市計画の波に呑み込まれようとしている。私は今回の講演を聞いて、街という単位にもっと重きを置くべきだ、高齢者と子供が住める街をつくっていくこと、そのような街と街とが繋がって「住むに値する都市」をつくるのだろうと、改めて考えた。