
July 8, 2009 3:44 PM | Category: 課題
遅くなりましたが、始まっています。
課題は、Y-GSA近くに予定されている新駅のデザインです。
いろんな「攻め方」ができる、刺激的な課題です。
がんばっていきましょう。
Permalink | Posted: 仲
July 28, 2009 11:57 PM | Category: 課題
あっという間にスタジオ課題も終わってしまいました。
地域発表会を行いました。
Permalink | Posted: 仲
October 28, 2009 11:24 PM | Category: 課題
リサーチから個人プロジェクトに移りました。
最終リサーチでは「もしも横浜国立大学が〜だったら」という8つの仮説を立て、その仮説を成立させるためにはどのようなリサーチを進めて、どのようなビジョンが描けるかを考えました。
具体的なリサーチ内容については随時アップしていきます。
Permalink | Posted: Yoshimasa Toyama
May 20, 2010 4:37 PM | Category: 課題
2010年前期飯田スタジオがスタートしました。テーマは、「横浜駅及び周辺の再整備計画」です。設計助手は遠山が担当します。
Permalink | Posted: Yukinobu Toyama
May 22, 2010 12:33 AM | Category: 課題
市庁舎にて、鉄道事業者3社(JR・東急・京急)へのヒアリングを開いていただきました。
続きを読む "鉄道事業者3社へのヒアリングを行いました" »
Permalink | Posted: Yukinobu Toyama
May 22, 2010 1:00 AM | Category: 課題
相鉄本社にて、ヒアリングを開いていただきました。
Permalink | Posted: Yukinobu Toyama
October 12, 2010 12:38 PM | Category: 課題
2010年秋スタジオが始まりました。
設計助手は森が担当します。
今回取り上げるのは、横浜美術館。
最終的に美術館に展示する事も視野に入れています。
頑張って横浜美術館に展示しても恥ずかしくないものをつくり上げましょう。
[2010年秋スタジオ 課題文]
2010年度後期飯田スタジオは「横浜美術館」を取り上げる。対象は美術館そのものであるが、美術館が開発の要諦の一つと位置づけられた「みなとみらい21地区」との関係、さらには現在横浜市の都市戦略を強く印象づけるクリエイティブシティ構想の中での美術館のあり方を考えたい。
現在世界中様々な都市において、都市再生の前面に美術館や博物館を押し出し、競うように新しい建築を生み出している。固有の歴史や収蔵品、企画の魅力で内外から人を呼び寄せる観光的効果だけではなく、都市内部の創造的個性や各種人材発掘、教育といった複合的文化政策の集約でもある。つまり、美術館は使える建築なのだ。このような背景の中で、「横浜美術館」が20年間培ってきた様々な活動の積み重ねや収集品などの特性、あるいは既に抱えている,もしくは新しい状況のなかで予想される諸問題を抽出し、「みなとみらい21」、ひいてはクリエイティブシティ構想やアーバンリング構想が象徴する、来るべき横浜の未来像を模索する文脈の中に、より魅力的な市民美術館のあり方を考えたい。現実をよく観察し理解したうえでより大きな、包括的な想像力を駆使して新たな「横浜美術館」を提案してほしい。
調査、考察すべきこと
「横浜美術館」の収蔵品、活動、企画の傾向、今後の構想
「みなとみらい21」地区、隣接する都心地区の過去、現在、未来
横浜市の都市政策、特に創造都市構想
他の創造拠点
横浜トリエンナーレ
他都市の美術館、創造的文化施設
美術の現在
その他自分が重要と思うこと
スケジュール
調査、研究、講義 3週間
中間発表までに各自の構想をまとめる
学内最終発表の後、「横浜美術館」において関係者,市民にプレゼンテーション
Permalink | Posted: Rie Mori
April 8, 2011 9:19 PM | Category: 課題
2011年前期飯田スタジオ課題
飯田善彦+高橋一平
「戸部及びその周辺地域ー都市中心居住区の再生を考える」
2011年前期飯田スタジオは「戸部及びその周辺地域」を取り上げる。京浜急行戸部駅を中心とする一帯は、北側を西崎川、相鉄線、JR東海道線を挟んで横浜駅周辺都心部に、南側を掃部山、野毛山の丘陵地越しに関内、野毛、伊勢佐木などの旧市街に、東側をJR根岸線を介してみなとみらい新都心に、それぞれ横浜を特徴づける地域に接していながらひっそりと目立たない住宅密集領域である。新旧さまざまな住宅、木造、鉄骨アパート、主要道路に沿う分譲賃貸取り混ぜたマンション、商店、問屋、町工場、事務所、神社などいずれも規模の小さな建築がびっしりと街区を埋め尽くし、そのあいだを次第に細くなる路地が巡る。一見なんの変哲もない街の様相だが、その成り立ちは正しく横浜の歴史に寄り添っている。日米通商条約によって開港に踏み切った江戸幕府は今の関内を開港場と定め、江戸と結ぶ道を旧東海道浅間下から野毛を切り通して開通させた。横浜道である。切り通しの上、今の神奈川文化センターに奉行所を置いて統治し、そのため多くの役宅が周辺に設けられた。現在も省庁官舎や公務員住宅として残っている。当時この道を通って西洋文物が全国各地に伝えられたわけである。その後生糸貿易などで財をなし商人たちが野毛山一帯に構えた屋敷跡が野毛山公園に、保土ヶ谷宿から横浜道に向かういわゆる保土ヶ谷道が藤棚商店街に、関内横浜公園近くに栄えた遊郭岩亀楼の寮があったことから呼ばれるようになった岩亀横丁、更に桜木町海岸沿いに多くあった造船所の労働者が集まった花咲町など、横浜を発展させてきた数多の歴史に彩られている。現在では海よりのほぼ中央を京浜急行が南北に走り、野毛の崖線に沿うように藤棚をはじめとする商店街が連なり、独特の地形と、谷を埋めるように展開する密集市街地が歴史の中に形作られてきた空間構造を骨格として旧都心、新都心、横浜駅の近傍とはとても思えない庶民的な雰囲気を作り出している。横浜市中央に位置する西区、更にその中央にありながら、不思議な真空地帯の様相である。しかしながらこの地域も、マンション建設やミニ開発など相当の乱開発が進み、また細い路地を入り込むほど家屋の老朽化も目立つ。一見元気そうな商店街もところどころ衰退の兆しも見える。住民の高齢化も進む。
リサーチ、スタディを進める中で都市近傍、開発に隣接する歴史ある居住地に共通する問題も見えてくるだろう。居住、生産、商業、流通、福祉、教育あるいは、パブリックスペース、商店街、近隣住区、さらには地形、歴史などこの地域を様々な位相で考察し、特異な空間構造を解析し特性を抽出する。その過程で捉えた問題や魅力を各自自分のプロジェクトとして展開、提案してほしい。最初に地域で話を聞き、最後も地域で関係者に発表する。
Permalink | Posted: Ippei Takahashi