August 10, 2009 7:24 PM | Category:

助手の末光です。

山本スタジオ総括~助手の視点から~

2009年前期、山本スタジオを担当した設計助手の末光です。山本さんがアクティブに書き込んでくださるので、負けずに初投稿してみます。

今回の山本スタジオを通して「地域社会圏」というものの可能性として見えてきたものが、幾つかあると思う。

1.都市や社会に既にある骨格を再利用する
商店街や地形、防風林、ビルの屋上や空き地といった、都市の中の骨格、使われなくなった物、時代に合わなくなった物も含め、それらを共同体の単位としてツールとして再利用するというものである。特に商店街というのは横浜にも戦後の闇市から発展したものが沢山あるようだが、その骨格自体が、コンビニやショッピングモールと違って、人と人の接触を前提としており、これを高齢者向けの共同体の単位と読み替えていくのは面白いと思った。高齢者SOHOといった提案もあったが、子供の面倒をみたり、習字やピアノを教えることで社会に参加し続けるというのは、相互扶助の形として可能性があるのではないかと思う。

2.都市と住宅の境界を再定義する
共同体と個人の関係を考えていくと、非常に息苦しく、これに都市的な要素を介入させることで、都市と個人のような関係に再解釈していくというのもひとつの傾向であった。もう一歩突破し切れなかった感も強いが、大きな家と小さな家という形で、個人に完結していた住宅を、都市的な場所と私的な場所のセットで計画するというのは、うまくデザインすれば面白くなりそうである。

3.接道という概念を疑う
「建蔽率」ならぬ「建築率」というのをリサーチしていたのは興味深かった。そこでいう建築率というのは、ある地域全体の道路も含めた面積の中での建物の投影面積ということで、要は「空地率」と対を成す言葉である。これは、近い将来のカーシェアリングなどを前提にしていった結果として、必ずしも全住戸が接道しなくてもよいという前提でものを考えることにつながる。建蔽率が高いエリアでも、建築率に直すと意外と低いことに驚いた。最終的に、これを生かしきった提案者は居なかったが、地域社会圏を考える上での特徴となるはずで、この接道義務を外すだけで、建築は大きな自由を獲得できるはずである。

4.建て替えのプロセスをデザインする
都市には、既存不適格といった接道義務が取れていないもの、耐火建築物になっていないものなど、が沢山あり、そういったものの建て替えのプロセスをうまくデザインしてあげることで、そのプロセスの中に共同体の仕掛けを組み込んでいくというのもひとつ鮮やかな手法であった。特に各階ごとの建蔽率を指定し、隣のビルとかならずつながるような屋上都市のようなプロセスのデザインをしたものは、具体的な生活のイメージはともかく、手法は鮮やかだったと思うし、接道の取れていない木造密集地域で、建て替えながら路地を形成していく案もやや強引であったが、面白かった。


これらの提案の中には、非常に可能性があるように感じる一方で、個人としては、これらが、ある種の共同体像への信頼をベースにしていることへの疑問が晴れることはなかった。正確には、それが晴れるほど心に響く提案にはめぐり合えなかった、といった方が正しいかもしれない。例えば、隣の人のことを考慮して自分の建物を建てるとか、居室を共有して助け合うといった共同体的なあり方や信頼が、現代社会において可能なのか?リアリティーを持つのか?簡単に言うと、ホントにそんなに他人のこと考えるか?ということである。

一度、山本さんに共同体への信頼について意見を伺った際、「高齢化社会においては、相互扶助はもっと切実なものになってくるはずだ」とおっしゃっていたことが心に強く残っている。つまり、もっと共有する<メリット>を探さなければならないということであろう。逆にいうと、よっぽど<メリット>がなければ、わざわざ共同体なんて作らないと思う。そこがひとつのポイントだと思う。

もうひとつ、僕個人として思うのは、<距離感>である。個人というある種の自由を前提とした居心地の良さに慣れ親しんだ現代人を動かすには、共同体と個もしくは個と個の適度な<距離感>をうまく包括した建築を提案することが、非常に重要な気がしている。共有することが厚かましくなく、それでいて心地よいような、そのような関係を包含できるか、そこに現代社会を変える可能性を見出せるのではないかと思った。共同体の単位の設定の仕方もひとつ重要であるし、環境問題など、より大きな単位と個のあり方をデザインするようなことも考えられると思う。

後期の山本スタジオでこれらの考えをより深めていってもらえることを期待しています。


| Posted: Hirokazu Suemitsu

ページのトップへ