
August 11, 2009 3:24 PM | Category:
M2の圓木(つぶらぎ)です。スタジオが終わって一段落し、ブログのほうが賑わっているので、僕も終えてみての感想など、学生の視点から書いてみようと思います。
今まで建築を設計するときは、現代的な考え方や生活を読み解きそれに合う器をつくる、という考え方がベースにあったように感じますが、この課題を終えてちょっと違う考え方を持つようになりました。
たとえば「周囲の人たちとつながりたいと思う人がいるから、それに合った器をつくる」ということももちろん大事だと思いますが、
「つながっていたくない、つながる必要がない、と言う人たちこそ、優しくつないであげる」ということが大切だと強く感じました。
この考え方は下手するとただのおせっかいにもなりかねないし、需要と供給がつりあってないため今の社会には合わないかもしれません。現代の人はよく地域に対して閉鎖的と言われがちですが、高齢者や障害者含め現代の人たちこそ、意識せずとも周囲とつながるということが必要なのだと思います。
意識せずとも周意とつながることができるというのは、たとえば「落ち込んでいる人が音楽を聞いて、少し元気が出たから外に出てみよう」くらいの繊細で微妙なことなのだと思います。誰かに励まされたり、誘われたから外に出るというのではなく、小さな梃子入れで自発的な気持ちをつくるということです。
繊細であるということは、社会的なシステムやソフト面での支援以上に、生活の背景となれる建築は、こういった問題に向いているのだと思います。

そういう考えのもと、僕は高密度で少し窮屈な都市空間のなかで、屋上空間や隙間空間を利用することで住人のためのオープンスペースや路地空間をつくり、少しでも豊かな居住都市を目指して設計を進めました。(上画像)
コミュニティをつくったり、住宅の中に何か仕掛けをするのではなく、屋上の広場が気持ちいいとか、屋上の路地を抜けるのが楽しいというように、体験や感覚といった生活の一部を共有することで、住人同士がつながるような設計を意識したつもりです。
この課題を通してこういった考えの変化があった一方で、地域社会圏という概念はいまだに咀嚼しきれていない感じもしています。
今度の打ち上げで座談会をやるそうなので、エスキスのときには聞けないことや言えないような議論をし、山本先生や末光さん、他のメンバーが考えていたことを深くつっこんで話ができればと楽しみにしています。
課題の詳細なビジュアルなどは、今後、作品をまとめていく中で機会があればまた挙げていきたいと思います。
それでは長文、乱文失礼しました。
Permalink | Posted: Y-GSA Webmaster