
August 7, 2009 9:42 AM | Category: 山本
Y-GSAはスタジオ制を採用している。スタジオ制の欠陥は6ヶ月毎にスタジオの指導教官が替わってしまうために、学生の側から見ると、Y-GSA全体の思想が見えにくくなってしまうことだと思う。そこはわれわれ指導する側もかなり危惧をしているところです。
4つのスタジオの課題の与え方が既にわれわれの思想を表現しているとは思うけど、それを受け取る側がその課題の主旨をもっと自覚的に受け止めてほしいなあと思う。
4つのスタジオに共通しているのは、今の社会のシステムを客観的に見る眼をもってほしいということです。「こんなこと当たり前だ」と思っていることの中に実はとんでもない矛盾が潜んでいる。その矛盾に気がつく眼が、実は建築を設計する時に最も重要な視点なのである。
建築の設計がモーフィング(パラメタリック・デザイン)のようなものだと思いこんでいる人たちはその矛盾に気がつかないか、あるいは見てみないふりするかどっちかだと思う。
山本スタジオの課題は「地域社会圏」です。
今の社会システムは「1住宅=1家族」という単位を前提にしてつくられている。そこに最大の矛盾が潜んでいると私は思う。その矛盾が今、様々な場面で顕在化してきているように思う。
「1住宅=1家族」というシステムが極めて特異なシステムであるということに気がついたのは、そうしたシステムが敷衍された1920年代というのが、世界史の中でも極めて特異な時代だったということに気がついたからなんだけど、そのあたりの歴史をもう少しこっちも整理して説明したいと思っている。
「私たちが住みたい都市」という本の冒頭の鷲田清一さん、伊東豊雄さん、それと山本の三人でしゃべっているあたりが今のところ最も分かりやすい説明だと思う。最近、学習院大学の先生の中野隆生さんと話をして、そのあたりがかなり解明されたので、いずれ紹介します。中野さんはフランス近代史の先生で、住宅とその時代の思想との関係を研究している。そうした研究自体が珍しいのに、それを建築関係の歴史家ではなくて文化史の歴史家が研究しているというのはかなりびっくりしました。
1848年のフランス二月革命が極めて重要な出来事だったということを教わった。「プラーグ街の人々」という地味なタイトルの本にそのあたりのことが詳しく書かれている。次はそれを説明したいと思う。
Permalink | Posted: Riken Yamamoto