2009年9月

September 1, 2009 10:11 PM | Category:

山本です。ハンナ・アーレント

「世界」は「物」によって構成されている。「世界」というのは掛け値なしに今われわれが生きている世界のことである。その世界を構成しているのが「工作人」によってつくられた「物」である。この「物」というのはほとんど建築という言葉に近いと思う。ちょっと一方的な読み方かも知れないけどね。
この前のブログで何をいいたいのか分からなかったと思うので、補足したいと思って書いている。ハンナ・アーレントの「人間の条件」という本についてである。この本、翻訳が悪いのか、それとももともとの英語の文章が悪いのか、めっぽう読みにくい。それでも、そこに書いてあることは、特にわれわれものづくりにとっては、極めて刺激的である。
「ものづくり」という概念が、そもそも失われてしまったのはマルクス以降である、とハンナ・アーレントは言う。
マルクスは労働者こそ来るべき世界では最も敬意を表すべき人たちであるということを歴史的に証明しようとしたけど、そこに最大の錯誤があったというのである。最も冷徹に未来を見ようとする人こそ、最大の錯誤を犯すという、マルクスに対する最大評価の上でハンナ・アーレントはマルクス批判をする。実際、そのマルクスの錯誤は今でも私たち「ものづくり」にとって、最大の脅迫なのである。今でもわれわれはマルクスの労働者歴史概念のおかげで苦しんでいる。「ものづくり」は「労働」者ではない、それをハンナ・アーレントは見事に説明するのである。この本は建築家にとって必読の書だと思う。めちゃくちゃ読みにくいけどね。
それで「世界」である。
「世界」はものづくりによってつくられる「物」によって構成されている。あらゆる活動は「物」にならなかったら、(「物」になることを「物化」とハンナ・アーレントは言う)、もし「物化」されなかったら、その活動の課程が終わると同時に消滅してしまう。つまり、リアリティーを失ってしまう、という。
すごいよね。
もし「物」つまり建築がなかったら、あらゆる活動を記憶する、その記憶装置がなくなってしまう、と言っている。
建築がもしなかったら、人はどこで生まれてどこで死んでいくのか、その記憶を共有することはできないと、私は思う。
僕がうまく伝えられているかどうかわからないけど、建築をつくることは「世界」をつくることなんだということをハンナ・アーレントは言っている。
「人間の条件」を読んでください。
ちょっと呑みながら書いているので余計分かりにくくなってしまった。

| Posted: Riken Yamamoto

September 9, 2009 5:15 PM | Category:

キューバの医療について

こんにちは。
M2の広岡です。
地域社会圏を考える上で医療は重要だと思っていて医療から見えてくる数字を追ってキューバの医療について調べてみました。

・キューバの医療費
国民は全て無料で診察を受けることができる。
ただ薬代だけは別で有料である。
しかし月にもらう給料の3%ほどなのでしっかりと予防していれば生活を圧迫する額ではない。

・キューバとの日本の医師数
cuba1.jpg
まず医師の数が日本の二倍ほどいます。
これは現在キューバから海外に医師を派遣している数を抜いているので本来ならば3倍近くいることになります。

・キューバの医療体制
cuba2.jpg
キューバの医療はピラミッド型で上記のような構造をしています。
予防治療を行うファミリードクターが地域診療所に一人在中しています。
このドクターはポリクリニコという総合医療所に属していて地域診療所30件程度に1つあります。ここでは地域診療所ではできないレントゲン検査などが行えます。医師たちの情報交換の場にもなっているそうです。
州病院や全国病院はさらに重い病気の人たちのためにある病院です。

・ファミリードクターが1地域にみる人数
cuba3.jpg
地域社会圏が400人単位だとすると2つの地域社会圏にひとつあることになります。
しかしキューバから海外派遣している医師数が戻ってくれば400人につき医師が一人いてもおかしくはないです。

・ファミリードクターが一日に診る人数
cuba4.jpg
ファミリードクターの一日の行動は午前中は院内で診察、午後は往診といった具合に様々な患者を診ている。病院に行きにくい患者などはとても助かるそうです。

山本さんの書いていたハンナ・アーレントの話にと似た話があってキューバの医師は「医師は仕事ではなく職業である」と考えているそうです。
これは日本のことわざにもある「医は仁術」と似ていて、医術自体も「物」だという考え方だと思います。
完全に調べきれていませんがアメリカでは医療はビジネスらしくそのような考え方は存在しないということです。

あとこれをまとまって住むことのメリットとして考えるには人だけではなく面積も重要だと思います。
面積を考えることで医者がどれくらいの範囲を一日に回れるのか、逆に患者がどれくらいの距離なら通院しやすいのかという検討ができるようになりまとまって住むことのメリットを導けるんではないかと思います。
座談会で1km四方に1件コンビニを全国津々浦々に置くか辺境に行けば行くほどコンビニの周りに人を集積させるかという話がありましたがこれも似ていて辺境に行けば行くほど集まって住むことのメリットが見えてくるのかもしれません。

去年の後期の川口周二さんの交通の辺境の地に全体をスロープでつないでケアステーテションを1つ置くプロジェクトは良い例になると思いました。

他の情報も少しずつ調べてアップしていこうと思います。

| Posted: Shuhei Hirooka

September 22, 2009 4:23 PM | Category: 山本

山本です。そろそろまとめたい

広岡の報告、キューバの医療事情はとても面白い事例だと思います。日本では地域社会と医療との関係がほとんど考えられないままに医療制度が決められてしまっているのだと思う。キューバでは全く正反対の考え方が採用されている。こうした事例も是非、載せたい。載せたいというのは、今度のINAXの本。
藤森照信さんの監修の本と、伊東豊雄さん監修の本は既に出版された。面白いから読んでください。
次の山本監修の本は年末を目指している。そこでY-GSAの「地域社会圏データ」に16ページ割り当てられているので、大至急まとめたい。どうまとめるか至急相談したい。9月30日、スタジオのオリエンテーションがある日、その後に集まってほしい。前期山本スタジオを選択した学生は参加してください。去年卒業した田中秀一も参加したいといっているので、田中にも連絡してください。
この「地域社会圏データ」は引き続き、清水建設との共同研究、インディペンデント・スタジオとしても発展させたいと思っているので、これに参加することも視野に入れてください。別に前期、山本スタジオをとった人だけではなくて、Y-GSAの学生で興味のある人は30日に集まってください。


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| Posted: Riken Yamamoto

September 23, 2009 10:41 PM | Category: 山本

山本です。「東京から考える」

「東京から考える」という本の話を昨日したけど、その本に即して、「地域社会圏」の話です。
東さんと北田さんの二人は東京という巨大な郊外の様々な地域の感想批評をしているけど、これを勝手に「地域社会圏」探しだと思って読むと面白い。
家族が「共同体内共同体」であるとしたら、今の社会は家族のその上位の共同体として国家を仮定している。西川祐子さんが「近代家族とは国民国家の基礎単位とみなされる家族である」というのはそのような意味においてである。家族と国家が媒介なしに直接結びついているのである。そうすると何が起きるかというと、それまで家族のその上位の共同体としてあった地域社会が排除されてしまう。つまり、家族がはだかで公共空間にさらされてしまうわけである。だから、一方で家族を収容する住宅は極めて閉鎖的につくられる。そしてその住宅によって構成される風景は「ファスト風土」と呼ばれるらしいのだけど、全国一律標準風景になる。「固有の地域性が消滅した地方都市の様相」のことを三浦展さんが名付けたのだそうである。
これが今私たちが共有している都市の風景である。確かに今、国家の運営システムは家族という単位を基礎単位として、それを前提に運営されている。そこから「ファスト風土」風景とは一直線である。
鳥瞰的に見れば私たちはそうした風景の中に生きているようにも見える。でも問題はそこからなのだ。現実の私たちはそれでは生きられない。家族と国家という関係は「共同体内共同体」としてはあまりにも無理がある。一方が巨大すぎる。抽象的すぎる。上位の共同体として実感できない。だからその矛盾をなんとかして解消しようとして、私たちは無理算段して、「共同体内共同体」という関係を作ろうとするのである。方法は二つである。一つは家族という単位を保存するために、その外側に擬似的な地域社会を仮構するのである。小さな子供を媒介にするテンポラリーな地域社会、あるいは過去に存在した地域社会。そうしたものを頼りながらかろうじて「共同体内共同体」という関係をつくる。もう一つは家族に変わって別の「共同体内共同体」を仮構する。

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| Posted: Riken Yamamoto

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