
October 19, 2009 10:02 PM | Category: 山本
仁井田の言うように「地域社会圏データ」は今回のINAX本の中で、極めて重要です。「地域社会圏」という考え方のリアリティーを検証するデータになると思います。できるだけ誰が見ても、「1住宅=1家族」よりも遙かに有効だということが実感できるようなデータの作り方を心がけてください。
そのINAX本で東浩紀さん、藤村龍至さんと鼎談をした。
藤村さんが「地域社会圏」をテーマにしてプロジェクトをつくっているので、そのプロジェクトを巡って話をしたのである。東さんの話は主に北田暁大さんとの共著「東京から考える」を中心にして地域社会がうしなわれてしまった今、どこにどのように住むのか、ご自身の育児体験と一緒に話をされた。
住宅が「1住宅=1家族」というシステムによって供給されるようになって、地域社会が一気に標準化されていってしまった。地域社会の標準化された風景が所謂「郊外」の風景である。その風景が社会学者の恰好の研究テーマになってきたのはみんなよく知っていると思う。そこまではおそらく多くの人たちの共通認識である。
問題はその後、その標準化された風景のどこが問題なのか。問題だとしたらそれは何らかの方法で対処することができるのか。既に対処されているのか。それとも何も対処する必要はないのか。あるいは対処療法ではなくて劇的に変えることができるのか。変える必要があるのか。このあたりの認識がそれぞれ違う。
東さんは表象文化論の学者である。社会学者ではないのでデータを元にして話をしているわけではないと、あらかじめ言われた。建築家の私にしてもデータに基づいて話をしているわけではない。建築という専門の領域からその建築業界に蓄積された歴史と共に話をしている。東さんもおそらくそうだろうと思う。だからそれぞれの立場が違って、話をはとても面白かった。
住民が相互に関与しあうような地域社会は失われてしまっているけれども、コンビニというハードウエアやオタク的コミュニティー、ネットコミュニティーがそれを補完している。なんの問題もないではないか。とはいっても子供や高齢者はそうした補完的コミュニティーではサポートできるはずがない。
子供や高齢者の話になると、とたんに東さんの体験談(最近子供が生まれたらしい)になるところが面白かった。そうなのだと思う。僕にも経験があるけど、子供や高齢者のことは自分の体験、自分の体験した地域社会と共に話をしないとうまく話ができないのである。いかに地域社会の側にサポート施設が整備されていないか、など。地域社会の側に対する不満である。期待していないはずなのに、こんなものがあったらいいなあという気分になるからねえ。
東さんはコンビニは今の均質化された地域社会、あるいは崩壊しつつある家族像を取り繕うとする、いわば弥縫策のような役割になっているんじゃないのかという問いかけをした。その通りかもしれない。でも僕は、今のコンビニは昔に比べれば遙かに重要度がましている。弥縫策として今の均質化された地域社会をただ取り繕うものではなくて、今までとは全く違う地域社会の中心になる可能性をもっている。例えば小規模多機能施設を併設したり、託児所を併設したりしたとしたら、今のコンビニとは違った役割を果たすことができるはずである。つまり、今よりももっとコンビニを太らせろ、それが提案である。
コンビニがもうちょっと多くの役割を果たすことができるようになれば、地域社会の側も変わるかも知れない。家族像も変わるかも知れない。僕を含めて建築家は基本的に楽観主義者だと、東さんと話をしていてつくづく思った。
できるだけ気軽に「地域社会圏」のモデルをつくりたい。つくる側、なにものかを提案する側は常に批判される。その批判を前提にしながらモデルをつくりたいと思う。
Permalink | Posted: Riken Yamamoto