
February 21, 2010 1:24 PM | Category: 山本
このブログ、去年の6月から始めて半年経った。かなりの部分が今度のINAX出版の本、「地域社会圏モデル」に掲載される。それを改めて読んだのだがかなり面白い。2009年に東大で行われた教育シンポジウムの感想文が最初だった。パラメタリック・デザインについて思ったことを書いた。
その文章をひょっとしたら参照したのかも知れないけど、伊東事務所でのインターン・シップの体験を書いた廣岡の文章はとても優れた分析である。一年間の総評にも書いたけれども、廣岡の分析を簡単にぼくが説明すると、アルゴリズムによる形態には、スケールも用途も素材も何もない。そのアルゴリズミック・フォルムにスケールや用途や素材を与えるのはそのアルゴリズミック・フォルムとは関係のないところから連れてこられた、慣習的なフォルムである。例えばドアだとか便器だとか、床だとか窓だとか、そうしたものと一体になることで始めてアルゴリズミック・フォルムが建築になる。ところが、一方でその慣習的なフォルムがアルゴリズミック・フォルムの純粋性を壊すような働き方をしているのではないのか、というのが廣岡の意見である。少なくとも伊東事務所のスタッフたちはそう考えているようだ、ということなのである。廣岡はでも、それは純粋性を壊すのではなくて、その慣習的と思われていたフォルムを見直すチャンスではないかと言う。あるいはアルゴリズミック・フォルムを見直すチャンスなのではないのかと問う。それは非常に正しい。建築について考えるということはそういうことなのである。建築のフォルムについて考えるプロセスで、従来の慣習的なものや、今、自分が考えている新しい建築のその新しさについて考える。その考え方について廣岡はひらめいたのだと思う。ぼくも廣岡と全く同意見である。この話を伊東さんにお会いしたときにしたら、そうなんだ、そこをぼくも考えたいと思っているんだ、ということでした。廣岡、伊東さんからも評価高かったよ。
Permalink | Posted: Riken Yamamoto