
April 2, 2010 6:59 PM | Category: 山本
建築家は今の社会から何を期待されているのか。あるいは建築家はその建築を誰のためにつくろうとしているのか。それが今ほど分からなくなっている時代はないと思う。誰のために何のためにつくっているのか。この本質的な論議が今ほど空虚に聞こえることはこれまでにもなかったように思う。なぜなんだろう。小田原の「城下町ホール」の山本案に反対する人たちの建築というものに対するあまりの偏見に出会って、そういうことを改めて考えた。
「ものをつくる人」たとえば技術者、建築家、デザイナーに対する見えない偏見が日本という国全体を覆っているように思う。ところが、多くの人はその自らの偏見に気がつかない。だからこそ、その偏見によって「ものをつくる人」を平然と批判することができるのである。「ものをつくる人」を批判することによって、自らがいかにも文化人、古い言葉で言うとインテリゲンチャ、もはや死語になっているけどね、その文化人を装っている人たちがいかに多いか。ステレオタイプの箱物批判の陰にそういう人たちがいくらだっている。
なぜこんなことになってしまうのか。日本は特にそれが激しいけど、実はこれはマルクス以降の近代社会に特有の病理なのだということを50年も前に解明した人がいる。ハンナ・アレントの「人間の条件」を読んでください。ぼくはこのブログでもよくアレントの引用をするけど、実はすごく読みにくい。読めといっても読むのは大変なのだ。たぶんこの本を訳した人ができるだけ忠実に訳そうとしたからかも知れないし、あるいはアレントの英語文が読みにくいのかもしれないなあ。
そこで山本流読み方で「人間の条件」を読んでみる。
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April 6, 2010 11:35 PM | Category:
設計助手の仲です。
山本スタジオが始まりました。
明るく広々とした新スタジオから、どんな作品が生まれてくるのか、とても楽しみです。

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April 9, 2010 2:55 PM | Category: 山本
ハンナ・アレント、「人間の条件」の解説
「労働」は生命維持のために不可欠な活動である。古代ギリシャでは奴隷の活動だった。
というところまで書いて前回終わったしまった。その続きである。
「活動的生活」は「労働」(labor)と「仕事」(work)と「活動(action)」の三つの側面(条件)から考察できる。ということだった。「労働」は必要に応じてなさなければならない活動(activity)である。自らの積極的な意志においてではなくて「必要」だからしょうがないか、というような活動である。それは奴隷の仕事だった。古代ギリシャ人にとってはもっとも軽蔑される活動だったのである。それでもこの「労働」がなくては人間は生きてはいけない。生きるためには必然的なそしてもっとも重要な活動である。人間の自由意志ではなくてこうした外側から要請される活動つまり「労働」は、だからこそ軽蔑される活動だったのである。何しろ徹底した自由意志に基づく「観照」こそがもっとも価値の高い活動だったとしたら、ちょうどその反対の活動が「労働」だったのである。ただ「生命を維持するための必要物に奉仕するすべての職業が奴隷的性格をもつ」のである。(P136)それが「労働」(work)である。そして「労働」による成果はその活動のはしから失われていく。決して残らない。何も残さない。家事労働に代表される活動、あるいは肉体労働など労苦と骨折りだけが支配する活動である。
「仕事」(work)は世界をつくる活動である。単純にいうとものをつくる活動である。「もっとも卑しい職人から最大の芸術家まで」(p146)仕事人(デミウルゴイ)は極めて多様である。けれども彼らのつくるものはそこに生活する人々よりも遙かに長寿命である。(「人間の条件」には「仕事人」という言葉と「工作人」という言葉が出てくるけど、そこにどのような違いがあるのかよくわからない。後でもう一度調べておく。)その「永続性と耐久性がなければ世界はあり得ないが、それを世界に保証するのは、世界の部分として眺められた仕事の産物であって、労働の産物ではない。」(p148)アレントは「労働」(work)と「仕事」(work)とをはっきりと分ける。アレントがというよりも古代ギリシャでは厳密に区別されていたのである。仕事人あるいは工作人は物をつくる。世界はその物によって構成されている。私たちの活動は「物の環境の中に現れ、その中で消滅するのである」(p148)「もし私たちの眼の前に『わが手の仕事』がないとしたら私たちは物がなんであるかすら知らない」(p148)つまり「世界性という点からみると、活動と言論と思考は、それ自体では何も「生産」せず、生まず・・空虚である」(p149)それらが世界の物となるためには工作人による「物化」がなければならない。そうでなくては記憶されない。「物化」されないということは記憶されないということである。「『物化』が行われないとしたらどうだろう。そのとき活動と言論と思考の生きた活動力は、それぞれの課程が終わると同時にリアリティーを失い、まるで存在しなかったように消滅するだろう」(p150)とアレントはいう。古代ギリシャの人たちはそう考えていたというのである。これは実感としてわかる。建築も物である。「物化」を「建築化」と読み替えるとしたら、もし建築がなかったら、私たちの活動はそのまま記憶されないまま失われてしまう。私たち一人一人が生まれた場所や死んでゆく場所は共同体的に記憶される。建築は共同体の記憶装置なのである。ということを古代のギリシャ人はよく知っていたのである。「工作人」に対して敬意が払われたのはこうした理由からであった。
ところが、マルクスの登場でこうした「労働」(work)「仕事」(work)の区別、あるいは工作人に対する尊敬は一気に失われてしまったというのである。
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April 10, 2010 1:39 AM | Category: 山本
「地域社会圏」という考え方は建築の側から今の社会全体を考えてみようという試みである。今のところ建築は社会的なインフラのせいぜい部品でしかないという考え方が支配的であるように思う。そこに建築家不用論の根拠がある。インフラが整備されればほぼ自動的にその部品である建築の枠組みも決定される、という考え方になるわけである。でも、アレントのいうように「世界は物によって構成されている」のだとしたら、逆に、建築の側からその社会インフラについて考えるという逆方向の考え方も十分あり得るはずなのである。社会インフラというのは、様々な社会制度やあるいはエネルギーや交通や経済活動のことである。社会インフラと建築とは一方が全体的な骨格で一方がその部品であるというような関係とは全く違う。相互に影響しあっているのである。どこまでが全体でどこまでが部品なのかその関係が相互の乗り入れている。あるいはその相互関係によって何が全体で何がその部品なのかが決定される。たとえば、1920年代の「1住宅=1家族」という建築の形式がその時代の社会インフラのあり方を決定的にしてしまったというようなことは常に起こりえるのである。
「地域社会圏」という建築の形式を提案することによってその社会インフラはどのように描くことができるのか、という問いは、今までとは全く逆側からの思考なのであると思う。
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April 10, 2010 1:54 PM | Category: 山本
「労働」(work)と「仕事」(work)の区別の代わりにマルクスによって考えられたのは生産的労働と非生産的労働の区別である。「近代において労働が上位に立った理由は、まさに労働の『生産性』にあったからである」(p140)産業革命によって19世紀に生きるすべての人たちが「かつてみたこともないほど高い西洋人の現実的な生産性にいわば圧倒された」(p141)そういう時代だったのである。「神ではなく労働こそが人間をつくったとか、理性ではなく労働こそ人間を他の動物から区別すというようなマルクスの冒涜的な観念は、近代全体が同意していたある事象の最も過激で一貫した定式に過ぎなかった」(p140)のである。マルクスに限らず労働あるいは生産性こそがこの時代の最重要課題であることは共通認識だったと思うのである。
マルクスが「資本論」の第一巻を出版したのが1867年である。産業資本家たちがイギリスやフランスで労働者住宅をつくりはじめるのがちょうどこの頃で、たとえば「プラーグ街の住民たち」(中野隆生)に紹介されているミュルーズの労働者住宅は1853年に着工されている。工場の生産性を上げるためにはばらつきのない標準的な労働力が必須だったのである。住宅は労働力の標準化のためには最も重要な教育装置として考えられていた。という話を以前にしたけど、マルクスの「労働力」はまさにその時代の産物なのだということが良くわかる。
「労働市場に持ち込まれて売られるのは、個人の技量ではなくて『労働力』となる。この『労働力』は、生きている人間ならだれでも、だいたい同じくらいの量をもっているだろう」(p143)誰でも同じ能力として解釈されるのが労働力である。かつては熟練の職人によって生産されていたとしても、分業化によって「一つの活動力が非常に多くの細かい部分に分化しているので、それぞれに専門化した作業者は最小の技能しか必要としない、この結果マルクスが正しく予言したように、熟練労働が完全に廃止される傾向が現れる」(p143)熟練工もいない工作人もいない。それが近代社会のものづくりの現場なのである。均質な労働者によってこそ均質な商品を生むことができる、という神話はこの時代に始まったというのである。このアレントの解釈は今の建築の状況そのままである。できるだけ均質で瑕疵のない(欠陥のない)建築をつくらせようとする力学は、特に日本では、今でも非常に強固である。ものづくりに対する見えない偏見の直接的な原因どうやらこのあたりにありそうだと思っている。
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April 11, 2010 11:27 AM | Category: 山本
「労働」(labor)に最も高い価値を置くというマルクスの解釈は、もちろん歴史の必然という唯物史観に依っている。「労働」(work)は奴隷の活動であった。労働は労働する人の意志とはまったく無関係にある。労働そのものではなく、労働力に価値があるのである。当時も産業資本にとって均質な労働力は利潤に直接つながる最重要テーマだった。「労働者」問題が時代の中心だったのである。1848年にエンゲルスと一緒に「共産党宣言」を書いているけど、1848年はパリの二月革命の時である。その年の三月は二月革命の影響でドイツ各地に「三月革命」といわれる暴動が起こる。マルクスはそのまっただ中にいたわけである。労働者の時代が来るというのは当時の人たちにとって最も熱い思いだったはずなのである。最も虐げられた人たちが次の歴史を担うという、その歴史の必然というマルクスの考え方が多くの人たちを勇気づけたのである。
ところで「労働」(labor)に最も高い価値を置く一方で、いかにしたら辛い労働時間を短縮できるかということも課題だった。結局、労働時間がゼロになればいいのか、それこそ「労働」(labor)という概念に高い価値を与えるという、その考え方自体の矛盾だろうというのがアレントの批判である。マルクスの時代とアレントの時代の"熱い思い"はまったく違うにしても、この指摘はまったくその通りだと思う。私たちの活動が労働力としてカウントされてそれに対価を支払うというのは今でもまったく同じである。(できるだけ少ない時間働いて、できるだけたくさんの給料を獲得したい、という今でもの日本の労働組合の活動方針である)
「〈活動的生活〉は世界の物の中で営まれるが、この"世界の物"は、労働の生産物とは非常に異なった性格をもっており、労働とはまったく異なった種類の活動力によって生産される」つまり「仕事」(work)の産物である。「永続性と耐久性がなければ世界はあり得ないが、それを世界に保証するのは、世界の部分として眺められた仕事の産物であって、労働の産物ではない」労働に求められるのはばらつきのなさである。「労働」(labor)の集約そのものが労働力なのである。「労働」(labor)の成果は何かというと、その労働力がカウントされるだけである。誰だっていい。「労働」(labor)の結果何が生み出されるか労働者は知る必要がない。労働する者はすべて同じ労働力を持っていると近代産業社会では認識されるのである。それに対して、「仕事」(work)は耐久性のある"物"をつくる。すべての活動はこの「耐久性のある"物"の世界の内部にあるのである」世界というのは"物"によってつくられる世界である。人間はその世界の外に出ることはできない。その世界のうちで生まれて、その世界の中で死んでゆくとしたら、その物をつくる「仕事」(work)は自分が何をつくるのか知らなくてはならない。明らかに「労働」(labor)とはまったく違うのである。アレントは「労働」(labor)と「仕事」(work)の区別を指摘しても多くの人はそれを理解できないだろうと言うけど、私たち"ものづくり"は理解する。私たちのつくる"物"の中で生活する人々をずうっとみてきているからである。直接的にその人たちのためにつくるからである。
アレントがすばらしいのは、"ものづくり"彼女の言葉で言えば「工作人」こそが世界を形作っているという認識である。"ものづくり"に対する評価は「労働」(labor)する人の労働力をどうカウントするかという評価とは根底的に違うということを、根源的なところにさかのぼって説明する、その思想がすごい。
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April 20, 2010 11:08 AM | Category: 山本
活動的生活は「労働」(labor)「仕事」(work)「活動」(action)の三つの活動(activity)に分類できる。その「活動」(action)の説明をする前に、古代ギリシャの生活がどのようなものだったのか、それを先に説明した方がわかりやすいと思う。この三つの分類はポリスでの生活が前提になっているからである。
ここで話しはさらにわかりにくくなるので、山本流の解説をする。わかりにくくなる理由は、古代ギリシャの生活規範を私たちが実感として理解するのは極めて難しいということと、一方で、マルクス以降の私たちの生活規範はそれ自体が私たちの内側に血肉化されていて、それを疑うのが極めて難しいという両面から難しいからなのである。アレントはそこを何とか説明しようとする。でも難しい。
それを山本流に説明する。住宅の「山本図式」、ひょうたん型の図式である。そのひょうたん型のくびれの上半分が家父長の場所で下半分がその家父長以外の家族の場所である。家父長の場所には入り口がある。その下側の家族の場所には入るには家父長の場所を通じなければ入ることができないという単純図式である。大学院の修士論文を書くときに思いついた図式で、いまだに結構重宝している。これを使って説明すると、この図式は以下のような関係を説明する。家父長の場所を通らなければ外側と関係できない、という意味は家父長以外の家族のメンバーは家父長によって支配される関係にある。家父長が入り口を閉ざしてしまえばその家族はその外側、社会との関係を絶たれてしまう。支配とはそういう意味である。
そしてポリスの生活というのはこの家父長たちによってのみ占有される生活である。家父長のみがポリスのメンバーとして自由に発言し自由に振る舞うことができたのである。その自由をアレントは政治的生活といった。ポリスはその政治的生活のための空間である。ひょうたんの下側、つまり家族的空間とはまったく関係のない空間である。家族的空間とはつまり「家」(oikos)である。政治的空間における政治というのは言語による他者との関係の空間、つまり「活動」(action)の空間である。一方の家族的空間は生きるための様々な活動つまり「労働」(labor)のための空間である。古代ギリシャの空間構成はこのように二つの空間に厳密に分類分割されていた。
でも、これは古代ギリシャに限らない。あらゆる共同体はこのような空間図式をもっているのである。今まで説明してきた「共同体内共同体」の図式である。古代ギリシャはその図式を、血縁に基づく部族的な関係を超えて「国家の図式」として制度化した初めての共同体だったのである。都市国家をつくるにあたって、それまでの部族的な共同体はすべて解体されたという。「ポリスの創設に先立って部族や種族のような血縁にもとづいて組織された単位が、ことごとく解体した」(「人間の条件」p36)のは当然である。部族的な共同体もまた「共同体内共同体」だったからである。二つの制度は共存できない。ポリスは部族的な「共同体内共同体」を払拭して初めてそこに個人(家父長)による共同体(ポリス)が登場したのである。
ポリスの領域での活動こそが政治である。政治は言論であって、戦いの場所ではない。他者を支配しようとすることはすでに政治ではないというのが古代ギリシャ人の考え方だった。「ギリシャ人の自己理解では、暴力によって人を強制することは、つまり説得するのではなく命令することは、人を扱う前政治的方法であり、ポリスの外部の生活に固有のものであった。すなわちそれは、家長が絶対的な専制的権力によって支配する課程や家族の生活に固有のものであった」(同掲書p47)ポリスの生活は「観照」である。自分自身に問いかけて、さらにそれを他者に伝達できる理論を構築する生活である。一方の家族の生活は生命を維持するための生活である。家族とはつまり「労働」(labor)の領域である。
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April 24, 2010 6:24 PM | Category: 山本
なぜアレントが重要かというと、ハンナ・アレントは、「物によってつくられる世界」と人間の諸活動とを最も本質的な問題として考えたほとんど唯一の思想家だと思うからである。「人間の条件」には「世界」という言葉が頻繁に出てくる。その世界とは「物によってつくられる世界」という意味である。ところが,アレント解説書をいろいろ読んでみたけど、多くの解説者はその「物によってつくられる世界」という意味を理解していないように思える。人間は「物によってつくられる世界」に拘束されている。その中で生まれてその中で死んでゆく。人間は死んでいってしまう。諸活動はその都度記憶から失われていってしまう。その失われっていってしまう人間の諸活動をそこに刻んで「永遠の宇宙」(同掲書p34)に接続するのは「物によってつくられる世界」のその物との関係においてなのである。人間の活動はそのままでは永続性がない。活動のその瞬間から消費されていってしまう。「物によってつくられる世界」の中でその世界に刻印されるからこそ、その活動は永続性を獲得できるのである。
「死すべきものの任務と潜在的な偉大さは、(無限の中にあって住家に値する、そして少なくともある程度まで)住家である物を生みだす能力にある」(同掲書p34)(括弧は山本による。わかりにくい文章なので括弧でくくった。)つまり、一人一人の人間には寿命があるけど、その人間が生みだす住家には永遠性がある。ある程度とは言っているけど、それは個人の生の時間に比べたら圧倒的に長い時間である。でもそのおかげで「死すべきものは、それらの物によって、自分を除いては一切が不死である宇宙の中に、自分たちの場所を見つけることができたのである。」というけど、この文章はすごくわかりにくい。でも、すごく重要なことを言っているので、単純に、もう一度言えば、永続性のある住家とはそれは建築のようなものであり、その建築によってつくられる都市景観のようなものである。それをアレントは世界という。物によってつくられる世界である。そして人間の活動はその世界の内にある。世界の内にあるからこそ永続性を獲得できるのである。「住家」のことを建築や都市といったけど、これはかなりの程度山本解釈だからね。でも「物によってつくられる世界」があるからこそ、そこで人間はその中にいる他者と共に(ある程度の)永続性を獲得できるのである。このまったく同じ箇所を「ハンナ・アーレント入門」(杉浦敏子・篠原書店、言っておくけどこの本はいい本だと思う)ではまったく違う解釈になっている。引用した箇所を受けて、次に杉浦さんはこう言っている。
「そうした他者がいる場が公的領域なのである。その意味でアーレントの公共性の概念は、自然的な過去性を引きずる所与としての共同性ではなく、個々人がつくり上げていく公共性の側面を強くもっているといえる。」ここには「物によってつくられる世界」あるいは「物」という言葉がまったく出てこない。「物」あるいは「物をつくる能力」についてアレント(アーレントと表記すべきなのかアレントなのか、どっちでもいいと思うけど、山本事務所のドイツ人スタッフに聞いたら、彼の発音はアレントだった)がしゃべっている箇所なのに、である。そしてその引用箇所からの結論はまったく違うものになっている。杉浦さんの解釈では、「物」以前に他者がいる。確かにポリス(公共空間)は他者と共にある場所である。その他者と共にどこにいるかというと、どこでもいいわけではなくてポリスでなくてはならない。つまり「他者と共にある場所」(ポリス)によって個々人は拘束されているのである。ポリスは政治の場であると同時に物理的な空間である。政治の場は「物」によって構成される空間である。アレントはそれを言っている。物によって構成される現実的で具体的な空間を「世界」とアレントは言ったのだけど、そのアイデアはハイデガーの「世界内存在」というアイデアの影響である。(これは杉浦さんの本で教えてもらった)個人とは「世界」の内にあってはじめて自由な個人なのである。あるいは「世界」の内にあってこそ他者と共にいるのである。「個々人がつくりあげていく公共性」と言っても、すでにその個人は「世界」の内にあって「世界」に拘束されている。
実は、ここが分かれ道なのである。
「物」の世界の内にある、「物」によって拘束されている、という意味は、その空間がなければ政治的関係すら成り立たないという意味である。政治は空間の中にある。「物」によって構成された「世界」の内にあって、初めて人間の様々な活動(activity)は可能なのである。さらに言えば「世界」はその活動(activity)自体を共同的に記憶する場所である。だからこそ永遠性のある「住家」であることができるのである。そういうことをアレントは言っている。
世界は物によって作られているというその「物」という意味が、なかなか多くの人に伝わりにくいという例をもう一つあげる。
「世界は人為的なもの、人間の手によって作られたものを表すと共に、人間の手になる世界に共に生きる者たちの間に生起する事柄をも表している。世界に共に生きるということは、ちょうどテーブルがその周りに席を占める人々の間にあるように、物事からなる世界がそれを共有する人々の間にあるということを本質的に意味している。」(p79)という文章を引用して、斉藤純一さん(「公共性」岩波書店)はこう続ける。「(物によってつくられる)「世界」という意味での公共性はひとまず置くとして」と斉藤さんは言う。公共性とは「私が他者に対して現れ他者が私に対して現れる空間である」(「公共性」p39)というのである。物による世界、世界という意味での公共性、それはひとまず置くとして、って言われてしまうくらい、「世界」はどうやら扱いにくいらしいのである。斉藤さんにとっても公共空間はつまり言論の空間である。あくまでも人と人とのコミュニケーションなのである。そこには「物としての世界」という場所の概念がすっぽりと抜け落ちているように思える。この引用の箇所に続いて、アレントはこういう。たとえば仮に手品のように「突然テーブルが真中から消えるのを見る。そうなると、互いに向き合って座っている二人の人は、もはや、何か蝕知できるものによって分離されていないだけでなく、互いに無関係になるのである」
ね、すごいでしょ。テーブルが無かったら人間の関係自体が成り立たない、無関係になると言っているのである。アレントは物による世界ということを確信していた。物の世界こそが公共空間であり、そこで人々ははじめて活動が可能なのである。
建築や都市景観のような「物」こそが「世界」であるという解釈は山本解釈が相当強く反映しているけど、たぶん多くの人はこの解釈に賛同しないと思う。「物」に対して強い偏見があるからである。それはアレントが警告しているように「労働」(labor)と「仕事」(work)の区別が近代社会から失われてしまったというところに起因している。近代人としての私たちの内側に「仕事」(work)の成果としての「物」に対する偏見が潜んでいるからである。アレント自身が言っているのだけども、多くの近代人は「労働」(labor)と「仕事」(work)に区別があるということに同意しないだろうというのである。だから、アレントの解釈をするときに「物」はたかだか人間の作ったものなんだから、そんな物によって世界が構成されるといっても、その意味がわからないのだと思う。
古代ギリシャでは「物」と「世界」は密着していた。物によってつくられた世界の内側にいるということが彼らの実感だったのである。
そこで古代ギリシャ人の気分になってみる。ぼくは実際そういう体験をしたから言っている。原広司さんと一緒に集落の調査に行った時の鮮烈な体験である。大学院を出た後すぐだったから、25歳前後である。イタリア半島を南下して、フェリーでギリシャに入ってアテネまできた。ずっと車を運転してきたのである。アテネまでは山道だった。そこでいきなり視界が開けてかなり高い視点からアテネの町を一望したのである。その瞬間、思わず息をのんだ。平らなアテネの町の中心にアクロポリスが屹立して、そこにパルテノン神殿があった。アテネの町と共にあった。そこに屹立する風景の全体がパルテノン神殿の風景だったのである。
古代ギリシャ人たちはパルテノンと共にこの風景の全体をつくったのである。この景観が彼らの世界であったということが分かる。そういう風景なのである。このパルテノンの風景はアテネ市民にとって永遠を意味するものだったはずなのである。永遠の風景を信じることができた。それがわかった。アレントはそうしたギリシャの都市景観を、もちろん遺跡だけど、それを実際に見て彼女の理論を構築しているはずである。彼女もパルテノンの風景に感動しているのである。その感動と共にソクラテスに深く共感するのである。アレントがすばらしいと思うのは、そして彼女が卓越していると思うのは実際の彼女の感受性と共に理論がつくられているからである。単純に言うと生々しい。私たち建築家(ものづくり)にはそれがわかる。たぶん今の社会のなかでは特権的にわかる。物をつくるという感受性と共に私たちは考えるからである。
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April 29, 2010 11:36 AM | Category: 山本
アイスランドの火山が爆発したおかげでチューリッヒに3日間足止めになっていた。予定外に時間ができて、チューリッヒの伝統的なお祭りを見た。春になったことを喜ぶようなお祭りだった。巨大な藁のタワーの上に雪だるまをのせて、その藁に火を付けて雪だるまを火あぶりにするという、うれしいのか残酷なんだか良くわからないお祭りである。確かにチューリッヒの長い寒い冬から春になるお祭りだから、雪だるまは過酷な冬に対してコノヤロといった気分の象徴なのだろうと思う。雪だるまめ火あぶりだコノヤロのお祭りである。そのお祭りには様々なギルド集団が参加して、その伝統的な衣装や道具やギルドのプライドの一大スペクトラムである。まるでもうコスプレ祭りである。もう500年の伝統があるということである。チューリッヒの町はこうしたイベント共にある。ギルド・ファーミリーが今でも生きているのである。(ギルドとギルドとの関係をソサイアティー、つまり社会という。社会は極めて私的なものだったんだ。アレントの受け売りだけどね。)
おもしろかったのは、フェミニズム・ギルドである。ちょっと変わったコスプレのおばさんたちがいて、彼女たちは20年ほど前から「女ギルド」を名乗っているのだという。ギルド・ファーミリーには女たちは参加できない。掟である。それを変えさせたのである。とはいえ、伝統のお祭りの中に実に違和感なくフェミニズムが収まっていた。
それは建築や都市景観についても同じである。古い町の構造を残しながら、それでも今の生活に見合うように注意深く更新されている。時間があったのでスイスの古い町、ベルンに行った。ケース・クリスチアンセにおもしろい町だよと勧められたのである。川がUの字型に蛇行していて、そのUの字状の内側にベルンの町がある。クロスセクションを描くと、山の字のようになって、その真ん中の大地にベルンの町がある。つまり両サイドが川に挟まれた丘陵である。15世紀に作られた町が少しずつ延伸して、リニアな長い町なのである。町は時代とともに作り直されている。私たち来街者から見れば、ただ古い中世都市が残っているという見え方しかしないのだが、路面電車が走って、トロリーバスが走って、城壁がなくなって、というように今の生活にあわせて少しずつ、あるいは大胆に町は変わっていっているのである。それでも基本的な骨格は厳密に残されている。建物にはいつこの建物が建てられたのかその築年を示す西暦が書き込まれている。1400年代、1500年代、中世都市がそのまま生きているかのようなのである。実際、ここに住んでいる人たちはこの町が永久にここにあるということを信じているように見える。「物による世界」は人々が生まれる前からここにあって、死んでいってもそこにある。「物による世界」とは「an"artificial "world of things」(Ibid,p7)人工物によって作られた世界のことである。「世界」とは人間の手による人工物の「世界」である。アレントの言う「世界」という意味が実際にここにある。ベルンという町自体がそこに住む人にとって一つの「世界」なのである。ベルンという町が「世界」としてそこに現れている。そういう働きをしているのである。ベルンに住む人々はその「世界」との関係の中で生活している。ヨーロッパの古い町に行って私たちが感動するのは、そうした物と人間の活動との信頼関係である。
ところがこの「物と人との信頼関係」は近代化と共に失われて行ってしまう。アレントによればそれは「労働」(labor)と「仕事」(work)の区別が喪失されてしまって、それ以降だということになる。つまり「労働」(labor)が私たちの「諸活動」(activities)の最上位に位置づけられてからである。
「近代の世界の物は、使用されるべき「仕事」(work)の産物ではなく、消費されるのが当然の運命であるような「労働」(labor)の産物となった」(「人間の条件」p186)「私たちは、自分の周りにある世界の物をますます早く置き換える欲求にかられており、もはや、それを使用し、それに固有の耐久性に敬意を払い、それを保持しようとする余裕をもっていない。私たちは、自分たちの家や家具や自動車を消費し、いわば貪り食ってしまわなければならないのである」(同掲書p187)アレントは「物を使用する」という意味を単に「手段としての物」とは考えない。その物の内にあってその物から刺激されその物に再び働きかけることを「使用する」という。「物の使用」は「物の消費」ではない。
建築も家も家具も自動車も単に消費の対象でしかない。これはまさに今の日本の私たちである。それを誰も不思議だとは思っていない。ノーマークだと言ってもいい。だからアレントの言うことが理解できないのである。アレントの解説書を読んでいても、この「物」に対するアレントの極めて強い思いがすっぽりと抜け落ちている理由である。
ベルンの人たちの物と人との関係と私たちと比べるとやはり向こうの方が、「物による世界」という思想をより自覚的に担っている、それが良くわかる。単に古い物はいいという、そんな問題ではなくて、私たちの「物」に対する思想が正に問われているように思う。建築家の責任なんだと思うんだけどね。
今度はバンコクに行くはずがドタキャンになった。向こうの主催者から危険なのでこないで欲しいという連絡が昨日の深夜にあって、首相も出席するはずだった国際シンポジウムがキャンセルになったのである。世界中で地域社会が崩壊しているのである。国家主義、これはグローバリズムというコインの裏と表である、その国家主義と地域社会との軋轢はこれからますます激しくなると思う。
「地域社会圏モデル」が重要な所以である。
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