April 20, 2010 11:08 AM | Category: 山本

山本です。ポリスは政治的空間だった。

活動的生活は「労働」(labor)「仕事」(work)「活動」(action)の三つの活動(activity)に分類できる。その「活動」(action)の説明をする前に、古代ギリシャの生活がどのようなものだったのか、それを先に説明した方がわかりやすいと思う。この三つの分類はポリスでの生活が前提になっているからである。
ここで話しはさらにわかりにくくなるので、山本流の解説をする。わかりにくくなる理由は、古代ギリシャの生活規範を私たちが実感として理解するのは極めて難しいということと、一方で、マルクス以降の私たちの生活規範はそれ自体が私たちの内側に血肉化されていて、それを疑うのが極めて難しいという両面から難しいからなのである。アレントはそこを何とか説明しようとする。でも難しい。
それを山本流に説明する。住宅の「山本図式」、ひょうたん型の図式である。そのひょうたん型のくびれの上半分が家父長の場所で下半分がその家父長以外の家族の場所である。家父長の場所には入り口がある。その下側の家族の場所には入るには家父長の場所を通じなければ入ることができないという単純図式である。大学院の修士論文を書くときに思いついた図式で、いまだに結構重宝している。これを使って説明すると、この図式は以下のような関係を説明する。家父長の場所を通らなければ外側と関係できない、という意味は家父長以外の家族のメンバーは家父長によって支配される関係にある。家父長が入り口を閉ざしてしまえばその家族はその外側、社会との関係を絶たれてしまう。支配とはそういう意味である。
そしてポリスの生活というのはこの家父長たちによってのみ占有される生活である。家父長のみがポリスのメンバーとして自由に発言し自由に振る舞うことができたのである。その自由をアレントは政治的生活といった。ポリスはその政治的生活のための空間である。ひょうたんの下側、つまり家族的空間とはまったく関係のない空間である。家族的空間とはつまり「家」(oikos)である。政治的空間における政治というのは言語による他者との関係の空間、つまり「活動」(action)の空間である。一方の家族的空間は生きるための様々な活動つまり「労働」(labor)のための空間である。古代ギリシャの空間構成はこのように二つの空間に厳密に分類分割されていた。
でも、これは古代ギリシャに限らない。あらゆる共同体はこのような空間図式をもっているのである。今まで説明してきた「共同体内共同体」の図式である。古代ギリシャはその図式を、血縁に基づく部族的な関係を超えて「国家の図式」として制度化した初めての共同体だったのである。都市国家をつくるにあたって、それまでの部族的な共同体はすべて解体されたという。「ポリスの創設に先立って部族や種族のような血縁にもとづいて組織された単位が、ことごとく解体した」(「人間の条件」p36)のは当然である。部族的な共同体もまた「共同体内共同体」だったからである。二つの制度は共存できない。ポリスは部族的な「共同体内共同体」を払拭して初めてそこに個人(家父長)による共同体(ポリス)が登場したのである。
ポリスの領域での活動こそが政治である。政治は言論であって、戦いの場所ではない。他者を支配しようとすることはすでに政治ではないというのが古代ギリシャ人の考え方だった。「ギリシャ人の自己理解では、暴力によって人を強制することは、つまり説得するのではなく命令することは、人を扱う前政治的方法であり、ポリスの外部の生活に固有のものであった。すなわちそれは、家長が絶対的な専制的権力によって支配する課程や家族の生活に固有のものであった」(同掲書p47)ポリスの生活は「観照」である。自分自身に問いかけて、さらにそれを他者に伝達できる理論を構築する生活である。一方の家族の生活は生命を維持するための生活である。家族とはつまり「労働」(labor)の領域である。

| Posted: Riken Yamamoto

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