山本

August 6, 2009 10:59 AM | Category: 山本

山本です、建築国際教育会議

7月17日、18日、東大で建築教育会議というシンポジウムに参加した。Y-GSAの学生、学部の学生もボランティアで参加してもらったと思います。ご苦労様でした。

私のセッションはプリンストンのスタン・アレン(建築家)、コロンビアのマーク・ウイグリー(歴史家)それと精華大学(北京)のWeiguo Xu(ウェイグォ・シュー)それとUCLAの阿部仁史、それとY-GSAから山本、司会が東大の難波和彦、「グローバリゼーションの中の建築実務と教育」というテーマだったけれども、話し合われたのはもっぱらコンピューター・ワークの建築における位置づけのような話だった。

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August 7, 2009 9:42 AM | Category: 山本

山本です。Y-GSAで考えてほしいこと

Y-GSAはスタジオ制を採用している。スタジオ制の欠陥は6ヶ月毎にスタジオの指導教官が替わってしまうために、学生の側から見ると、Y-GSA全体の思想が見えにくくなってしまうことだと思う。そこはわれわれ指導する側もかなり危惧をしているところです。

4つのスタジオの課題の与え方が既にわれわれの思想を表現しているとは思うけど、それを受け取る側がその課題の主旨をもっと自覚的に受け止めてほしいなあと思う。

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August 8, 2009 4:51 PM | Category: 山本

山本です。与条件という条件

今、書いたブログの記事がどこかへ行ってしまったので、もう一度書き直さなくてはならない。なんだか扱いにくいソフトだ。
「そんなこと当たり前のことだ」と思っているその自分自身の感性を疑え、そこに大きな矛盾が実は潜んでいるはずなのだ、ということを昨日書いた。それで思い出したことが、4,5年前、鈴木成文さんと上野千鶴子さんとの対談である。『「51−C」家族を容れるハコの戦後と現在』という本に掲載されている。その対談で、鈴木さんはもはや新しいライフスタイルに対応する住宅のモデルなど、意味がない。むしろその外側こそを考えなくてはならない。対して、上野さんは新たなモデルをつくることは建築家の責任ではないかと問いかけた。二人の話が全くかみ合わなかったのは、単純に鈴木さんは与条件の内側つまり「1住宅=1家族」を前提にして考えている。上野さんはその与条件そのものを問題にしている、その差だったのである。「1住宅=1家族」の内側で考えるなら、新しいモデルなどもはや必要ない。
建築の設計教育というのは徹底して、与条件の内側で考える訓練なのである。少なくとも今まではそうだった。住宅の設計というと家族構成を与えられ、敷地を与えられ、その中で設計せよと言われる。図書館の設計でも、美術館の設計でも、常に与条件を与えられてその中で設計する、それが設計教育だった。それに対して、社会学者は与条件そのものを疑う、それが仕事である。
でも、本当は建築家の最も重要な役割は与条件を疑うということなのである。優れた建築はその時代、多くの人たちが当たり前だと思っていたようなことを徹底して問題にして、時にはその当たり前だと思っていることを徹底的に破壊する。それだけの破壊力を秘めているはずなのである。
与条件を疑うのは社会学者の専売ではない。私たちこそ、常に考えなくてはならないことなのだと思う。
当たり前だと思っていることを疑えというのは、そういう意味である。

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August 10, 2009 11:00 PM | Category: 山本

山本です。共同体

末光さんが前期課題をかなり手際良くまとめてくれた。私もほとんど同じ意見です。ただ、それぞれの人たちの作品が具体的にどのような作品だったのか分からない、山本スタジオ以外の人が見てもちょっと分かりにくいかも知れない。必要に応じて作品の模型写真なりがあるといいんだけどね。
その末光さんの意見の中で、「個人というある種の自由を前提とした居心地の良さに慣れ親しんだ現代人・・・」と書いているのは非常に重要だと思う。というのは、この議論は60年代の後半から共同体の話をするときに必ず話題になる前提だからである。でも、最近、「地域社会圏」ということを考え出して思ったのだけれども、その「個人という自由」を前提とした居心地の良さを享受しているというのは、ある種の特権性なのではないかということである。個人の自由を前提とすることができない人たちは実は私たちが思っているよりも、猛烈に大勢いるんじゃないかと思う。個人としてではなくて、一つの枠組みに組み込まれて、そのようにカテゴライズされることによって、自分が何者であるかを外側から決めつけられてしまう人たちである。例えば障害を持った人たち、あるいは女性、高齢者、在日外国人、そういう、個人であるよりも前に外側からカテゴライズされちゃうというのはどこか今の社会のシステムに欠陥があるからだと思う。「個人という自由」を前提ににすることによって、実はそこから排除される人たちをつくりだしちゃっているように思う。
そこは末光さんの指摘のように、この「地域社会圏」という課題にとって極めて重要だと思うので、もう少し詳しく説明します。この次のブログでね。

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August 11, 2009 7:05 PM | Category: 山本

山本です。「建築率」

末光さんが整理してくれた「地域社会圏」の可能性はとても分かりやすいと思った。

1.「都市や社会に既にある骨格を再利用する」
その中で商店街は今やどこもシャッター街になりつつある。かつては「地域社会圏」の中心だったのに、その周辺の地域社会が崩壊しつつあって、そのためにシャッター街になってしまっているのだと思う。だとしたらその商店街を中心にしながらもう一度周辺の地域社会をつくりなおすという試みは十分に可能性があるし現実的であるよう
2.「都市と住宅の境界を再定義する」
ということは住宅そのものを再定義することだと思う。この方法はかなり難しい。単に図式的な解説になってしまいがちで、今回の小林の作品が図式のままで終わったのが象徴的だったなあ。
3.「接道という概念を疑う」
「建築率」という考え方は工学院大学で教えているときに思いついた考え方で、ある切り取られた「地域社会圏」の中で、建物のフットプリントとそれ以外の全ての場所との比率のことである。こうして道路も庭も全て空地として図式化してみると「空地率」は思った以上に大きい。つまり木密地域でも「建築率」はかなり小さい。その空地をどう利用するか。共同の駐車場にもなるし、あるいは幅6メートルの道路が緑地になる。「地域社会圏」という考え方を導入することで既存住宅街のその住宅自体には手を加えなくてもランドスケープが画期的に変わる。この後も試してみたい方法だと思っている。
4.「建て替えのプロセスをデザインする」
立て替えのプロセスをデザインするのはこの課題のメインテーマでもあると思う。そのプロセスが現実の都市をどう考えるのか、そのきっかけになる。全ての住宅、建築は私有地の中に建っている。その私有地を融解させるプロセスは考えられるのか。

この4つに分類してくれたけど、とても面白い分類だと思う。まだ類型が考えられると思う。この4つを意識しながら、次の展開に繋げたい。

圓木の言う「おせっかい」は建築家の必需品だと思う。コルビジェもミースもみんな「おせっかい」だった。頼まれてもいないのに新しい社会をつくろうとしたんだから。
「繊細である」というのももう一つの必需品だと思う。「おせっかい」だからこそ「繊細」さが必要なのだと思う。どっちか一つだとうまくいかない。圓木は鋭いところに気がついた。

「地域社会圏」という言葉を選んだのは、その「圏」という言葉が場所性を強く指し表していると思ったからである。「圏」がなくて単に「地域社会」という言葉だったとしたら、その言葉の指し示すものは過去の地域共同体のようなもののイメージか、あるいは行政単位の一部のようなものをイメージさせるか、そのどちらかである。そう思った。「地域社会」という言葉には、「昔は確かにあったけど今は失われてしまっている」という「失われたユートピア」のようなニュアンスがたちこめているのである。あるいは逆に政治的な生々しいイデオロギーが色濃く付着してしまっている。過去の共同体でもなく、あるいは政治的なイデオロギーとしてでもなく、今、最も効率的で効果的な居住システムが考えられないか。そう考えたのである。それが「地域社会圏」という考え方である。
でも、それが難しい。何故そうしたシステムについて考えるのが難しいのかというと私たちが「1住宅=1家族」というシステムに頭のてっぺんから骨の髄まで徹底して浸かってしまっているからである。それを前提として考える限り、「地域社会圏」という新しいシステムを考えることは極めて難しい。

明日からクアラルンプールに行くので、しばらく、といっても4日間ぐらいブログをかけないと思います。盛り上がっていてください。

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August 16, 2009 3:50 PM | Category: 山本

山本です。数字。

「地域社会圏」という考え方について以前に話をしたけど、その「圏」という言葉にこだわるのは、それが何らかの空間的な解釈を前提にしているからである。地域社会について考えることは単に共同体の政治的な仕組みについて考える事では無くてその空間的な仕組みの提案を含んでいる。「1住宅=1家族」が「住宅」という空間的な仕組みをつくることで国家の運営のシステム(制度)を見事につくり上げたように、それでは「地域社会圏」では「住宅」に代わるどのような空間的な仕組みをつくれば良いのか。「圏」という言葉にはそのような意味が込められている。
だから廣岡の言うように、空間的な仕組みを考えることは、そのままそれは制度をデザインすることである。「地域社会圏」はどのような空間の仕組みを前提として、どのような制度(システム)つくるのか。だからこそ数字が重要なのだと思う。「1住宅=1家族」システムと「地域社会圏」システムとはどこがどう違うのか。その違いを数字で示す事は極めて重要だと私も思う。
杉浦の言うように、地域の固有性と共に「地域社会圏」は考えられるべきだと思う。谷戸のような地形の特異性もあるだろうし、地域社会密着商店街のような特別の個性を持った場所もある。その地域の固有性と共に考えられるべきだと思うし、その固有性を発見する目が問われるのだと思う。「1住宅=1家族」システムのように日本中標準化する事を前提に組み立てられるシステムでは決してないのだと思う。
INAXの本ではデータ(数字)が重要になる。そのデータをどう視覚化するか、それをみんなで考えてください。昨日の打ち上げでの、樫原さん、藤原さんからの指摘はそのヒントになったと思う。

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August 18, 2009 11:10 AM | Category: 山本

山本です。今後

現状」+「メリット」+「事例」

をセットで示さなければならないのではないかと思っています。
そのためには、山本さんのおっしゃるように、「数字」が大事になってくると思う。
つまり集まって住むことで、どのくらいその数字的メリットがあるのか。
皆がなるほどそれなら集まって住むよなと思えるようなメリットを数字とビジュアルを使って示さなければならないと思います。
加えて、それを作り出すためにはどんなシステムがあるのかを事例や案などを交えて簡単に示せればすごく読む人はわかりやすいリサーチブックができると思う。

という、末光さんの指摘の通りだと思う。

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August 20, 2009 12:10 AM | Category: 山本

山本です。400人

仲さんの指摘のように、400人程度という「地域社会圏」の人数に特に根拠があるわけではない。仮に、400人程度という数字が与えられたら、どのような「地域社会圏」が可能か、という逆向きの思考方法である。400人を一単位としたらどのような空間が考えられか、という思考方法は私たち建築家にとって実は馴染みの方法なのである。仮に4人家族程度を一単位としてその住み方を考えるとしたら、という仮説を与えられて、その空間単位を住宅と命名して、「1住宅=1家族」の空間を考え出したのは私たち建築家である。それを考え出したとたんに、それが前提になって今の社会のシステム(国家運営のシステム)がいつの間にか決まってしまった。「建築は仮説に基づいてできている」(拙著、住居論を参照してください)のである。もともと根拠なんてないのである。でも、それができあがってしまったとたんに、その仮説がいかにも根拠のあるように見えてしまう。それが建築という有無を言わせない社会的暴力なのだ、というのが私の意見なんだけれども、多くの人たちはその建築の無根拠性に気がつかない。だからその暴力性にも気がつかない。
というわけで、400人に根拠がなくても、まずそれで空間化してみる。勿論、試行してみて修正はされるだろうけど、それでもその根拠が証明されるわけではない。それでも空間化する。「1住宅=1家族」でやってみたことを「地域社会圏」という形でやってみる、「1住宅=1家族」と「地域社会圏」、それを相互に比較することが重要なのだ。「地域社会圏」モデルは「1住宅=1家族」システムの検証でもあるのだと思う。

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August 27, 2009 12:09 AM | Category: 山本

山本です。世界は物によって構成されている

仲さんの指摘した、400人という単位の可能性についてですが、実はこの単位に建築の秘密があるように、最近思っています。
仲さんのいうとおり400人は少し大きめのマンションの単位であるとしても、その400人に決まったのは別に、この人数が最適であるということで決まったわけではなくて、敷地の条件とか経済的な条件などによって、たまたま400人程度になったのだと思います。でも、その400人程度で住み始めると、それがいかにも適正であるかのように見えてきてしまう。環境の側が400人を前提につくられてしまうと、それに私たちが適応してしまうのだと思う。
保田窪団地が120世帯、一人暮らしの人もいるので、大体、350人から400人ぐらいの間である。これも、たまたま今まで住んでいた人と、新しい入居者を加えるとそういう数字になっただけで、意図された数字ではない。
私見だけれども、適正な数字というのはないのだと思う。大胆な意見を言えば、それが適正かどうかを決めるのが建築なのだと思う。
ハンナ・アーレントという人は、世界は建築のような「物」によってできているという。(「人間の条件」)「物」をつくるのは「工作人」である。「工作人」のアイデアによって「物」ができているとしたら、「物」によって構成されている世界というのは根拠があってできているわけではない。「物」と「物」の相互関係は常に必然であるわけではない。多くの場合「物」と「物」とは偶然隣り合っている。そうした偶然の中にわれわれは住んでいるわけである。なんでそんな無根拠の世界に私たちが住むことができるかというと、そうした「物」たちが人間よりも遙かに長生きだからである。私たちが生まれて死ぬまでの時間、それ以上に長い時間「物」はそこにあり続ける。だから私たち一人一人にとっては「物」は生まれる前に既にそこにある。つまり私たち一人一人にとっては既に生活の与条件である。ということは「物」は個人にとっては常に肯定的にそこにあるわけである。
つまり、「物」によって構成される世界は偶然にできあがっていたとしても一人一人にとっては、それは必然なのである。
さらに飛躍すれば、「物」によって構成された世界がもしなかったら、私たちはどこで生まれてどこで死んだのか、それを記録することができない。言い換えれば共同体的に記憶することができない。「物」によって構成された世界は私たち共同体の記憶の空間なのである。
恐ろしいことに偶然的にできあがった「物」による世界が、私たちの記憶の空間なのである。
というようなわけで、400人のための空間をもし私たちがつくることできたら、それがそのままそこに住む人たちの記憶の空間なのである。
もし400人が一緒に住むとしたらどのような空間構成が可能か、という問いかけは、その空間がそのまま肯定されることが暗黙のうちに前提されているのである。
ハンナ・アーレントのいう、世界は「物」によって構成されているという意味は多分そういう意味なのだと思う。
清水建設との共同研究でも「地域社会圏」を取り上げたいと思う。実際に空間構成までつくりたいと思っているので、インディペンデント・スタジオに参加したい人は申し出てください。

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September 22, 2009 4:23 PM | Category: 山本

山本です。そろそろまとめたい

広岡の報告、キューバの医療事情はとても面白い事例だと思います。日本では地域社会と医療との関係がほとんど考えられないままに医療制度が決められてしまっているのだと思う。キューバでは全く正反対の考え方が採用されている。こうした事例も是非、載せたい。載せたいというのは、今度のINAXの本。
藤森照信さんの監修の本と、伊東豊雄さん監修の本は既に出版された。面白いから読んでください。
次の山本監修の本は年末を目指している。そこでY-GSAの「地域社会圏データ」に16ページ割り当てられているので、大至急まとめたい。どうまとめるか至急相談したい。9月30日、スタジオのオリエンテーションがある日、その後に集まってほしい。前期山本スタジオを選択した学生は参加してください。去年卒業した田中秀一も参加したいといっているので、田中にも連絡してください。
この「地域社会圏データ」は引き続き、清水建設との共同研究、インディペンデント・スタジオとしても発展させたいと思っているので、これに参加することも視野に入れてください。別に前期、山本スタジオをとった人だけではなくて、Y-GSAの学生で興味のある人は30日に集まってください。


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September 23, 2009 10:41 PM | Category: 山本

山本です。「東京から考える」

「東京から考える」という本の話を昨日したけど、その本に即して、「地域社会圏」の話です。
東さんと北田さんの二人は東京という巨大な郊外の様々な地域の感想批評をしているけど、これを勝手に「地域社会圏」探しだと思って読むと面白い。
家族が「共同体内共同体」であるとしたら、今の社会は家族のその上位の共同体として国家を仮定している。西川祐子さんが「近代家族とは国民国家の基礎単位とみなされる家族である」というのはそのような意味においてである。家族と国家が媒介なしに直接結びついているのである。そうすると何が起きるかというと、それまで家族のその上位の共同体としてあった地域社会が排除されてしまう。つまり、家族がはだかで公共空間にさらされてしまうわけである。だから、一方で家族を収容する住宅は極めて閉鎖的につくられる。そしてその住宅によって構成される風景は「ファスト風土」と呼ばれるらしいのだけど、全国一律標準風景になる。「固有の地域性が消滅した地方都市の様相」のことを三浦展さんが名付けたのだそうである。
これが今私たちが共有している都市の風景である。確かに今、国家の運営システムは家族という単位を基礎単位として、それを前提に運営されている。そこから「ファスト風土」風景とは一直線である。
鳥瞰的に見れば私たちはそうした風景の中に生きているようにも見える。でも問題はそこからなのだ。現実の私たちはそれでは生きられない。家族と国家という関係は「共同体内共同体」としてはあまりにも無理がある。一方が巨大すぎる。抽象的すぎる。上位の共同体として実感できない。だからその矛盾をなんとかして解消しようとして、私たちは無理算段して、「共同体内共同体」という関係を作ろうとするのである。方法は二つである。一つは家族という単位を保存するために、その外側に擬似的な地域社会を仮構するのである。小さな子供を媒介にするテンポラリーな地域社会、あるいは過去に存在した地域社会。そうしたものを頼りながらかろうじて「共同体内共同体」という関係をつくる。もう一つは家族に変わって別の「共同体内共同体」を仮構する。

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October 4, 2009 8:39 PM | Category: 山本

山本です。「地域社会圏データ」

明日から14日まで出張でいません。10月16日、木村草太さんの講演の前に「地域社会圏データ」の打ち合わせをしたいと思います。それまでに一度まとめてみてください。当日INAXの編集の高田さんがいらっしゃいます。高田さんと一緒にもう少し詳しく話ができると思います。本の中の16頁分がY-GSAで担当するボリュームです。かなり重要な役割なのでよろしくお願いします。
木村草太さんは首都大学の准教授で憲法学者です。建築に詳しい人なので、建築と法律とのかなり面白い話が聞けると思います。といっても建築基準法がどうのというような話ではなくて、建築はそれだけで共同体的なのではないか、つまり見えない法律のような役割を果たしているのではないのか、というような話になるのではないかと思います。邑楽町裁判でもいろいろと助けて頂いた方です。期待してください。

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October 19, 2009 10:02 PM | Category: 山本

山本です。東さん藤村さんとの鼎談。

仁井田の言うように「地域社会圏データ」は今回のINAX本の中で、極めて重要です。「地域社会圏」という考え方のリアリティーを検証するデータになると思います。できるだけ誰が見ても、「1住宅=1家族」よりも遙かに有効だということが実感できるようなデータの作り方を心がけてください。
そのINAX本で東浩紀さん、藤村龍至さんと鼎談をした。
藤村さんが「地域社会圏」をテーマにしてプロジェクトをつくっているので、そのプロジェクトを巡って話をしたのである。東さんの話は主に北田暁大さんとの共著「東京から考える」を中心にして地域社会がうしなわれてしまった今、どこにどのように住むのか、ご自身の育児体験と一緒に話をされた。
住宅が「1住宅=1家族」というシステムによって供給されるようになって、地域社会が一気に標準化されていってしまった。地域社会の標準化された風景が所謂「郊外」の風景である。その風景が社会学者の恰好の研究テーマになってきたのはみんなよく知っていると思う。そこまではおそらく多くの人たちの共通認識である。

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October 24, 2009 6:16 PM | Category: 山本

山本です。SML

SMLというのは面白い考え方だと思う。
S:一人から10人程度の小集団、今までの家族もここに入る、あるいはシェアリングで一緒に住む。あるいは高齢者だけの小集団、一人でもいい。別に家族を装わなくてもいい。それが面白いところだと思う。
M:Sに対するインフラの役割を果たす集団。M集団に帰属しているという意識、あるいは景観意識
L:行政単位、市町村のような今までの行政単位はM集団を前提にする。M集団が例えば三つなら三つ集まると、その三つに対して何らかの行政サービスがあるとか。
そのM集団を「地域社会」と呼んでいるわけだけれども,「地域社会圏」という場所をもっていることが重要だと思う。
次の山本スタジオ、インディペンデントで集まるのはいつでしたっけ?

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November 7, 2009 11:40 PM | Category: 山本

山本です。インディペンデント・スタジオ

「地域社会圏データ」は良くまとまっていると思う。
今の現実をデータにして「日本が400人の社会だったら」その社会はどのようなシステムになるのか、というデータ分析は面白い実験だと思う。INAXの高田さんとも話をしてみるけど、最終的にはもう少し整理が必要だと思う。
家族のような小さい単位を「S」そのSの集合単位を「M」さらに大きな単位を「L」と呼んだのは秀逸だと思う。呼び方はすごく単純だけども、実は極めて本質的である。私たちの頭の転換を呼び起こすのである。今まで、最も小さな単位をなんと呼んだらいいのかその適当な呼び方がなかった、ということをそれが示唆するからである。今までは「家族」と呼んでいた。でも、家族と呼んだとたんに、父母子供という複数人による一つのセットを思い浮かべざるを得ない。それが標準的な基本単位である。だから、その標準からはずれてしまう人たちをなんと呼んでいいかわからなくなっちゃったのである。単独世帯、高齢者世帯、片親世帯、世帯というのは標準家族を前提としているから、その標準に乗らない人たちを特別な呼び方で呼んでいたのである。
家族は多様化しているというけど、その多様化した人たちの生活を全て家族と呼んでいたというのはよく考えて見ると、相当おかしい。同性愛者同士の結婚を認めるのか、夫婦別姓を認めるのか、そうした議論は全て今の家族という単位を前提にしている。個人個人はどんなキャラクターであったとしても、みんな家族を装うのである。それを多様化って呼ぶか。
何故装いたいのか、社会を構成する最小単位を「家族」って呼んじゃったからである。

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| Posted: Riken Yamamoto

December 8, 2009 12:45 PM | Category: 山本

山本です。「地域社会圏データ」について

最近、INAXの本をつくるために、何人かの僕のお会いしたいと思っていた人に話を伺うチャンスがあった。例えば東浩紀さん、フランス近代史の研究者の中野隆生さん、僕の師匠の原広司さん、あるいは建築家協会の企画で、政治思想史の研究者の原武史にも話を伺った。東さん、中野さんはこのブログでも触れたことがあるけど、原武史さんには始めてお会いした。「滝山コミューン」という猛烈に面白いドキュメントを書かれた人で、是非、話をしたいと思っていたのである。原さんは電車オタクとしても有名でもある。西武線沿線の住宅団地がいかに他の沿線、例えば東急沿線と違うか。その特徴はなんなのか。1970年代の初頭に滝山団地に住んでいた時のドキュメントが「滝山コミューン」である。原さんの小学生の時の記録である。小学校を中心としていかに政治的な空間がそこを支配していたか、それをはらはらするような状況と共に描写して、小学生の時の記憶をそのままドキュメントにできるとはすごい、と思わず感嘆してしまった。小学生の原さんのトラウマになるほどその政治性は強烈だったのだ。話をしていて面白かったのは、当時の団地という空間が全くの政治的な、あるいは宗教的な無菌状態だったということである。一緒にシンポジウムに参加した都市機構の井関さん、井関さんは東雲の計画の担当責任者だった人である、その井関さんの話では住宅公団(今の都市機構)の計画地は徹底して宗教的、政治的空白地域をその対象地として選んだのだと言う。神社仏閣の側にはつくらない。既存の地域コミュニティーが強いところにはつくらない。それが鉄則だった。つまり、できあがった団地は全くの政治的、宗教的無菌状態だった。そういう場所としてつくられたのである。そこに一気に接近したのが日本共産党と創価学会だった、当然だろうと思う。無菌状態の無防備な人ばっかりだったんだから。それと団地という「1住宅=1家族」単位の集合体は一軒一軒オルグするには最適な空間である。「1住宅=1家族」という単位が相互に完璧に切り離されているからである。もともとそのように計画されているのである。西武線沿線の住宅団地は共産党と公明党のオルグの場所として、最適地だったのである。
原さんは学者である。中野さんの時にも感じたけど、そのデータを集める執念深さはすごい。だから人を惹きつける文章が書けるのだと思う。ネットで調べて、はい、データ、それじゃあ論文にならない。

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December 13, 2009 11:23 PM | Category: 山本

山本です。'地域社会'はインフレ状態

最近はコミュニティーという言葉がインフレ状態だ、と東北大の社会学者の吉原直樹さん。11月20日のシンポジウムの時の話である。確かに今日(12月13日)の新聞の読書欄にしても地域社会やコミュニティーに関する話題が多くなっているのが分かる。ぼくの学生の頃は全く逆だった。コミュニティーなどというと笑われた。それも鼻の先で笑われた。そんなもの誰が信じるか。実存、主体、自由、疎外という言葉は当時、多くの私たちが暗黙に共有している言葉だったけど、コミュニティーは最も恥ずかしかった。家族などといっていた私はかなり恥ずかしかった。磯崎さんは「都市住宅」という雑誌の誌上コンペで「父を殺せ、母を犯せ」等とアジっていた。今、思うとこれも結構恥ずかしいけど。
コミュニティーというのはイデオロギーではなくて、不可避の関係だと思う。コミュニティーの内側にいないと生きてゆけない。そういう関係として考えた方が現実を説明できるように思う。東浩紀さん、藤村龍司さんとの鼎談でも、つい最近お会いした金子勝さんとの話(中村拓史さんとの鼎談)でも、それが話題になった。東さんとはコミュニティーは、既に崩壊しているようでいて、しっかり生きている。それは今は擬似的なコミュニティーにしか見えないけど、実は大きな働きをしているのではないかという話をした。金子さんとは、コミュニティーはもっと鍛えられる。今の経済原則を超えて強靱な仕組みを考えることができるはずだというのが金子さんの指摘だった。
イデオロギーとしてではなくて、現実にあるものとして、コミュニティーについて話をすることができるようになったというべきなのかも知れない。コミュニティーという言葉のインフレはいいことなのだ。

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January 13, 2010 10:41 AM | Category: 山本

山本です。建築に思想はあるのか

最近、書いていないけど、INAXの本の原稿がもうすぐ締めきりです。「地域社会圏データ」の最終責任者は玉田だったっけ。どうなりましたか?重要なテーマなので、最終確認したい。ぼくとINAXの高田さん宛にデータを送ってください。
今まで書いてきたこのブログをその本に掲載することになりました。全体を読み直して見ましたが、結構面白い。助手の末光さんや山本スタジオのみんなの文章もかなり面白い。スタジオの活動が生々しく伝えられると思うので、活字にするのもいいかと思っています。みんなの書いた文章を載せるのだとしたら改めて相談します。

ところで、「地域社会圏」の重要さは建築家の責任や権利にも関わっているとぼくは思う。つまり、建築家というのは思想を問われているのだということを改めてわれわれは考えているからである。
'建築に思想はあるのか'という問いは実は奇妙な問いである。厳密に言えば間違った問いかけである。建築は'もの'である。何者かによってつくられた'もの'であるとしたら、その'つくる人の思想'を問うというのが正しい問いである。ところがここで問題がおきる。それでは一体建築をつくる者は誰なのか。クライアントなのか。思想と問うとしたらクライアントの思想が問われるのか。仮にクライアントであるとする。そこでもう一度問題が起きる。クライアントとは何者なのか。その建築の利用者なのか。利用者が必ずしも発注者とは限らない。分譲住宅の利用者は住人だけど、建築の発注者はディベロッパーである。あるいは建設資金を出す人が発注者とは限らない。公共建築の場合は、建築をつくる資金は税金である。あるいは住民たちの積立金である。発注者は地方公共団体の首長である。そして利用者は住民である。そしてその建築の管理者は時には地方自治体である。この場合、クライアントは誰か。クライアントの思想が問われるとしたら、その思想は誰の思想か。
そして、建築をつくる場合、もう一人有力なエージェントがいる。'建築をつくる人'というのだとしたら、文字通りつくる人の中心にいるのは設計者である。ここでさらにまた問題が複雑になる。建築の設計者とは何者か。その建築は誰のために設計するのか。ディベロッパーなのかその建物の住人なのか。地方自治体の首長なのかその施設の利用者なのかあるいは管理者なのか。誰の方を向くにしても、その誰かの思想の命ずるままに、その命令に忠実に従うのが設計者なのか。設計者には'つくる人'に固有の思想はあるのか。
実をいうと、いまや大混迷なのである。もともと設計者という存在自体が日本の社会と馴染みがあまり良くないということもあったけども、あの姉歯事件以来ますます混迷が深まってしまったのである。
設計者に固有の思想があって、その思想に共感するからこそ、その設計者に仕事を依頼するという依頼の仕方が一方にある。その対極には、どのような建築にするかは発注者の側で既に決めてしまっていて、その考え方に則って設計する。それを忠実に果たすことを期待される。そういう依頼の仕方が一方にある。ここでは設計者の思想は全く期待されていない。
多くの場合、設計者に対する期待は後者である。単純にいえばハコもの技術者としての設計者である。
今や混迷の建築業界なのである。
「地域社会圏」はそういう意味でも、設計者はなしをするのか、何をすることができるのか、という問いかけの重要な答えなのである。
地域社会のための建築家ということ、その意味をきちんと伝えたい。

| Posted: Riken Yamamoto

February 8, 2010 2:34 PM | Category: 山本

山本です。「地域社会圏データ」

Y-GSAの院生たちに「地域社会圏データ」をまとめてもらった。
「1住宅=1家族」を前提としたインフラの作り方と、「地域社会圏」を前提としたインフラの作り方とどちらが有利かというデータである。直感的に「地域社会圏」のように一定の人数をまとめた方が経済的には有利だと思う。でもどの程度有利なのかそれをデータとして集めて確認したいと思ったのである。来期はこれをもう少し充実させたい。でも、介護保険の制度や経済的にはどう有利に働くのか、そういうことがよく分からない。できればウイキペディアのような誰でも書き込めるようにすることができるといいんだけどね。
まとめてもらったデータはこれから出版されるINAXの本に掲載されます。

| Posted: Riken Yamamoto

February 10, 2010 2:15 PM | Category: 山本

山本です。「地域社会圏モデル」出版

「地域社会圏モデル」というタイトルの本がINAX出版から3月に出版される。Y-GSAの山本スタジオのみんなにもがんばってもらって、かなり面白い本になったと思う。
長谷川豪、藤村龍至、中村拓士の三人にそれぞれ都心、郊外、農村で「地域社会圏」モデルを設計してもらった。Y-GSAの課題と同じです。自分たちの作品と比べてみてください。
その三人のプロジェクトに対して伊東豊雄さん、藤森照信さんの批評があって、さらに東浩紀さん、原広司さん、経済学者の金子勝さんにも参加してもらった。三人のプロジェクトは勿論面白いけど、その三人のプロジェクトを巡るそれぞれの批評がさらに面白かった。
このブログも活躍している。今までのブログを、ちょっと手を加えたけど、そのまま収録してもらったのである。これも臨場感があって良かったと思う。ブログに参加してくれた末光さん、仲さんどうもありがとう。
この本の中心は住宅である。今の「1住宅=1家族」というシステムがいつから始まったのか、その秘密が明らかにされている。必読だと思う。

| Posted: Riken Yamamoto

February 21, 2010 1:24 PM | Category: 山本

山本です。アルゴリズムによるデザイン。

このブログ、去年の6月から始めて半年経った。かなりの部分が今度のINAX出版の本、「地域社会圏モデル」に掲載される。それを改めて読んだのだがかなり面白い。2009年に東大で行われた教育シンポジウムの感想文が最初だった。パラメタリック・デザインについて思ったことを書いた。
その文章をひょっとしたら参照したのかも知れないけど、伊東事務所でのインターン・シップの体験を書いた廣岡の文章はとても優れた分析である。一年間の総評にも書いたけれども、廣岡の分析を簡単にぼくが説明すると、アルゴリズムによる形態には、スケールも用途も素材も何もない。そのアルゴリズミック・フォルムにスケールや用途や素材を与えるのはそのアルゴリズミック・フォルムとは関係のないところから連れてこられた、慣習的なフォルムである。例えばドアだとか便器だとか、床だとか窓だとか、そうしたものと一体になることで始めてアルゴリズミック・フォルムが建築になる。ところが、一方でその慣習的なフォルムがアルゴリズミック・フォルムの純粋性を壊すような働き方をしているのではないのか、というのが廣岡の意見である。少なくとも伊東事務所のスタッフたちはそう考えているようだ、ということなのである。廣岡はでも、それは純粋性を壊すのではなくて、その慣習的と思われていたフォルムを見直すチャンスではないかと言う。あるいはアルゴリズミック・フォルムを見直すチャンスなのではないのかと問う。それは非常に正しい。建築について考えるということはそういうことなのである。建築のフォルムについて考えるプロセスで、従来の慣習的なものや、今、自分が考えている新しい建築のその新しさについて考える。その考え方について廣岡はひらめいたのだと思う。ぼくも廣岡と全く同意見である。この話を伊東さんにお会いしたときにしたら、そうなんだ、そこをぼくも考えたいと思っているんだ、ということでした。廣岡、伊東さんからも評価高かったよ。

| Posted: Riken Yamamoto

March 16, 2010 8:12 PM | Category: 山本

山本です。「住宅」シンポジウム

小林重敬さん、土居義岳さん、桑田光平さん、梅本洋一さんをお招きしたシンポジウムは、ぼくの進行役としての役目があまりうまく果たせなくて、それぞれの先生方には、あるいは聴衆の人たちにとっても、多少の欲求不満だったのではないかと思います。申し訳ありません。
このシンポジウムで話をしたかったことは、今度INAX出版から出版される「地域社会圏モデル」とかなり重複するのですが、住宅という居住施設が、実はかなり新しく発明された施設であるということ。それとそれが19世紀の政治・経済状況と深く関係していたということ。さらには今の私たちの住宅にも、その19世紀の状況が、未だに深く影響していて、もはや末期的になってきているのではないかという、そういうことを話したかった。聴衆の方々には半分くらいは理解してもらえたように思う。半分は次の機会にもう少し違う側面から話をしたいと思います。
前の日に、原広司さんの新しい本、「YET」の出版パーティーがあった。原研究室関係者を中心にしたかなり内輪のパーティーだったものだから、すっかり気を許してすごく呑んだ。久しぶりに原さんと話をしてその話が猛烈に面白くて気がついたら朝の6時だった。あまりよく覚えていないけど、ソシュールの話をした。ソシュールが筆記障害のようになって本を全く出せなくなってしまった。それどころが文章が書けない。言語学を極めた人が「執筆恐怖症」になった、という話と原さんの今度の「YET」(完成しなかった建築だけを集めた作品集である)。「YET」はそのソシュールの困難と関係している。原さんは本当は建築をつくりたくないんじゃないか。などという無茶な話を原さんにした。原さんは同意したかどうか覚えていない。答えをきくころはもうぼくはすっかり酔っぱらっていたからなあ。
それとボロノイ図の話をした。生研准教授の今井さんがいてその話になったのである。今井さんはボロノイ曲線の専門家である。ぼくは数学のことは分からないけど、ボロノイ図の1単位(一閉曲線)をさらに分割できるのか、その分割されたボロノイ図は全体の中で識別できるのか、等という質問をした。なんでそんな質問をしたかというと、たまたま読んでいた互盛央さんの「ソシュール」という本の中で、差別の構造というのは共同体の内側での他者の発見「内部の外部」だという話を読んだからである。差別というのは最も身近な他者、ほとんど微差でしかない他者を差別するという構造になっている。差別する他者は自分自身の内部なのだ。だから、差別という意識のないまま、差別の構造が生まれるのだと思う。怖いねえ。つまり、ボロノイ図のどこか一部が他の部分と違う、眼には見えないけど、数学的にはその差異を証明できるとしたら、なんだか怖いと思ったのである。

| Posted: Riken Yamamoto

March 26, 2010 10:26 AM | Category: 山本

山本です。内部の外部

前回、ソシュールの話をした。互さんの著書「ソシュール」の記述にあった「内部の外部」という差別の構造についてである。差別というのは常に「内部の外部」を発見するという意識なのである。"私たち"という共同体の内側にほんのわずかな差異を捏造してその微差をもって他者を発見する。その他者は"私たち"の内側にいなくてはならない。その他者の存在があってはじめて"私たち"という内側が補強されるのである。差別というのはどうやらそういう構造をもっているらしいのである。
「地域社会圏」ということを考えるのだとしたら、そうした差別の構造と関わらざるを得ないように思う。それを回避するためには「地域社会圏」そのものが流動的である必要がある。常に境界が変化する。例えばエネルギーの供給システムを考えるときには4つの「地域社会圏」を一体に考えるとか、あるいは交通システムだったら、もっと大きな単位を考える。コンビニは3つぐらいの単位になるとか、そのインフラと共に「地域社会圏」そのものが変化するということが考えられるのではないかと思う。あるいは来街者が常にその「地域社会圏」の中に他者としているということも重要だと思う。つまり「地域社会圏」に外からの人を迎え入れるための場所があるということである。

昨日は学部、それとY-GSAの卒業式。その席でも言ったことだけど、課題を考えるときに素材や工法や構造システムを初期のアイデアのときから一緒に考える。「地域社会圏」の理念を考えることは同時のその実現のプロセスを考えることでもある。そこを忘れないようにしてほしい。

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April 2, 2010 6:59 PM | Category: 山本

山本です。「ものをつくる人」に対する見えない偏見

建築家は今の社会から何を期待されているのか。あるいは建築家はその建築を誰のためにつくろうとしているのか。それが今ほど分からなくなっている時代はないと思う。誰のために何のためにつくっているのか。この本質的な論議が今ほど空虚に聞こえることはこれまでにもなかったように思う。なぜなんだろう。小田原の「城下町ホール」の山本案に反対する人たちの建築というものに対するあまりの偏見に出会って、そういうことを改めて考えた。
「ものをつくる人」たとえば技術者、建築家、デザイナーに対する見えない偏見が日本という国全体を覆っているように思う。ところが、多くの人はその自らの偏見に気がつかない。だからこそ、その偏見によって「ものをつくる人」を平然と批判することができるのである。「ものをつくる人」を批判することによって、自らがいかにも文化人、古い言葉で言うとインテリゲンチャ、もはや死語になっているけどね、その文化人を装っている人たちがいかに多いか。ステレオタイプの箱物批判の陰にそういう人たちがいくらだっている。
なぜこんなことになってしまうのか。日本は特にそれが激しいけど、実はこれはマルクス以降の近代社会に特有の病理なのだということを50年も前に解明した人がいる。ハンナ・アレントの「人間の条件」を読んでください。ぼくはこのブログでもよくアレントの引用をするけど、実はすごく読みにくい。読めといっても読むのは大変なのだ。たぶんこの本を訳した人ができるだけ忠実に訳そうとしたからかも知れないし、あるいはアレントの英語文が読みにくいのかもしれないなあ。

そこで山本流読み方で「人間の条件」を読んでみる。

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April 9, 2010 2:55 PM | Category: 山本

山本です。見えない偏見の続き


ハンナ・アレント、「人間の条件」の解説
「労働」は生命維持のために不可欠な活動である。古代ギリシャでは奴隷の活動だった。
というところまで書いて前回終わったしまった。その続きである。
「活動的生活」は「労働」(labor)と「仕事」(work)と「活動(action)」の三つの側面(条件)から考察できる。ということだった。「労働」は必要に応じてなさなければならない活動(activity)である。自らの積極的な意志においてではなくて「必要」だからしょうがないか、というような活動である。それは奴隷の仕事だった。古代ギリシャ人にとってはもっとも軽蔑される活動だったのである。それでもこの「労働」がなくては人間は生きてはいけない。生きるためには必然的なそしてもっとも重要な活動である。人間の自由意志ではなくてこうした外側から要請される活動つまり「労働」は、だからこそ軽蔑される活動だったのである。何しろ徹底した自由意志に基づく「観照」こそがもっとも価値の高い活動だったとしたら、ちょうどその反対の活動が「労働」だったのである。ただ「生命を維持するための必要物に奉仕するすべての職業が奴隷的性格をもつ」のである。(P136)それが「労働」(work)である。そして「労働」による成果はその活動のはしから失われていく。決して残らない。何も残さない。家事労働に代表される活動、あるいは肉体労働など労苦と骨折りだけが支配する活動である。
「仕事」(work)は世界をつくる活動である。単純にいうとものをつくる活動である。「もっとも卑しい職人から最大の芸術家まで」(p146)仕事人(デミウルゴイ)は極めて多様である。けれども彼らのつくるものはそこに生活する人々よりも遙かに長寿命である。(「人間の条件」には「仕事人」という言葉と「工作人」という言葉が出てくるけど、そこにどのような違いがあるのかよくわからない。後でもう一度調べておく。)その「永続性と耐久性がなければ世界はあり得ないが、それを世界に保証するのは、世界の部分として眺められた仕事の産物であって、労働の産物ではない。」(p148)アレントは「労働」(work)と「仕事」(work)とをはっきりと分ける。アレントがというよりも古代ギリシャでは厳密に区別されていたのである。仕事人あるいは工作人は物をつくる。世界はその物によって構成されている。私たちの活動は「物の環境の中に現れ、その中で消滅するのである」(p148)「もし私たちの眼の前に『わが手の仕事』がないとしたら私たちは物がなんであるかすら知らない」(p148)つまり「世界性という点からみると、活動と言論と思考は、それ自体では何も「生産」せず、生まず・・空虚である」(p149)それらが世界の物となるためには工作人による「物化」がなければならない。そうでなくては記憶されない。「物化」されないということは記憶されないということである。「『物化』が行われないとしたらどうだろう。そのとき活動と言論と思考の生きた活動力は、それぞれの課程が終わると同時にリアリティーを失い、まるで存在しなかったように消滅するだろう」(p150)とアレントはいう。古代ギリシャの人たちはそう考えていたというのである。これは実感としてわかる。建築も物である。「物化」を「建築化」と読み替えるとしたら、もし建築がなかったら、私たちの活動はそのまま記憶されないまま失われてしまう。私たち一人一人が生まれた場所や死んでゆく場所は共同体的に記憶される。建築は共同体の記憶装置なのである。ということを古代のギリシャ人はよく知っていたのである。「工作人」に対して敬意が払われたのはこうした理由からであった。
ところが、マルクスの登場でこうした「労働」(work)「仕事」(work)の区別、あるいは工作人に対する尊敬は一気に失われてしまったというのである。

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April 10, 2010 1:39 AM | Category: 山本

山本です。建築の側から考える

「地域社会圏」という考え方は建築の側から今の社会全体を考えてみようという試みである。今のところ建築は社会的なインフラのせいぜい部品でしかないという考え方が支配的であるように思う。そこに建築家不用論の根拠がある。インフラが整備されればほぼ自動的にその部品である建築の枠組みも決定される、という考え方になるわけである。でも、アレントのいうように「世界は物によって構成されている」のだとしたら、逆に、建築の側からその社会インフラについて考えるという逆方向の考え方も十分あり得るはずなのである。社会インフラというのは、様々な社会制度やあるいはエネルギーや交通や経済活動のことである。社会インフラと建築とは一方が全体的な骨格で一方がその部品であるというような関係とは全く違う。相互に影響しあっているのである。どこまでが全体でどこまでが部品なのかその関係が相互の乗り入れている。あるいはその相互関係によって何が全体で何がその部品なのかが決定される。たとえば、1920年代の「1住宅=1家族」という建築の形式がその時代の社会インフラのあり方を決定的にしてしまったというようなことは常に起こりえるのである。
「地域社会圏」という建築の形式を提案することによってその社会インフラはどのように描くことができるのか、という問いは、今までとは全く逆側からの思考なのであると思う。

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April 10, 2010 1:54 PM | Category: 山本

山本です。マルクスによる「労働」の優位

「労働」(work)と「仕事」(work)の区別の代わりにマルクスによって考えられたのは生産的労働と非生産的労働の区別である。「近代において労働が上位に立った理由は、まさに労働の『生産性』にあったからである」(p140)産業革命によって19世紀に生きるすべての人たちが「かつてみたこともないほど高い西洋人の現実的な生産性にいわば圧倒された」(p141)そういう時代だったのである。「神ではなく労働こそが人間をつくったとか、理性ではなく労働こそ人間を他の動物から区別すというようなマルクスの冒涜的な観念は、近代全体が同意していたある事象の最も過激で一貫した定式に過ぎなかった」(p140)のである。マルクスに限らず労働あるいは生産性こそがこの時代の最重要課題であることは共通認識だったと思うのである。
マルクスが「資本論」の第一巻を出版したのが1867年である。産業資本家たちがイギリスやフランスで労働者住宅をつくりはじめるのがちょうどこの頃で、たとえば「プラーグ街の住民たち」(中野隆生)に紹介されているミュルーズの労働者住宅は1853年に着工されている。工場の生産性を上げるためにはばらつきのない標準的な労働力が必須だったのである。住宅は労働力の標準化のためには最も重要な教育装置として考えられていた。という話を以前にしたけど、マルクスの「労働力」はまさにその時代の産物なのだということが良くわかる。
「労働市場に持ち込まれて売られるのは、個人の技量ではなくて『労働力』となる。この『労働力』は、生きている人間ならだれでも、だいたい同じくらいの量をもっているだろう」(p143)誰でも同じ能力として解釈されるのが労働力である。かつては熟練の職人によって生産されていたとしても、分業化によって「一つの活動力が非常に多くの細かい部分に分化しているので、それぞれに専門化した作業者は最小の技能しか必要としない、この結果マルクスが正しく予言したように、熟練労働が完全に廃止される傾向が現れる」(p143)熟練工もいない工作人もいない。それが近代社会のものづくりの現場なのである。均質な労働者によってこそ均質な商品を生むことができる、という神話はこの時代に始まったというのである。このアレントの解釈は今の建築の状況そのままである。できるだけ均質で瑕疵のない(欠陥のない)建築をつくらせようとする力学は、特に日本では、今でも非常に強固である。ものづくりに対する見えない偏見の直接的な原因どうやらこのあたりにありそうだと思っている。

| Posted: Riken Yamamoto

April 11, 2010 11:27 AM | Category: 山本

山本です。「労働」(labor)と「仕事」(work)

「労働」(labor)に最も高い価値を置くというマルクスの解釈は、もちろん歴史の必然という唯物史観に依っている。「労働」(work)は奴隷の活動であった。労働は労働する人の意志とはまったく無関係にある。労働そのものではなく、労働力に価値があるのである。当時も産業資本にとって均質な労働力は利潤に直接つながる最重要テーマだった。「労働者」問題が時代の中心だったのである。1848年にエンゲルスと一緒に「共産党宣言」を書いているけど、1848年はパリの二月革命の時である。その年の三月は二月革命の影響でドイツ各地に「三月革命」といわれる暴動が起こる。マルクスはそのまっただ中にいたわけである。労働者の時代が来るというのは当時の人たちにとって最も熱い思いだったはずなのである。最も虐げられた人たちが次の歴史を担うという、その歴史の必然というマルクスの考え方が多くの人たちを勇気づけたのである。
ところで「労働」(labor)に最も高い価値を置く一方で、いかにしたら辛い労働時間を短縮できるかということも課題だった。結局、労働時間がゼロになればいいのか、それこそ「労働」(labor)という概念に高い価値を与えるという、その考え方自体の矛盾だろうというのがアレントの批判である。マルクスの時代とアレントの時代の"熱い思い"はまったく違うにしても、この指摘はまったくその通りだと思う。私たちの活動が労働力としてカウントされてそれに対価を支払うというのは今でもまったく同じである。(できるだけ少ない時間働いて、できるだけたくさんの給料を獲得したい、という今でもの日本の労働組合の活動方針である)
「〈活動的生活〉は世界の物の中で営まれるが、この"世界の物"は、労働の生産物とは非常に異なった性格をもっており、労働とはまったく異なった種類の活動力によって生産される」つまり「仕事」(work)の産物である。「永続性と耐久性がなければ世界はあり得ないが、それを世界に保証するのは、世界の部分として眺められた仕事の産物であって、労働の産物ではない」労働に求められるのはばらつきのなさである。「労働」(labor)の集約そのものが労働力なのである。「労働」(labor)の成果は何かというと、その労働力がカウントされるだけである。誰だっていい。「労働」(labor)の結果何が生み出されるか労働者は知る必要がない。労働する者はすべて同じ労働力を持っていると近代産業社会では認識されるのである。それに対して、「仕事」(work)は耐久性のある"物"をつくる。すべての活動はこの「耐久性のある"物"の世界の内部にあるのである」世界というのは"物"によってつくられる世界である。人間はその世界の外に出ることはできない。その世界のうちで生まれて、その世界の中で死んでゆくとしたら、その物をつくる「仕事」(work)は自分が何をつくるのか知らなくてはならない。明らかに「労働」(labor)とはまったく違うのである。アレントは「労働」(labor)と「仕事」(work)の区別を指摘しても多くの人はそれを理解できないだろうと言うけど、私たち"ものづくり"は理解する。私たちのつくる"物"の中で生活する人々をずうっとみてきているからである。直接的にその人たちのためにつくるからである。
アレントがすばらしいのは、"ものづくり"彼女の言葉で言えば「工作人」こそが世界を形作っているという認識である。"ものづくり"に対する評価は「労働」(labor)する人の労働力をどうカウントするかという評価とは根底的に違うということを、根源的なところにさかのぼって説明する、その思想がすごい。

| Posted: Riken Yamamoto

April 20, 2010 11:08 AM | Category: 山本

山本です。ポリスは政治的空間だった。

活動的生活は「労働」(labor)「仕事」(work)「活動」(action)の三つの活動(activity)に分類できる。その「活動」(action)の説明をする前に、古代ギリシャの生活がどのようなものだったのか、それを先に説明した方がわかりやすいと思う。この三つの分類はポリスでの生活が前提になっているからである。
ここで話しはさらにわかりにくくなるので、山本流の解説をする。わかりにくくなる理由は、古代ギリシャの生活規範を私たちが実感として理解するのは極めて難しいということと、一方で、マルクス以降の私たちの生活規範はそれ自体が私たちの内側に血肉化されていて、それを疑うのが極めて難しいという両面から難しいからなのである。アレントはそこを何とか説明しようとする。でも難しい。
それを山本流に説明する。住宅の「山本図式」、ひょうたん型の図式である。そのひょうたん型のくびれの上半分が家父長の場所で下半分がその家父長以外の家族の場所である。家父長の場所には入り口がある。その下側の家族の場所には入るには家父長の場所を通じなければ入ることができないという単純図式である。大学院の修士論文を書くときに思いついた図式で、いまだに結構重宝している。これを使って説明すると、この図式は以下のような関係を説明する。家父長の場所を通らなければ外側と関係できない、という意味は家父長以外の家族のメンバーは家父長によって支配される関係にある。家父長が入り口を閉ざしてしまえばその家族はその外側、社会との関係を絶たれてしまう。支配とはそういう意味である。
そしてポリスの生活というのはこの家父長たちによってのみ占有される生活である。家父長のみがポリスのメンバーとして自由に発言し自由に振る舞うことができたのである。その自由をアレントは政治的生活といった。ポリスはその政治的生活のための空間である。ひょうたんの下側、つまり家族的空間とはまったく関係のない空間である。家族的空間とはつまり「家」(oikos)である。政治的空間における政治というのは言語による他者との関係の空間、つまり「活動」(action)の空間である。一方の家族的空間は生きるための様々な活動つまり「労働」(labor)のための空間である。古代ギリシャの空間構成はこのように二つの空間に厳密に分類分割されていた。
でも、これは古代ギリシャに限らない。あらゆる共同体はこのような空間図式をもっているのである。今まで説明してきた「共同体内共同体」の図式である。古代ギリシャはその図式を、血縁に基づく部族的な関係を超えて「国家の図式」として制度化した初めての共同体だったのである。都市国家をつくるにあたって、それまでの部族的な共同体はすべて解体されたという。「ポリスの創設に先立って部族や種族のような血縁にもとづいて組織された単位が、ことごとく解体した」(「人間の条件」p36)のは当然である。部族的な共同体もまた「共同体内共同体」だったからである。二つの制度は共存できない。ポリスは部族的な「共同体内共同体」を払拭して初めてそこに個人(家父長)による共同体(ポリス)が登場したのである。
ポリスの領域での活動こそが政治である。政治は言論であって、戦いの場所ではない。他者を支配しようとすることはすでに政治ではないというのが古代ギリシャ人の考え方だった。「ギリシャ人の自己理解では、暴力によって人を強制することは、つまり説得するのではなく命令することは、人を扱う前政治的方法であり、ポリスの外部の生活に固有のものであった。すなわちそれは、家長が絶対的な専制的権力によって支配する課程や家族の生活に固有のものであった」(同掲書p47)ポリスの生活は「観照」である。自分自身に問いかけて、さらにそれを他者に伝達できる理論を構築する生活である。一方の家族の生活は生命を維持するための生活である。家族とはつまり「労働」(labor)の領域である。

| Posted: Riken Yamamoto

April 24, 2010 6:24 PM | Category: 山本

山本です。「物によって作られる世界」という意味。

なぜアレントが重要かというと、ハンナ・アレントは、「物によってつくられる世界」と人間の諸活動とを最も本質的な問題として考えたほとんど唯一の思想家だと思うからである。「人間の条件」には「世界」という言葉が頻繁に出てくる。その世界とは「物によってつくられる世界」という意味である。ところが,アレント解説書をいろいろ読んでみたけど、多くの解説者はその「物によってつくられる世界」という意味を理解していないように思える。人間は「物によってつくられる世界」に拘束されている。その中で生まれてその中で死んでゆく。人間は死んでいってしまう。諸活動はその都度記憶から失われていってしまう。その失われっていってしまう人間の諸活動をそこに刻んで「永遠の宇宙」(同掲書p34)に接続するのは「物によってつくられる世界」のその物との関係においてなのである。人間の活動はそのままでは永続性がない。活動のその瞬間から消費されていってしまう。「物によってつくられる世界」の中でその世界に刻印されるからこそ、その活動は永続性を獲得できるのである。
「死すべきものの任務と潜在的な偉大さは、(無限の中にあって住家に値する、そして少なくともある程度まで)住家である物を生みだす能力にある」(同掲書p34)(括弧は山本による。わかりにくい文章なので括弧でくくった。)つまり、一人一人の人間には寿命があるけど、その人間が生みだす住家には永遠性がある。ある程度とは言っているけど、それは個人の生の時間に比べたら圧倒的に長い時間である。でもそのおかげで「死すべきものは、それらの物によって、自分を除いては一切が不死である宇宙の中に、自分たちの場所を見つけることができたのである。」というけど、この文章はすごくわかりにくい。でも、すごく重要なことを言っているので、単純に、もう一度言えば、永続性のある住家とはそれは建築のようなものであり、その建築によってつくられる都市景観のようなものである。それをアレントは世界という。物によってつくられる世界である。そして人間の活動はその世界の内にある。世界の内にあるからこそ永続性を獲得できるのである。「住家」のことを建築や都市といったけど、これはかなりの程度山本解釈だからね。でも「物によってつくられる世界」があるからこそ、そこで人間はその中にいる他者と共に(ある程度の)永続性を獲得できるのである。このまったく同じ箇所を「ハンナ・アーレント入門」(杉浦敏子・篠原書店、言っておくけどこの本はいい本だと思う)ではまったく違う解釈になっている。引用した箇所を受けて、次に杉浦さんはこう言っている。
「そうした他者がいる場が公的領域なのである。その意味でアーレントの公共性の概念は、自然的な過去性を引きずる所与としての共同性ではなく、個々人がつくり上げていく公共性の側面を強くもっているといえる。」ここには「物によってつくられる世界」あるいは「物」という言葉がまったく出てこない。「物」あるいは「物をつくる能力」についてアレント(アーレントと表記すべきなのかアレントなのか、どっちでもいいと思うけど、山本事務所のドイツ人スタッフに聞いたら、彼の発音はアレントだった)がしゃべっている箇所なのに、である。そしてその引用箇所からの結論はまったく違うものになっている。杉浦さんの解釈では、「物」以前に他者がいる。確かにポリス(公共空間)は他者と共にある場所である。その他者と共にどこにいるかというと、どこでもいいわけではなくてポリスでなくてはならない。つまり「他者と共にある場所」(ポリス)によって個々人は拘束されているのである。ポリスは政治の場であると同時に物理的な空間である。政治の場は「物」によって構成される空間である。アレントはそれを言っている。物によって構成される現実的で具体的な空間を「世界」とアレントは言ったのだけど、そのアイデアはハイデガーの「世界内存在」というアイデアの影響である。(これは杉浦さんの本で教えてもらった)個人とは「世界」の内にあってはじめて自由な個人なのである。あるいは「世界」の内にあってこそ他者と共にいるのである。「個々人がつくりあげていく公共性」と言っても、すでにその個人は「世界」の内にあって「世界」に拘束されている。
実は、ここが分かれ道なのである。
「物」の世界の内にある、「物」によって拘束されている、という意味は、その空間がなければ政治的関係すら成り立たないという意味である。政治は空間の中にある。「物」によって構成された「世界」の内にあって、初めて人間の様々な活動(activity)は可能なのである。さらに言えば「世界」はその活動(activity)自体を共同的に記憶する場所である。だからこそ永遠性のある「住家」であることができるのである。そういうことをアレントは言っている。
世界は物によって作られているというその「物」という意味が、なかなか多くの人に伝わりにくいという例をもう一つあげる。
「世界は人為的なもの、人間の手によって作られたものを表すと共に、人間の手になる世界に共に生きる者たちの間に生起する事柄をも表している。世界に共に生きるということは、ちょうどテーブルがその周りに席を占める人々の間にあるように、物事からなる世界がそれを共有する人々の間にあるということを本質的に意味している。」(p79)という文章を引用して、斉藤純一さん(「公共性」岩波書店)はこう続ける。「(物によってつくられる)「世界」という意味での公共性はひとまず置くとして」と斉藤さんは言う。公共性とは「私が他者に対して現れ他者が私に対して現れる空間である」(「公共性」p39)というのである。物による世界、世界という意味での公共性、それはひとまず置くとして、って言われてしまうくらい、「世界」はどうやら扱いにくいらしいのである。斉藤さんにとっても公共空間はつまり言論の空間である。あくまでも人と人とのコミュニケーションなのである。そこには「物としての世界」という場所の概念がすっぽりと抜け落ちているように思える。この引用の箇所に続いて、アレントはこういう。たとえば仮に手品のように「突然テーブルが真中から消えるのを見る。そうなると、互いに向き合って座っている二人の人は、もはや、何か蝕知できるものによって分離されていないだけでなく、互いに無関係になるのである」
ね、すごいでしょ。テーブルが無かったら人間の関係自体が成り立たない、無関係になると言っているのである。アレントは物による世界ということを確信していた。物の世界こそが公共空間であり、そこで人々ははじめて活動が可能なのである。
建築や都市景観のような「物」こそが「世界」であるという解釈は山本解釈が相当強く反映しているけど、たぶん多くの人はこの解釈に賛同しないと思う。「物」に対して強い偏見があるからである。それはアレントが警告しているように「労働」(labor)と「仕事」(work)の区別が近代社会から失われてしまったというところに起因している。近代人としての私たちの内側に「仕事」(work)の成果としての「物」に対する偏見が潜んでいるからである。アレント自身が言っているのだけども、多くの近代人は「労働」(labor)と「仕事」(work)に区別があるということに同意しないだろうというのである。だから、アレントの解釈をするときに「物」はたかだか人間の作ったものなんだから、そんな物によって世界が構成されるといっても、その意味がわからないのだと思う。
古代ギリシャでは「物」と「世界」は密着していた。物によってつくられた世界の内側にいるということが彼らの実感だったのである。
そこで古代ギリシャ人の気分になってみる。ぼくは実際そういう体験をしたから言っている。原広司さんと一緒に集落の調査に行った時の鮮烈な体験である。大学院を出た後すぐだったから、25歳前後である。イタリア半島を南下して、フェリーでギリシャに入ってアテネまできた。ずっと車を運転してきたのである。アテネまでは山道だった。そこでいきなり視界が開けてかなり高い視点からアテネの町を一望したのである。その瞬間、思わず息をのんだ。平らなアテネの町の中心にアクロポリスが屹立して、そこにパルテノン神殿があった。アテネの町と共にあった。そこに屹立する風景の全体がパルテノン神殿の風景だったのである。
古代ギリシャ人たちはパルテノンと共にこの風景の全体をつくったのである。この景観が彼らの世界であったということが分かる。そういう風景なのである。このパルテノンの風景はアテネ市民にとって永遠を意味するものだったはずなのである。永遠の風景を信じることができた。それがわかった。アレントはそうしたギリシャの都市景観を、もちろん遺跡だけど、それを実際に見て彼女の理論を構築しているはずである。彼女もパルテノンの風景に感動しているのである。その感動と共にソクラテスに深く共感するのである。アレントがすばらしいと思うのは、そして彼女が卓越していると思うのは実際の彼女の感受性と共に理論がつくられているからである。単純に言うと生々しい。私たち建築家(ものづくり)にはそれがわかる。たぶん今の社会のなかでは特権的にわかる。物をつくるという感受性と共に私たちは考えるからである。

| Posted: Riken Yamamoto

April 29, 2010 11:36 AM | Category: 山本

山本です。物の世界の内側にいる、という意味。

アイスランドの火山が爆発したおかげでチューリッヒに3日間足止めになっていた。予定外に時間ができて、チューリッヒの伝統的なお祭りを見た。春になったことを喜ぶようなお祭りだった。巨大な藁のタワーの上に雪だるまをのせて、その藁に火を付けて雪だるまを火あぶりにするという、うれしいのか残酷なんだか良くわからないお祭りである。確かにチューリッヒの長い寒い冬から春になるお祭りだから、雪だるまは過酷な冬に対してコノヤロといった気分の象徴なのだろうと思う。雪だるまめ火あぶりだコノヤロのお祭りである。そのお祭りには様々なギルド集団が参加して、その伝統的な衣装や道具やギルドのプライドの一大スペクトラムである。まるでもうコスプレ祭りである。もう500年の伝統があるということである。チューリッヒの町はこうしたイベント共にある。ギルド・ファーミリーが今でも生きているのである。(ギルドとギルドとの関係をソサイアティー、つまり社会という。社会は極めて私的なものだったんだ。アレントの受け売りだけどね。)
おもしろかったのは、フェミニズム・ギルドである。ちょっと変わったコスプレのおばさんたちがいて、彼女たちは20年ほど前から「女ギルド」を名乗っているのだという。ギルド・ファーミリーには女たちは参加できない。掟である。それを変えさせたのである。とはいえ、伝統のお祭りの中に実に違和感なくフェミニズムが収まっていた。
それは建築や都市景観についても同じである。古い町の構造を残しながら、それでも今の生活に見合うように注意深く更新されている。時間があったのでスイスの古い町、ベルンに行った。ケース・クリスチアンセにおもしろい町だよと勧められたのである。川がUの字型に蛇行していて、そのUの字状の内側にベルンの町がある。クロスセクションを描くと、山の字のようになって、その真ん中の大地にベルンの町がある。つまり両サイドが川に挟まれた丘陵である。15世紀に作られた町が少しずつ延伸して、リニアな長い町なのである。町は時代とともに作り直されている。私たち来街者から見れば、ただ古い中世都市が残っているという見え方しかしないのだが、路面電車が走って、トロリーバスが走って、城壁がなくなって、というように今の生活にあわせて少しずつ、あるいは大胆に町は変わっていっているのである。それでも基本的な骨格は厳密に残されている。建物にはいつこの建物が建てられたのかその築年を示す西暦が書き込まれている。1400年代、1500年代、中世都市がそのまま生きているかのようなのである。実際、ここに住んでいる人たちはこの町が永久にここにあるということを信じているように見える。「物による世界」は人々が生まれる前からここにあって、死んでいってもそこにある。「物による世界」とは「an"artificial "world of things」(Ibid,p7)人工物によって作られた世界のことである。「世界」とは人間の手による人工物の「世界」である。アレントの言う「世界」という意味が実際にここにある。ベルンという町自体がそこに住む人にとって一つの「世界」なのである。ベルンという町が「世界」としてそこに現れている。そういう働きをしているのである。ベルンに住む人々はその「世界」との関係の中で生活している。ヨーロッパの古い町に行って私たちが感動するのは、そうした物と人間の活動との信頼関係である。
ところがこの「物と人との信頼関係」は近代化と共に失われて行ってしまう。アレントによればそれは「労働」(labor)と「仕事」(work)の区別が喪失されてしまって、それ以降だということになる。つまり「労働」(labor)が私たちの「諸活動」(activities)の最上位に位置づけられてからである。
「近代の世界の物は、使用されるべき「仕事」(work)の産物ではなく、消費されるのが当然の運命であるような「労働」(labor)の産物となった」(「人間の条件」p186)「私たちは、自分の周りにある世界の物をますます早く置き換える欲求にかられており、もはや、それを使用し、それに固有の耐久性に敬意を払い、それを保持しようとする余裕をもっていない。私たちは、自分たちの家や家具や自動車を消費し、いわば貪り食ってしまわなければならないのである」(同掲書p187)アレントは「物を使用する」という意味を単に「手段としての物」とは考えない。その物の内にあってその物から刺激されその物に再び働きかけることを「使用する」という。「物の使用」は「物の消費」ではない。
建築も家も家具も自動車も単に消費の対象でしかない。これはまさに今の日本の私たちである。それを誰も不思議だとは思っていない。ノーマークだと言ってもいい。だからアレントの言うことが理解できないのである。アレントの解説書を読んでいても、この「物」に対するアレントの極めて強い思いがすっぽりと抜け落ちている理由である。
ベルンの人たちの物と人との関係と私たちと比べるとやはり向こうの方が、「物による世界」という思想をより自覚的に担っている、それが良くわかる。単に古い物はいいという、そんな問題ではなくて、私たちの「物」に対する思想が正に問われているように思う。建築家の責任なんだと思うんだけどね。
今度はバンコクに行くはずがドタキャンになった。向こうの主催者から危険なのでこないで欲しいという連絡が昨日の深夜にあって、首相も出席するはずだった国際シンポジウムがキャンセルになったのである。世界中で地域社会が崩壊しているのである。国家主義、これはグローバリズムというコインの裏と表である、その国家主義と地域社会との軋轢はこれからますます激しくなると思う。
「地域社会圏モデル」が重要な所以である。

| Posted: Riken Yamamoto

May 2, 2010 12:32 PM | Category: 山本

山本です。an"artificial "world of things

パルテノンが「物」であるということ、あるいはベルンの風景が「物」によって構成されているということは理解が難しいだろうか。ひょっとしたら難しいと思う。私たちの常識的な理解では、あらゆる「物」は必要に応じてできあがるものだからである。パルテノン神殿やベルンの町がそのまま「物」であるという解釈はちょっと私たちの常識とはなじまない。私たちの常識的な解釈ではそれらは「物」以上の「存在」なのである。あらゆる「物」はせいぜい単に有用だからそこにあると思っている。実はそれが「物」に対する近代という時代に固有の解釈である。近代建築理論は「機能」といった。建築に限らずあらゆる「物」は機能的でこそあるべきだ、というのはすでに多くの私たちの常識である。自動車にしてもコンピューターにしても醤油差しにしてもテーブルにしても建築にしても、である。劇場をつくるときも、美術館をつくるときも、市役所をつくるとも、住宅をつくるときも、いつも私たち建築家が言われていることである。使う人のことを考えてね。使いやすくね。「人工物」は機能的であるべきだ、という思想は私たちの社会の隅々にまで行き渡っている。
実はそれが間違いなのだとアレントは言う。「物」は有用だからそこにあるわけではない。単に、今、利用できるという理由でそこにあるわけではない。今だけではなくて未来に向かってつくられている。
ちょっと長いけど引用する。
「物の人工的な世界、つまり〈工作人〉によって樹立される人間の工作物は、死すべき人間の住家となる。そしてその安定性は、人々の生命と活動の絶えず変化する運動に持ちこたえ、それを超えて存続するだろう。しかし、それは、この人工的世界が、消費のために生産される物の純粋な機能主義と使用のために生産される対象物の純粋な有用性とを、ともに超越する限りにおいてである」(同掲書p272)
必要によってつくられる「物」消費のために生産される「物」機能だけの「物」そうしたものは「人間の住家」をつくらない、と言うのである。
つまり、私たちがつくる建築がただ有用である機能的であるという、それだけの理由でそこにあるとしたら、それはもはや「世界」をつくる資格がない。それは消費されるためにのみそこにある。そのような物になってしまう、という。アレントは建築のことをどこまで知っていたのだろうか。「物」とは言っているけど、そこには建築的なイメージ、都市的なイメージが色濃く漂っているように私には思える。「世界」は「人工物」によってできている。「世界」は「an"artificial "world of things」であって、それ以上でも以下でもない。
どんなに長い歴史をもった建築であっても、どんなに美しい都市景観であっても、それは「工作人」がつくった「物」なのである。「工作人」の意志が介在している。
この本が出版されたのは1958年である。それまでのCIAM的な考え方が批判され始めるのが、1956年のチームⅩ以降である。アレントは近代建築批判、機能主義批判をしているようにも読めるけど、建築家たちの活動を知っていたのだろうか。

| Posted: Riken Yamamoto

May 3, 2010 6:05 PM | Category: 山本

山本です。コペルニクス的転回

建築などによってつくられる人工的な環境「世界」(an "artificial" world of things)は私たちが思っているよりも遙かに私たちの日常的な「活動」(activity)を強く拘束している。でも、常にその環境の中にいる多くの人たちはその「拘束性」に気がつかない。空気がないと生きていけないけど、日常生活の中では私たちはそれを意識していない。それと同じだ。でもひょっとしたら「工作人」(ものづくり)だけが実感としてそれを感じ取っている。どんな建築家であったとしても、それを感じる感受性の違いはあるにしても、建築家はその空間の拘束性については極めて注意深いはずである。設計をするときは常にそこを考えている。〈工作人〉の意志が介在するというのはそのような意味においてである。その建築をつくってしまったら、その建築がどのようにして「活動」(activity)を拘束するのか私たちは良く知っている。でも、多くの人たちは人工的な環境が私たちの「活動」(activity)を拘束しているなどとは夢にも思わないようなのである。建築は必要に応じてできているにすぎないと思っているからである。だから、建築家たちがそこにいかに注意深いか、そんなこと考えることもできないのである。
非常に卑近な例を挙げれば、たとえば姉歯事件である。姉歯は鉄筋量をごまかすことで少しでもローコストを計ろうとした。そんなことをしたら将来どういうことになるか分かっていたはずである。鉄筋量をごまかすことが注文主の要請であると思った、あるいはそれを要請されていると思い込んで、決断したしまった。こんなことをしたら将来どうなっちゃうか、ということよりも身近な利益、身近な注文主の要請を最優先させたのである。注文主の要請か、それとも未来か、建築をつくっているとこうしたことは頻繁に起こる。鉄筋量をごまかすなんてことは論外だけど、こんなことしたら将来どうなっちゃうか、それは常に問われる。でも注文主はそれを考えない。公共でも民間でもである。目先のことしか考えない。建築は機能的にできている。今の要求を満たせばそれでいいと思っているからである。でも、その注文主の要請を超えて、こんなことしたら将来どうなっちゃうか、それを考えるのが〈工作人〉の「仕事」(work)である。今か未来か、私たちはその間で「仕事」(work)をしている。姉歯的アポリアは〈工作人〉の宿命なのである。そのアポリアを理解する発注者あるいは利用者は日本では極めて少ない。
人工的な環境によってどれだけ私たちの日常が拘束されているのか、それは多くの人には自覚できない。その環境の内側にすっぽり入り込んで、それが自らの関心の対象にはならないからである。その環境に同化してしまっているからである。
ハンナ・アレントはそれを指摘した。世界は人工物によってできている。「世界」とは「an"artificial "world of things」のことである。よくぞ言った、と思う。この本の真骨頂である。でも、多くの人にこのアレントの思い切った発言は伝わるのだろうか。
コペルニクス的な転回だと思う。天動説が地動説にひっくり返るような逆転である。人工物は人間のつくるものだというのが私たちの常識である。あらゆる人工物は利用する人が「ものづくり(工作人)」に命じてつくらせるものだというのが多くの人たちの常識である。それを逆転しちゃったのである。逆に人工物が私たちの「活動」(action)を拘束している。それが「世界」だというのである。これはアレントの考え方の中でももっと評価されていい考え方だと思うのだけども、あまり取り上げられない。その重要さが認識されていないように思う。
私たち「ものづくり(工作人)」にとってはそのアレントのいう逆転された関係の方がより実感に近い。でもそれを言う人は今まであまりいなかったように思う。多くの人たちにとっては「何それ」なのである。理解の範疇にない、というよりもそんなこと考えたこともないのだと思う。そこに私たち「ものづくり」の困難さがある。
ものづくり「仕事人」の「仕事」(work)は注文に応じる「労働」(labor)だと今でも思われているからである。

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| Posted: Riken Yamamoto

May 12, 2010 12:33 AM | Category: 山本

山本です。コペルニクス的転回の続き。

人工物によって構成された世界の内側に私たちはいる。その世界に私たちは拘束されている。なぜ拘束されるかというとその人工物が人間の寿命よりも遙かに長くそこに存在し続けるからである。私たちよりも先にそこにあるからこそ、その「物」による世界が人間活動の秩序(基準)になるのである。それが世界という意味である。
「世界の物は人間生活を安定させる機能を持っているといえる。なるほどヘラクレイトスは、人間は二度と同じ流れの中にいることはできないといったし、人間の方も絶えず変化する。それにもかかわらず、事実をいえば、人間は、同じ椅子、同じテーブルに結びつけられているのであって、それによって、その人間の同一性、すなわち、そのアイデンティティーを取り戻すことができるのである」(同掲書p225)「同じ椅子、同じテーブル」というのは〈工作人〉によってつくられた「物」によってつくられる「人工的な世界(an artificial world)」の換喩である。ヘラクレイトスは古代ギリシャの哲学者。「万物は流転する」と言った。人間の活動もその都度変化するし、その都度失われていってしまう。それでもいつも同じ場所にある同じ椅子とテーブルのおかげでその活動は秩序付けられ、歴史に刻まれる。アイデンティティーを取り戻すというのはそういう意味である。そこに自分の活動を刻印することである。
アレントは「ものづくり」が何者か驚くほどよく知っている。
「地域社会圏モデル」は建築という「物」の側から今の社会(政治)について考えるという試みである。「物」の側から考えるということを、長い間私たちは忘れてきたように思う。「物」は単に社会の要請に従うものだとずっと私たち自身が思い込んできた。あるいはそう考えるように訓練されてきたということなのだと思う。CIAMにしてもアーキグラムにしても、あるいはメタボリズムにしても、そのテーマは社会の要請を受けて、いかにして社会のその変化のスピードについて行くことができるか、ということだった。社会の側に主体がある。建築はその僕である。1920年代の近代建築の黎明期からそれは建築家が改めて獲得した落としどころだったのである。そこが働き場所だった。
それが最大の間違いだったのである。
物の側から考えるという意味はそれをもう一度考え直してみようという試みである。その試みが「地域社会圏」である。

| Posted: Riken Yamamoto

May 19, 2010 2:04 AM | Category: 山本

山本です。「地域社会圏経済」

「地域社会圏」はそこでの経済活動と共に考えられるべきである、という土居義武岳さんの指摘(土居さんのブログ)はまったくその通りだと思う。19世紀の、たとえば、ミュルーズは繊維工業を基盤とする一大産業中心地だった。土居さんからは自動車博物館のスライドを見せてもらったけど、繊維工業に限らず、自動車産業や、ストーブや当時の最先端技術の集積された場所だったのである。その産業労働者のための住宅群がミュルーズの住宅群である。日本の「企業城下町」もまた産業と労働者住宅のコンプレックスであった。でも、そこで働く人たちはその企業の賃労働者である。コンプレックスとはいっても、産業と居住とが密接に関係していたわけではない。働く場所は居住地区とはまったく離れた場所にあったわけである。
「地域社会圏」は、もっと小さな単位である。経済活動といっても、小さなお店かも知れないし、コンビニかも知れないし、あるいは小さな農園かも知れない。あるいは小さな商店街、その場所の特性と共に考えられるような経済活動である。経済活動とはいっても、今のグローバリズムとはなんの関係もない、地域社会圏経済である。
経済(economy)というのは元々そういうものだった。オイキア(家族生活)の場所がオイコス(家)である。Oikos-nomos(家政)がEconomyという言葉の語源である。Oikosの内側で家族という関係を支えるための活動が経済だった。それはポリスにおける公的な生活とはなんの関係もなかったのである。それが家族を超えて社会の下部構造そのものの意味になったのは、資本主義社会、産業革命以降である。そしてさらに1970年代からの市場原理主義が「地域社会圏経済」を決定的に解体させてしまった。「地域社会圏経済」などという言葉があるのかないのか知らないけど、地域社会の内側でその「地域社会圏」の人々を対象にする経済圏のことである。
個人的な記憶だけど、1960年代までは、私の周辺の地域社会は何らかの商売をしているひとたちによって構成されていた。私の実家は薬局だったし、隣は靴屋だった。その隣は乾物屋だった。向かいはたばこ屋だった。専用住宅なんてほとんどなかった。町はそうした小規模店舗付き住宅によって構成されていたのである。細々だけど生き生きした「地域社会圏経済」が成り立っていたのである。
そういう過去の状況を復活させるのはもはや無理だと思うけど、でも、その「地域社会圏」の内側で小さな経済圏をつくることは不可能ではないと思う。たとえば地域通貨のような考え方もあるだろうし、その地域通貨を利用して、個々の人たちがサービスを提供するということもあり得る。「経済」というのは元々内側の人たちが内側に向かってサービスすることだったのである。古代ギリシャでは、そのサービスの領域がオイキア(家族)である。(「人間の条件」p54)そのサービスを担ったのは古代ギリシャでは奴隷だった。「社会が勃興し、『家族(オイキア)』あるいは経済行動が公的領域に侵入してくるとともに、家計と、かつては家族の私的領域に関連していたすべての問題が「集団的」関心となったからである。」(p55)
単純にいうと内側の人たちが内側に向かってするサービスのことを経済(家政)といっていた。それが社会全体の問題になっていったのは、家族という関係が極限まで引き延ばされた結果である。というのがアレントの解釈である。「家族の集団が経済的に組織されて、一つの超人間的家族の模写となっているものこそ、私たちが『社会』と呼んでいるものであり、その政治的な組織形態が『国民(国家)』と呼ばれているのである」(p50)こうしたところがアレントのすごいところで経済と家族と社会と国家があっさりこの一言で結びつけられている。そして、経済こそ社会的だと思っている私たちの常識とは真っ向から対立する考え方である。経済は社会的ではあり得ない。あるいは経済を社会的と考えるような、そういう社会は公共性を担うことができない。単に引き延ばされた私的な(家族的な)関係でしかない、といっているのである。これは今の市場原理主義を先取りして批判しているように読める。利潤をあげることが目的化して、それが社会を動かすエンジンになっていると考えるような、今の社会に対する考え方が破綻しつつあるというのも一方の私たちの実感である。この話はまた改めてするけど、話題は「地域社会圏経済」である。
「地域社会圏」はどのように運営されるのか。その運営の費用は誰が負担するのか。その「地域社会圏」は誰が誰のためにつくるのか。「1住宅=1家族」において問われたことがここでも問題になるのである。
「地域社会圏」と一緒にそこでどのような経済活動が可能なのか、それを考えたい。

| Posted: Riken Yamamoto

May 19, 2010 2:28 AM | Category: 山本

山本です。クロスストリート

5月15日付けの「朝日新聞」に「伊勢佐木に音楽拠点」という記事が掲載されていた。"「ゆず」が命名「クロスストリート」"と副題にある。「施設は市の助成で取り組んだ活性化事業の一環で、同町3〜7丁目の商店主ら3000人が作る協同組合伊勢佐木町商店街(山本純市理事長)が三千万円かけてつくった」ということは説明されていても、誰が設計したのか、その建築については一言も触れられていない。ものをつくる人がそこにいる、という意識がこの記者(織井優佳)からはすっぽりと抜け落ちてしまっているのである。「協同組合が三千万円だしてつくった」この文章から読み取れるのはつくるという意味、あるいはつくるひとという意味が決定的に剥奪され漂白されてしまっているという現実である。建築は協同組合の人々の決断だった。実際に設計して作ることは、その決断の後にやってくるオートマティックな作業なのである。少なくともこの記者の意識においてはそうである。だから設計者が何者か、なぜこのような建築が発想されたのか、そこはまったく記者の意識の範疇にない。建築は見えていないのである。これはこの記者の問題ではない。この記事が今の日本のものづくりにたいする意識そのものなのである。
「労働」(labor)と「仕事」(work)との区別が失われてしまった。そこに区別があることすらもはや意識されていないというのがアレントの指摘だった。すべてが「労働」(labor)なのである。「労働」(labor)とは何者かつくらせる者の意志において、そしてその意志に基づいて忠実に活動することの総称である。「労働」(labor)する者はそのつくらせる者の意志に従ってそして効率よくつくる。つくらせる者の意志を効率よく実現さえできれば誰でもいい。その人の思想は問われない。それがものづくりに対する多くの人たちの意識である。
「クロスストリート」と名付けられてこの建築にSALHAUS(安原・日野・栃沢、三人による設計事務所)が関わらなかったら、できあがっていたとはしても、単なるプレハブで終わっていたと思う。実際伊勢佐木町の協同組合の人たちはそれでも良いと思っていた、という裏話を日野さんから聞いた。それを、それもローコストで、こうしたシンボリックなかたちの小ホールにしたのは日野さん栃沢さん安原さんの功績である。この建築はこの場所にとても良く似合っている。とてもいい。こういう建築が「地域社会圏」の中心になるのである。意識としての「地域社会圏」をつくっていくのである。組合の人たちの様々な意見をまとめて実現までたどり着くまでの困難は日野さんから直接聞いたけど、想像できる。もしこの"かたち"ではなくて、単なるプレハブ建築だったら、伊勢佐木町はこれほど盛り上がっただろうか。アーティストは気合いが入るだろうか。
この「ものづくり」の意志や思想がこれほどまでに無視されるのは、アレントのいうとおりで、あらゆる創造活動が「労働」(labor)の結果だと思われているからである。これは近代社会、特に遅れて近代化に参加した国に固有の「ものづくり」に対する偏見である。さらに日本の長い間の中央集権制度のおかげで思想の上意下達が多くの人たちに身体化されてしまっているという、もう一つの特殊事情もあるけど、この話はいずれまた。

| Posted: Riken Yamamoto

June 7, 2010 1:04 PM | Category: 山本

山本です。「クロスストリート」続き

生産の現場に近ければ近いほど、その「ものづくり(工作人)」に対する偏見はより大きくなる。そうした傾向が日本では特に激しい。偏見といってもいいし差別と直截にいってもいい。思想は上流から下流に伝達されると思っているのである。生産の現場が最下流である。前回話をした思想の上意下達とはそのような意味である。自分は上流にいると思っている人ほどそれが身体化されているように思う。そうじゃなかったら、この「朝日新聞」の「クロスストリート」に対する扱いが説明できない。日野さんからもメールをもらって憤っていると言っていたけど、これは日野さんたちだけの問題ではない。ここに最も本質的な矛盾が隠されているのである。
私がアレントに惹かれるのはこの本質的な矛盾に気がついている極めて少数の人の一人だと思うからである。
「世界」は人工的な「物」によってできている。その人工物による「世界」に私たちは決定的に拘束されている、とアレントは言う。その「世界」によって拘束されてその拘束性に無自覚なまま「世界」にとどまることもできるし(日常への頽落、ハイデガー)、その「世界」を自覚的に変えることもできる。
アレント解釈の本を何冊か読んでみたけど、多くの解説者はこの「世界」という言葉の意味をほとんど理解していないようにみえる。(あるいは私自身が自分に都合の良いようにアレントを解釈してしまっている、ということもあると思うけどね)人工物によってできている「世界」という意味をむしろ敢えて理解しようとしないのである。世界はもっと抽象的な単なる思考の範疇という程度の意味として理解されている。つまり世界について考えることは、いわば川の上流で考えられるべきことで、最下流のたかだか「ものづくり」なんかとはまったく無縁である。そう考えたいのだと思う。
そこで、何人かの人の建築に対する考え方を引用する。建築あるいは建築家はこのように見られているんだという、ちょっとショッキングな文章である。

池内紀(ドイツ文学者)神奈川県立美術館葉山館「大切な風景」
「『誰の設計?』(中略)『エーと、なんと言ったかナ・・・』某設計事務所。(学芸員が)名前を思い出せないのは、とてもいいことである。近年は逆のケースがもっぱらだ。まず建築家が言われ、取りざたされ、看板のように出しゃばっている。
美術館の主役は作品であり、それを用意した人、大切に守っている人、つまり、ここで『暮らす』人たちなのだ。建物はそのためのウツワである。過不足のない容器であればいい。にもかかわらず建築家が我がもの顔に立ちはだかり、ジャマ立てをする。作品のために壁をいじくり、片隅に押しやり、気の好い来訪者を疲れさせる。」


井上ひさし(劇作家)多目的ホールは無目的ホールに堕落します「神静民法」2007年4月29日
「(前略)ちなみに私たち『こまつ座』は、機関誌[the座]のために、全世界の1000の劇場に連絡、そして資料を取り寄せ、支配人にアンケートした資料があり、日本で一番、劇場に詳しいと思います。世界の劇場はみんな、一見平凡な型をしています(そこに劇場の本質があります)。へんてこりんでいいのは演目(だしもの)だけです」

桧森隆一(嘉悦大学教授)「建築ジャーナル」2010年4月号
「公共建築を設計する建築家にお願いしたいことは、謙虚な姿勢で市民のニーズを把握し、それをコストパフォーマンスよく形にすることのみである。」

ほんの断片的な文章だけど、情けないことにこれが今の日本の水準である。この三つの文章に共通して見られる態度は、建築家の仕事は上流からの思想に忠実であるべきだという態度である。上流というのは劇場であれば劇作家やその劇場で活動する人たち、美術館であれば学芸員、公共建築であればその利用者、そういう人の意見あるいは思想のことである。建築家の仕事はその思想を忠実に反映することだけを考えて、「コストパフォーマンスよく形にすることのみである」余計なことをするなという。ここからは建築家に対する嫌悪感さえ読み取れる。私はアジアでも中国でも韓国でも、ヨーロッパでも仕事をしているけど、こんな国は日本だけである。
井上さんが1000の劇場から意見を聞いたというけど、それは劇作家、あるいは演劇を提供する側からという立場においてである。同じ劇場を見るにしても、それを見る立場は様々である。それをまったく無視して1000の劇場から意見を聞いたというそれだけの理由で日本で一番劇場に詳しいというのはあまりに傲慢だと思う。百歩譲っても、ある一つの立場においては、という限定的な条件のもとで「日本一」なのだろうと思う。「日本一」かどうかは言う人の勝手だと思うけど。もっと問題なのは「へんてこりん」なものに対する認識である。
あらゆる新しいものは、最初は「へんてこりん」なものとして今の社会の日常の中に登場する。そして「へんてこりん」なものは時に日常を覚醒し、時には社会を変える力を持っている。誰でも「へんてこりん」なものをつくり提案する権利があるはずなのである。それは万人に平等に与えられている権利なのである。時にはそれは義務である。思想は上流から下流に伝達されるという思い込みは、「へんてこりん」なものを考えつくる権利、それを解釈する権利は上流に位置する者にのみ与えられる特権であるという思い込みである。「へんてこりんでいいのは演目(だしもの)だけです」という井上さんの言葉からはそうしたあまりにも偏った態度が伺える。多分、軽い冗談のつもりで、そんなことは考えてもみなかったのだと思うけど、作家としては非常に無防備な発言である。自分の偏見にまったく気がついていない文章なのである。そうなのだ。「ものづくり」に対する根源的な偏見が自分の中に潜んでいるという自覚は多くの人に決定的に欠けているのである。井上さんのような高い知性をもっているはずの人においてすら、なのである。世界の優れた劇場はみんな「へんてこりん」である。井上さんの目からはいかに平凡に見えたとしても、それらはその時代の建築家の強烈な個性によってつくられているのである。
池内さんの指摘は、建築の現場でどのようなことが行われているか、それをまったく知らないが故の誤解である。建築家と学芸員はその設計のプロセスで徹底的に話し合う。できあがった建築は学芸員と話し合った結果でもあるわけである。つまりこの美術館では建築家の名前を忘れるような話し合いしかしてこなかったのである。葉山の県立美術館はイギリスのサッチャー政権の時に発明されたPFIという民間の資金を調達する方法でできている。学芸員が設計者の名前を知らない等という驚くべき不毛はこのPFIという設計・建設の手法故である。この問題については機会があればまた書きたいと思うけど。
SA.LHAUSのクロスストリート問題は実は、建築という日本ではほとんど認知されていない「仕事」(work)に対する偏見の本質なのである。朝日新聞の記事は単なるその偏見の結果に過ぎないのである。
使う人、つくる人の意見を聞け、その人の言うとおりつくればいいのだ、というのは一面正しそうに聞こえる。でも、その使う人は誰か、つくる人は誰か、それを考えると建築は極めて複雑である。誰のためにそれをつくるのかという問いは極めて本質的である。劇場は劇作家のためでもないしそれを管理する人のためでもない。あるいはそれを利用する特権的な利用者のためのものでもない。公共建築であろうと民間の建築であろうと、それがどのような用途の建築であったとしても、単にそれはそれをつくる人、利用する人のためだけのものではない。それじゃあ誰のためにつくるのか。それがどのような建築であったとしても、その建築はその地域社会にどのように貢献するか、それを問われる。私たち「ものづくり」がまずそれを問われるはずである。
建築家の側からの視点の中心はそこにある。だからどんな施主が登場しようと、どんな特権的な利用者が登場しようと、誰が命令しようと、まず私たちはその地域社会の中で私たちのつくる建築がどのようにその地域社会に対して貢献し得るのか、それを考える。そこが建築家の仕事の中心課題である。アレントのように言うなら、私たちの「仕事」(work)は「世界」をつくる仕事である。単純にいうと環境をつくる。地域社会の中の一つの環境としてその建築について考えるのが私たちの仕事であると思う。井上ひさしさんにしても池内紀さんにしても、建築は内側の機能だと思っている。その機能を充足させるのが建築家の役割だと思っているようなのである。だからどう使うのかそれを使う人に聞け、という理論である。それはその通りだと思う。使う人の意見は常に私たちにとって重要条件である。でもそれ以上に重要なのはその建築が未来のかなり先までそこに残るであろうということである。アレントの言う「世界」という意味の本質である。私たちはそこに責任を負っている。単に現在的な施主の要望に画一的な答えをもって答えることが「仕事」(work)ではないのである。

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| Posted: Riken Yamamoto

July 20, 2010 12:56 AM | Category: 山本

山本です、シリーズ2。「建築空間」の施設化

しばらく間が開いてしまった。この間に、「地域社会圏モデル」の第二幕が始まった。つい最近第二幕の最初のミーティングがあったばかりだけど、ここでは、その「地域社会圏」のバックグラウンドをもう少し詳細に考えてみたい。
ハンナ・アレントを手がかりにして「地域社会圏」を考えてきたけど、その次のシリーズである。
私たちが相手をしている「建築空間」とは何か、あるいは私たちの「活動」(action)を支えている「建築空間」とは何か。それを本質的な問題として考えて行きたい。

家族にしてもコミュニティーにしても、あるいは何らかのアソシエーションにしても、そうした集団は常にその集団に固有の空間と深く関係している。あるいは親密性、公共性、私性といったその集団における個人の様々な活動や活動の属性は、その活動と共にある空間と深く関係している。
空間というと抽象的過ぎるのでもっと単純に直截にそして分かり易く言うと、「建築空間」である。「建築空間」というのは具体的な建築の内部空間であり、その建築とその周辺との関係によってつくられる外部空間である。物理的な空間である。様々な活動はそうした「建築空間」と深く関係している。ところがそれがあまりにも深く関係しているものだから、私たちは自分たちがその「建築空間」の中にいることをときとして忘れてしまうのである。私たちが大気中にいて呼吸していることを日常生活では忘れているのと同じである。「建築空間」の中にいて、そこでの様々な活動がその「建築空間」によって支えられているのに、それを忘れてしまう。その「活動の意味」を「建築空間」と共に認識しているはずなのに、それを忘れてしまうのである。忘れるというよりもそれを全く意識しない。無意識なのである。
何でこれほど無意識なのか。私たちの様々な活動が「建築空間」と共にあるはずなのにそれに気がついかない。それは何故か。
私たち設計者はその建築空間に直接関わる仕事をしているから気がついているけれども、その様々な活動が「建築空間と共にある」ことを無意識化させる力が働いているのである。
私たちの日常が建築空間と共にあることを無意識化させる力が働いている。大袈裟な、と笑われるかも知れないけど、改めて考えてみれば、建築空間の無意識化は管理する側から見ると極めて重要なのである。「建築空間」は常にどのような場合でも、それは管理された空間である。空間の管理はそこでの活動の管理である。「建築空間」がそこでの様々な活動と深く関わっているとしたら、逆に、「建築空間」を制御(コントロール)することでその「建築空間」の中の人たちの様々な活動を管理することできるのはむしろ当然である。「建築空間」は歴史的にもそのような役割をふんだんに担ってきているのである。もちろん今でもそうである。
でも問題は、「建築空間が管理空間」である、というところにあるのではなくて、その無意識化である。「建築空間が管理空間」であるという当然のことが私たちの日常の背後に隠されている。それが問題なのである。隠されているということはその管理の主体が隠されているということである。そして、実際、「建築空間」は多くの人が知らないところで実に巧妙に制御されている。制御する主体はよく見えない。だから多く人たちは自分たちが「建築空間」の中にいてそれを媒介にしてそこで管理されていることに気がつかないのである。「建築空間」を媒介にしてコントロールされていることに気がつかないのである。
「建築空間」を見えないように制御(コントロール)する方法は次のようなものである。
一つは「建築空間」の管理の方法の単純化である。産業革命以降、特に19世紀後半から第一次世界対戦期を挟んで20世紀前半にかけて発明され洗練されてきた方法である。建築の側から言うと「近代建築」の方法がその方法である。「近代建築」の方法は「建築空間」を機能類型ごとに切り分ける。たとえば住宅、オフィス、工場、病院、図書館、保育園、幼稚園、学校、劇場、美術館等々、「建築空間」を機能類型ごとにそれぞれ独立した一つの建築と見なすのである。「建築空間」のその境界は、実際は極めて曖昧である。その建築とその周辺との関係を含めて「建築空間」なのである。それを切り分ける。「建築空間」が機能類型と敷地(所有権)によって切り分けられる。その切り分けられた「建築空間」は「施設」と呼ばれる。「施設」は「単一機能・単一敷地」である。ここで重要なのは「建築空間」が一つの独立した「施設」として切り分けられることによって、それを管理する方法が極めて単純化されるということである。つまり「単一機能・単一敷地」に切り分けられた様々な「施設」は同時に国家的な行政システムとぴったり重なるように配置されることが可能になるわけである。たとえば厚労省や国交省や文科省や経産省やその他国家行政の行政システムの管轄下に置かれて、それが法制化される。つまり、全国一律中央集権的な管理が可能になるという意味である。病院にしても、図書館にしても、小学校にしても、住宅にしても、それぞれの監督官庁の管理の下で全国一律的標準施設ができあがる。たとえば住宅だったら公営住宅法によって、学校だったら学校教育法、図書館なら図書館法、病院なら医療法、あるいは各省庁の省令や'告示'や'通達'などの指導によって日本の北から南まで標準的な施設が可能になるわけである。一方、「単一敷地」ごとに切り分けられるということは、周辺との関係が不問になるということである。「建築空間」はそれ自身であると同時に周辺との関係でもある。ところが「施設」としての建築はその周辺との関係を問われることなく計画され実現されるのである。行政システムがセクションごとに排他的に縦割りになって、その行政システムに則って一つの施設が一つの敷地に配置されるからである。
「建築空間」を一つの独立した施設として扱う。そしてその独立した施設を管理(制御)する。これは実は極めて巧妙な管理方法である。つまり国家を運営するときの運営方法として極めて巧妙にできているという意味である。私たちは今やそうした施設がそれぞれ敷地ごとに独立した施設であることをほとんど当然のように受け入れてしまっているのである。
「建築空間」は特に日本では徹底して「施設」として扱われる。「施設」という意味は繰り返すけど、「単一機能・単一敷地」に切り分けられた行政管理の対象となる建築空間という意味である。一つの敷地のその内側に限定され、その内側で完結している建築のことである。つまり「施設」という言葉が意味するのは、公共建築であれ民間建築であれ、その施設の単一機能であり、周辺環境からの独立性(孤立性)であり、(国家)行政の徹底した管理下にあるということである。

| Posted: Riken Yamamoto

July 25, 2010 6:18 PM | Category: 山本

山本です、シリーズ2。「建築空間」は「表象の空間」である

それではその「単一機能・単一敷地」の施設がなぜ私たちの無意識と結びつくのか。
これも私たちの活動が「建築空間」の中にあるということと深く関係している。「建築空間」の中に現れる私たちの現れ方と関係している。「建築空間」の中では、私たち個人個人は常に、「表象(身分、肩書き)」として現れるからである。その建築空間の中では私たちは「あらかじめ定められた行動様式」に意識的、無意識的に従っているのである。「定められた行動様式」というのはいわば「作法」である。ハンナ・アレントはそれを'behavior(振る舞い)'と言った。(「人間の条件」p65)私たちは建築空間の中では表象されたその人にふさわしい振る舞い方(作法)に則って行動する。建築空間はその作法ができるだけスムースに行われるように設計されているのである。「個人が社会的地位にふさわしいものでなければならないという態度」(同掲書)が尊重されるように設計されている。たとえば学校だったら、先生は先生らしく、生徒は生徒らしく振る舞うことができる(作法に則ることができる)ように、病院では医者、看護婦、患者の序列をどんな場面でもできるだけ忠実に再現できるように、ホテルだったらそこに来るお客さんが、品のいいおじさんおばさん、良家の子女のごとく振る舞えるように設計される。あるいは住宅だったら、優しいママ、元気なパパ、賢い子供たちを演じられるようにつくられる。建築空間にあらわれる人間は、一人一人個性をもった人間としてではなくて、その社会の命ずる「作法」に従った「表象」としての、つまり社会的な役割としての人間なのである。建築空間の中に登場する人間はそうした「表象」として以外に現れようがないのである。それが「建築空間」である。「建築空間」は「表象の空間」なのである。
そこで、である。その建築空間が表象の空間であるとしたらそれを「施設」として扱うことで、そこに登場する登場人物たち、つまり利用者たちを画一的なそして固定的な表象として扱うことが可能になるのである。「施設」としての建築空間は、単一の機能に則ってつくられる。劇場、図書館、美術館、学校、特別養護老人ホーム、幼稚園、住宅など単一機能の施設である。そして、その施設は一つの敷地の内側につくられる。その敷地の外側とは関係を持たない。なぜならその外側との関係はその施設の単一機能を壊す恐れがあるからである。施設はあらかじめ敷地を決められ、機能を決められ、その単一性が保証されているわけである。だからこそ、その施設の利用者像(表象)はその単一性に見合うように極めて画一的な、つまり標準的(ノーマル)な人間として扱うことが可能になるわけである。その標準化がつまり見えない管理の仕組みの本質である。
「(管理された)社会は、それぞれの成員にある種の行動(behavior)を期待し、無数の多様な規則を押しつける。そしてこれらの規則はすべてその成員を『正常化(normalize)』し、彼らを行動(behave)させ、自発的な活動や優れた成果を排除する傾向をもつ」(前掲書、p64)というアレントの指摘は、それがそのまま「管理」あるいは「統治」の本質である。(管理された)という括弧内の補足は山本による。アレントは'社会'という言葉を極めて限定的に使う。私的に管理された集団関係を社会と呼んでいる。そして「統治の最も社会的な形式は官僚制である」(同掲書p63)とアレントは言う。そうだとしたら、逆に言えば官僚制がつくる統治のシステムによって運営されている今の私たちの生活が社会である。つまり「建築空間の施設化」は「官僚制」の本質なのである。「官僚制」とは統治者の見えない統治システムのことである。様々な施設においてその利用者は常に標準的(ノーマル)な人間として期待され、あるいはそのように教育されるのである。でも、多くの人はそんなことは意識もしない。「建築空間」の無意識化は、つまり、管理された空間の無意識化であり、その空間を使う人たちの標準化なのである。

| Posted: Riken Yamamoto

July 26, 2010 8:08 PM | Category: 山本

山本です、シリーズ2。「施設」の設計者

無意識化のもう一つの側面は、「建築空間」の設計者たちを施設設計の技術者として管理することである。
本来「建築空間」の最も重要な担い手である建築の設計者を「技術者」として、徹底して国家の管理下に置くというシステムである。日本での建築教育は明治新政府によってその骨格がつくられた。それ以降工学部の中にあって技術者教育が徹底されている。「技術者」という意味は、あらかじめ切り分けられた施設の設計者として、なぜそれがそのように切り分けられているのか、その根拠を疑わないで設計する人という意味である。日本では優れた技術者というのはそういう技術者である。ちなみにこれは建築の業界に限らない。自動車業界も機械も電気もエレクトロニクスもどのような業界であっても技術者の置かれている立場は変わらない。与えられたテーマ(何のために誰のためにつくるのか)のその思想的根拠を疑わずにひたすら「切り分けられた物」としての製品の効率や経済効果を上げる役割である。技術者の扱うのは単なる「物」であり「施設」である。「技術立国日本」なんていっても、技術者の無思想化が徹底されているだけなのである。そして建築の設計者もまたそうした技術者の一員として制度の中に組み込まれているわけである。私たち建築の設計者が扱う対象はあらかじめ切り分けられた「施設」の設計なのである。
繰り返すけど、「建築空間」を通じて私たちの日常がいかに管理されているか。管理の方法は「建築空間」の、その施設化である。「施設」を標準化(normalize)することによって、標準的(normal)な行動様式(behavior)が誘導される。つまり「建築空間の施設化」と官僚制度(統治者の見えない統治システム)とはいわば一枚のコインの裏表である。その施設を使う多くの人たちは、その施設が機能的にできあがっていると信じていると思う。「機能的」という意味は「単一機能・単一敷地」に切り分けられた施設として、その切り分けられ方に忠実にできているという意味である。「標準的」という意味とほとんど同じになってしまっているのに、全くそれを疑問に思わないのである。「建築空間」は機能的であればそれでいいんです、という人がいまや圧倒的大多数なのである。
「施設」の設計には何らかの固有の意志を持った設計者というのは登場しない。設計者はその施設の標準化に従事する忠実な標準設計技術者なのである。「施設」にはどこにも誰かの意図や意志が介在していない。ただ機能的にできている。「建築空間」とはそのようなものだと考えられているのである。「建築空間」をそのようなものだと考えることによって施設化が完成する。それが「建築空間」の無意識化の本質である。
さらに言えば、その「単一機能・単一敷地」に切り分けられた施設たちをもう一度相互に結びつけるシステムがインフラ・ストラクチャーである。交通やエネルギーや上下水道や情報網などである。つまり、今の私たちが生活している空間は日本中に整備されたインフラとそこに接続されて、それぞれに孤立している「施設」群によって成り立っているというわけである。そのように計画され、そしてそのように私たちは認識しているはずである。
1960年代に建築家が提案した都市像がそのようなインフラとそのインフラに接続された施設群による都市像であった。たとえば丹下健三の「東京計画1960」では東京湾を縦断する巨大インフラをつくる。そのインフラに住宅を含む様々な施設を接続させて東京全体を再構築しようという提案である。あるいはイギリスの若手建築家グループ「アーキグラム」のplug in city計画は搭状のインフラに施設化されたユニットがplug in される。「施設」はもはや人間を収容する単なるカプセルである。あるいは日本の「メタボリズム」の提案も動かないインフラと必要に応じて変換可能な施設群によって構成された都市像である。この60年代の建築家たちの都市像は、インフラがまずあってそれに従属する建築というイメージである。多くの建築家たちの興味が建築から都市へとシフトし始めたのもこの頃である。
「建築空間の施設化」は一方でそれを支えるインフラの充実が必要条件である。十分なインフラに接続されてはじめてそれに従属する施設化が可能なのである。張り巡らされたインフラのネットワークとそれに接続される従属する全国一律標準的な「施設」というイメージは私たちがいまだに持ち続けている生活空間の鳥瞰的イメージである。つまり「単一機能・単一敷地」の施設とそれを支えるインフラの関係なのである。

| Posted: Riken Yamamoto

July 27, 2010 11:30 AM | Category: 山本

山本です。「地域社会圏モデル」プロジェクト会議

7月23日の第一回「地域社会圏モデル」プロジェクト会議の出席者は

各企業名を公開していいという了解をもらっていないので、今は言えないけど、
横浜の大企業の技術者部隊が総決起したような会議だった。
それとY-GSA生17人、山本スタジオと横浜国大産学協同のステアリングメンバー。
Y-GSAの想像力が問われている。参加者たちからも圧倒的に支持されるようなラディカルな「地域社会圏モデル」を考えよう。
この会議の記録が重要です。毎回議事録をとって各参加者たちに送ってください。同時に参加者たちの発言に対する回答、感想を議事録上に掲載してください。議事録がそのままそれぞれの参加者たちの発言のプラトットフォームになるといいと思うのですが。INAXの高田さんに、相談にのってください。

二つの敷地の周辺環境特性を調べてください。
この敷地に住む人に対してサポートする人たちの可能性についてしらべてください。医者、看護士、福祉士など、あるいは
小規模多機能施設とコンビニが一体になった場合、どの程度の人員が必要なのか、いくらぐらい人件費がかかるのか。ボランティアにはいくら払うのか。どの程度の人数が被介護の対象なのか。あるいは被保育の対象なのか。
ここには主婦(無給労働者)がいることを前提とするのか。
周辺の産業との関係はどうするのか。
この場所で何らかの経済活動が可能なのか。
マネージメントは誰がどのようなコンセンサスの元にするのか。自動制御の技術は役に立つのか。
マネージメントの計画は管理計画でもある。ここの住民たちは被管理者なのか。
エネルギーを含むインフラどこから供給されるのか。基本的に自給自足を目指すのか。
交通インフラは「地域社会圏」の内側の問題であり、外側との関係の問題である。新たな交通インフラを目指すのか。
「地域社会圏」の緑化と菜園の可能性。
ゴミはどのように処理されるのか。

というようなことを調べつつ、次の会議までには模型をつくりたい。最低でも末光チーム一つ、仲チーム一つ。

| Posted: Riken Yamamoto

July 30, 2010 8:49 PM | Category: 山本

山本です、シリーズ2。社会性

ハンナ・アレントの「人間の条件」は読めば読むほど面白い。アレントは猛烈に書くのが早かったらしい。思いついたことをそのまま書きまくったのである。この本にしても、全体が整理されているわけではなくて、ときには様々な場所に同じようなことが断片的に書かれているので、それをつなぎ合わせるのが結構大変。ときにはパズルのようなことになる。「社会」という言葉もそうだ。「社会」はもともとは極めて私的な集団関係だった。たとえば"Engslish Speeking Society"というときのSocietyような使い方、あるいは18世紀のサロンのような内輪のコミュニティー、そういう私的な関係だった。それが何故、一般的な生活世界を表す言葉になったのか。産業革命以降、生活世界が標準化され画一化されるに従って、その画一化された環境を表す言葉が「社会」という言葉に重なっていったのである。「家族の集団が経済的に組織されて、一つの超人間的家族の模写となっているものこそ、私たちが『社会』と呼んでいるものであり、その政治的な組織形態が『国民』と呼ばれているのである」(p50同掲書)
国民国家は"大きな家族"の模写である。その"大きな家族"が経済的に組織されて、その組織が「社会」である。なんだかわかりにくいけど、日本の天皇制がそうした組織である。旧帝国憲法においても、あるいは今の象徴天皇制においても同じである。日本に限らず経済的に管理された近代国民国家の基本的な骨格がこうした"大きな家族"であるというのがアレントの解釈である。
私(山本)から見ると、この解釈は極めて分かり易い。家族という単位が国民国家を構成する最小単位なのである。この単位は極小の単位である。極限まで切り詰められた単位である。機能はただ一つ、生む単位である。国民を生産することに特化した単位である。生んで育てる。国民として教育する。その極限まで切り詰められ孤立化された単位を再統合するときに考案されたのが"大きな家族"としての国民国家である。つまり、社会というのはこの国民国家との関係である。「地域社会圏」という視点で見ると、「1住宅=1家族」という孤立した単位があって、その上位の集団として国民国家を仮構する。つまりその「1住宅=1家族」と国民国家との関係が「社会」である。「S」と「L」との関係である。「M」がない。それが「社会」である。
そういう意味では「社会」は近代に固有の言葉であり、官僚制的統治システムと深く関わっている言葉である。
「社会」は「「活動」(action)を行動(behavior)に変え、人格支配を官僚制ー無人支配ーに変えた」とアレントは言う。(p69)でも、これはちょっと言い過ぎかも知れないと私(山本)は思う。行動(behavior)はどのような集団においても、その集団の言語のようなものだと思うからである。必ずしも「社会」に固有のものではないように思う。このあたりの話は「表象の空間」のところで説明した。
社会という言葉は「人間の条件」の様々な場所に登場するけど、つまり、(近代)社会は「M」集団が消失した国家の直接支配であり官僚制統治システムであり、行動(behavior)の画一化であり、あらゆる建築空間の施設化である。

| Posted: Riken Yamamoto

August 1, 2010 3:57 PM | Category: 山本

山本ですーシリーズ2。「住宅の施設化」

もう既に話してきたことの繰り返しになるけど、「建築空間」の施設化は日本では見事に成功した。特に住宅においては国家の側から見れば大成功である。国家の側という意味は官僚制的な統治システムにおいてはという意味である。「1住宅=1家族」がそれぞれ完結した施設であることをもはや誰も疑わない。家族の多様化といくら言っても、「1住宅=1家族」という基本単位を疑わないとしたら、そこに一人で住んでいても、二人でも三人でも四人でも五人でも、そんな住み方を多様化とは言わない。ゲイのカップルでも、高齢者同士でも、女性同士で住んでいたとしても、それでも多様だとは言わない。すべて「1住宅=1家族」を装うからである。「1住宅=1家族」を装うように住む。既に述べてきたように「施設化」とは「表象の画一化」であった。つまり、家族という表象を背負っている限り、それがゲイでもレズでもどんなメンバー構成でも、家族なのである。国家の最小単位を演ずるのである。もし多様化というのだとしたら、それは「家族」に変わる表象を獲得することである。
住宅の施設化は、家族という表象の画一化であり、その画一化のために住宅という施設は極めて有効だったというわけである。
日本に限らず、官僚制統治システムは「建築空間」の施設化をその最大の武器にしている。インフラとそのインフラに従属する施設という構図そのものが官僚制から生まれた構図であり、官僚制を維持するための最強装置なのである。なぜ最強装置か。なぜなら、自分たちがその施設の中にいることすら気がついていないからである。施設はオートマティックに(機能的に)できあがっていると思い込んでいるのである。
官僚制統治のシステムが実に巧みに隠されている。だから多くの人が気がつかない。
そのために施設化された「建築空間」を巡って様々な誤解と曲解が渦巻いてしまうのである。前に話をした井上ひさしさんの誤解もその一つである。誤解というよりも官僚制統治システムを守るように意識が働いてしまうのである。
「建築空間」は画一化されているべきである。
「建築空間」はインフラに従属しているべきである。
という強烈な刷り込みである。

| Posted: Riken Yamamoto

August 5, 2010 1:52 PM | Category: 山本

山本です。シリーズ2。住宅の施設化・続き

既に過去のブログで何度も同じようなことを言ったけど、改めてもう一度繰り返す。住宅の施設化こそ官僚国家の根幹だからである。

「建築空間」の「施設化」において、とりわけ大きな影響を今の社会に与えたのは住宅である。住宅という建築の施設化である。「建築空間」を「単一敷地・単一機能」ごとに切り分けるという施設化の手法は、住宅においては「1住宅=1家族」という住宅の供給方式の発明につながる。家族という集団が住む住宅は、本来、地域社会の中にあってはじめてその役割を果たすことができるような仕組みになっていたはずなのである。近代化される以前の住宅は例外なくそのような構造をもっている。それを「1住宅=1家族」という単位ごとに切り離して、一つのパッケージにして、相互に干渉しあわないように配置するという今の住宅の供給システムの発端は19世紀の産業資本家たちの発明である。その経緯については中野隆生さんの「プラーグ街の住民たち」に詳しい。「地域社会圏モデル」でもそこに触れているのでそれを読んでください。産業資本家たちにとって重要だったのは住宅の標準化でありその密室性の確保である。
「疫病、革命、暴動、こうした19世紀にしばしば見られる困難を引き起こしたのは労働者階級であり、家庭の中に位置づけられない人々であった。産業社会は、いや、より具体的にはブルジョワ政権は、そうした人々に家族・家庭を与えることで、彼らにブルジョワ的諸価値を教え込み、彼らを文明化し調教したのである。そして住宅はそのための手段であった。彼らは住宅によってブルジョワ的モラル、すなわち妻や子供への愛情、団欒、家族を粗野な外部世界から守ろうとする意志、などを教えられると考えたのである」(「住宅という名の原罪」GA Japan 1992年01号土居義岳、今から18年も前に土居さんはこう言っている。住宅の供給システムとその教育効果がどれほど深く結びついているか既に見抜いていたのである。)高い生産力を確保するためには、一定のモラルをもった、つまりばらつきのない標準化された労働力をもつ労働者たちが大量に必要だったのである。住宅はその労働力を確保するための教育装置であった。標準化された住宅が標準化された国民をつくり標準化された労働力をつくることが期待されたのである。住宅の施設化というのはそのような意味においてである。
彼らを管理するためには「1住宅=1家族」であることは決定的に重要だった。それぞれが独立した家族であり、家族が相互に接触するためには一定のルールを守る。家族たちはその家族の内側で彼ら自身の保守管理をする。保守管理は主婦の役割である。ミュルーズの労働者住宅では入浴や洗濯も時間を決めて管理されていたという。「衛生的で規律ある生活習慣の形成が指し示され、住民の集合的関係に対する警戒感が表明されていたことが窺えるのである。」(「プラーグ街の住民たち」中野隆生p46)「1住宅=1家族」の独立性を保ち、その内側で自らの保守管理を行い、家族相互の接触を制限するという管理方法は、まだ二月革命(1848年)の記憶が生々しかったということも確かにあったと思う。「人々の間に自ずと形成される結びつきを警戒して、民衆の『悪習』をただし、道徳的『退廃』を阻止する意図が、単一家族向け住宅、直線配置(中略)集会の機会をできるだけ制約する共同施設の構造と運営方式」(同掲書p46)なのであった。でも、一方で労働者たちのブルジョワ的生活に対する願望を巧みに誘導していったとも言えると思う。「1住宅=1家族」は労働者たちのあこがれでもあったのである。
こうした「1住宅=1家族」という住宅が第一次大戦後のヨーロッパ、特に戦争で大きなダメージを受けたフランス、ドイツににおいて大量に供給される。積層された集合住宅のモデルをつくったのはCIAM(近代建築国際会議)の建築家たちであった。今度は産業資本家たちというよりも、国民国家の国力を競った国家的要請である。「1住宅=1家族」というシステムは国家を運営するシステムとして極めて好都合だったのである。「地域社会圏モデル」でも話題になったけれども、相互に隔離され標準化された住宅は標準家族を教育する装置になる。住宅の内側で自らの保守管理を完結させる。つまり様々な社会的な矛盾が「1住宅=1家族」の内側の問題になる。高齢者や子供や障碍者に対する社会的な責任が家族内部の問題であるかのように扱われるのである。「1住宅=1家族」システムは国家の側の負担を極めて少なくするのである。だからこそこのCIAMモデルとも言える、集合住宅のモデルがその後、世界のモデルになったのである。日本でも第二次世界大戦後このモデルが輸入されて日本の集合住宅のモデルになっていった。

| Posted: Riken Yamamoto

August 7, 2010 9:17 PM | Category: 山本

山本です。シリーズ2。「権力は下から来る」

「建築空間」が施設化されることと今の日本の官僚機構とが極めて近い関係にあるということは私たち設計者の実感である。設計技術者という立場は、建築が計画されて実現される課程の最下流に位置している。敷地が既に決まり、機能が既に決まり、予算が既に決まって、その最後の段階で設計者が決まる。特に公共建築はそうである。だから私たちの側から、つまり下流の側から上流に向かって棹さすようなことは基本的にあり得ない。ミシェル・フーコーの言うように「権力は下から来る」(「性の歴史−Ⅰ」p121)のである。官僚制には権力の中心といったものがない。網の目のような権力機構のその最末端に実は権力が配分されて潜んでいるのである。最末端というのは、官僚機構が民間業者に出会う場面である。「業者」というのは日本独特の言葉で、官僚機構のセクショナリズムにぴったり重なるようにカテゴライズされ、そのセクション(監督官庁)から管理監督される民間の商売人たちという意味である。日本で仕事をしている人たちはこうして例外なく官僚機構の最端末としてその中に組み込まれるわけである。たとえば出版業者、農産物販売業者、通信業者、運送業者、建設業者、設備業者、設計業者、輸入業者、畜産業者、清掃業者、特殊浴場業者、放送業者、風俗業者、飲食業者、文筆業者どのような業者も日本を運営する官僚機構の最端末で、その官僚機構から管理監督される。つまり業者というのは官僚機構の側から見たら、その統治システムを維持するための最も忠実な従僕なのである。業者の許認可権は徹底して官僚機構に集中するようになっているからである。「権力は下から来る」とフーコーが言うのはそのような意味においてである。そして設計者はそこにいる。設計技術者の役割はその官僚機構の最末端で「建築空間の施設化」を徹底させる役割なのである。
「建築空間」は単一敷地につくられる単一機能の施設である。それは標準化・画一化された施設である。建築設計者がその標準的・画一的な施設の設計技術者であるという認識は、既に今、日本の多くの人たちの常識になっているように思うのである。
井上ひさしさんの「劇場は画一的でいい」という発言はその最も典型的な例である(「クロスストリート・続き」6月7日ブログ参照)画一的な施設をつくり続けることが、日本の官僚機構を維持することといかに深く関わっているか、多くの人たちは全く気がつかない。「建築空間」に無意識であるということの当然の帰結である。

| Posted: Riken Yamamoto

August 8, 2010 7:31 AM | Category: 山本

山本です。シリーズ2.「インフラと施設」

"「建築空間」は施設である"という思い込みの典型が井上ひさしさんであるとしたら、"強固なインフラとそれに従属する施設"という思い込みの典型が宮台真司さんである。

「建築家あるいは広い意味でのアーキテクチャー・デザイナーが、今後バーチャル・ボディーを設計するといっても、意匠や内容にかかわらず、もはやインフラ・レベルでのシステム構築にコミットしているとは言えません。むしろインフラ・レベルでのシステムが滞りなく回転することを前提に成り立つ、偶発的で恣意的な表象に関わっているだけです。」「建築家は料理人になるのです。建築家がシステムの基体や基軸に関わる設計に関わることはもはやないのです。」(「私たちが住みたい都市」p226、p227宮台真司の発言)


2005年の工学院大学の連続シンポジウムでの発言である。磯崎新さんとの対談で、私が司会をしたからとてもよく覚えている。この発言は60年代につくられたインフラとそのインフラに従属した施設との関係をそのまま反映した発言である。確かに今の多くの建築家たちはこうした構図をそのまま受け入れてしまっているように思う。施設設計技術者の役割を甘んじてうけいれてしまっているのである。インフラにコミットすることはもはやできないとあきらめてしまっている設計者の方が圧倒的に多数派なのである。(7月26日ブログ「施設」の設計者参照)宮台さんから指摘されたような、インフラにコミットできない単なる施設設計者というのは現実そのものである。でも、それが設計者、建築家かというと違う。それがそのまま建築家無用論に繋がってしまうのだとしたら、それは、現実の官僚制的統治システムをそのまま追認してしまうだけである。
設計者・建築家の役割は施設設計技術者ではなくて「建築空間」設計者である。つまり一つの建築とその周辺との関係を設計する役割である。常にインフラを含めて設計することを求められているはずなのである。
60年代に考えられていたように、そして今でも考えられているように、インフラはそれほど強靱だろうか。決して動かないインフラとそのインフラに支配される標準的なそして画一的な施設という関係はそんなにも強靱なのだろうか。単に官僚制的管理社会にとって有効なだけなのではないのか。強靱だと思い込んでいるその考え方が既に官僚制的管理社会の住人の考え方である。インフラは多くの人が思っているほど強靱ではない。むしろ脆弱である。強靱だと思っている私たちの思い込み(思想)が変わればすぐにでも変えられる、その程度のものなのである。

| Posted: Riken Yamamoto

August 10, 2010 3:52 PM | Category: 山本

山本です。シリーズ2.「機能的ということ」

「建築空間」は私たちにとって空気のようなものである。日常的にはほとんどその中にいることを意識していない。意識されないということがつまり"「建築空間」の施設化"なのである。現実にそこにあるのに何故それが意識されないのか。意識させないことこそが官僚制的統治システムの本質だからである。結論を先に言ってしまえば、「建築空間」の無意識化は、それが機能(社会的な要求)に基づいているという刷り込みに起因しているのである。
現代社会において計画される「建築空間」は機能的にできている、と多くの人たちは思っている。機能的という意味は、必要に応じてできているという意味である。必要に応じる活動のことをアレントは「労働」(labor)と呼んだ。古代ギリシャでは「労働」(labor)は奴隷の活動であった。つまり徹底して主体性を剥奪された活動が「労働」(labor)である。「機能主義」という言葉は近代建築思想の代名詞だけど、それは単に建築をつくるための手法という意味で使われてきたわけではない。近代建築における機能主義は"建築は社会的な要求によってつくられる"という刷り込み(imprinting)であった。その刷り込みは、かなりの成功を収めて、それは、今や多くの人たちの常識にさえなってしまっていると思う。「機能的につくってください」というのは公共建築をつくるときに必ず言われる台詞である。その時の機能的という意味は行政側の要求に従って「行政側でつくったプログラムに忠実に従ってください」という意味である。あるいは利用者の要請に従ってその通りにつくってくださいという意味である。そして、それがそのまま「社会的要求」である。機能的というのはそういう意味だったのである。さらに、その「社会的要求」は、官僚制的な統治システムの内側においてつくられる。私たち設計者にその"要求"が下りてくるのは、すべてが決められた後である。
つまり、機能的であるという意味が、管理する側から見たときの合理性という程度の意味になってしまっているのである。
機能という言葉を官僚制的統治システムとの関係で考えるとかなり分かり易い。むしろそのようが分かり易い。「建築空間」は「単一機能・単一敷地」として計画され、官僚制的統治システムによって管理され易いようにつくられる、という話をした。さらにその建築を使う利用者もまたその管理された"behavior"に従うことによって、その官僚制的統治システム中に組み込まれるわけである。官僚機構が期待する表象(正しい利用者像)をそこで演じるわけである。
「建築空間」の無意識化はその施設化である。そして施設化はその施設が担う機能において保証される。私たち建築家はその機能に忠実に従うは官僚機構を持続させる極めて重要な役割を担っているのである。「建築空間」の無意識化というのはそのような背景と共にあるわけである。
国民国家の統治システムは官僚制的統治システムである。その特徴は権力の中心がないこと、つまりセクショナリズムである。各セクションごとに分割され、細分化された権力機構である。細部に至るまで制御されたセクショナリズムである。官僚機構のセクショナリズムが問題なのではなくて、官僚機構とはセクショナリズムのことである。
ちょっと話がずれてしまうけど、アメリカの社会学者マートンは「官僚制の逆機能」という言い方をする。逆機能というのは機能障害のことである。それはは次のような属性のことである。(「政治学・行政学の基礎知識」堀江湛)
① 形式主義・画一主義
② 繁文縟礼(膨大な書類と煩雑な手続き)
③ セクショナリズム
でも、これらは、逆機能というよりもむしろ官僚制の本質である。建築の現場でおこっていることは正に行政側のこうした態度である。
「形式主義・画一主義」というのは、既にできあがっている従来までの施設と同じ施設をつくらせようとする態度のことである。それなら、仮に問題が起きても従来からの方法に従ったまでなのだから、官僚機構(行政)の側が責任を問われることはない。
「繁文縟礼」は官僚機構の側ができるだけ責任を回避するためである。これも建築の現場で起きることだけど、責任は業者がとる。何があっても業者の責任にする。たとえば今回の改正建築基準法がその典型である。
官僚制統治システムは統治の中心がない。それはセクショナリズムの中にほぼ完璧に分散されているからである。だから責任の所在もない。それでは誰が責任をとるかというと、官僚機構の最末端にいる(最末端という意味は前に話をした)業者がとる。
というような話はY-GSAとはあまり関係がないけど、いろいろアレントの文章を読んでいる内に、なるほどそうだったのかと納得がいくものだから思わずそれを書いてしまった。この次はインフラと施設ではなくて、それらを一体のものとして考えるにはどうしたらいいのか、それを述べる。

| Posted: Riken Yamamoto

September 11, 2010 4:04 PM | Category: 山本

山本です。シリーズ2.チューリッヒ

昨日、チューリッヒ空港のプレゼンテーションを施主にしてきた。建築家に対して敬意を払うという態度が、日本とこれほど違うものなのか。つくづく今の日本の設計者に対する態度はあまりにひどいものだと思う。何故、こんなにも違うのか。考えられるのは、官僚制的な統治システムに対する対抗軸がスイスにはあるということである。
日本の官僚制度は「業者」を官僚制システムの最端末に位置づけて、その僕(しもべ)にするという卓抜な行政システムを思いついたが、スイスではその官僚システムに対抗するもう一方のシステムがあった。むしろそっちの方が強い。ギルドである。以前にチューリッヒの「雪だるま火あぶり祭り」の話を書いたけど、ギルド集団の力、つまり、様々な工作人たちの集団の力は今でも極めて強い。その自治意識が強烈なのである。恐らく自浄能力も同時に備わっているのだと思う。これは日本とは全く違う。官僚機構の言うがままになって、文句は言うけど、なんにもしないというのが日本の建築家たちの実情である。

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October 11, 2010 7:05 PM | Category: 山本

山本です。シリーズ2.二川さんの講演・北山さんの受賞

二川幸夫さんにY-GSAで講演をしていただいた。元武闘派、いや今も武闘派、2時間マイクなしでしゃべり続けたその気迫に聞く側が圧倒された。私と対談のはずが,ほとんど二川さんの独演会だった。二川さんの話は徹頭徹尾、実際に体験することがいかに重要か、という話だった。それは世界中の建築を見て写真に撮って,それを世界中に伝達するという、そのすべてに関わっているという自負である。実際に見ること,体験すること、それに勝る思考方法はない。ぼくもそう思う。模型をつくれ,その模型を見ろ,はじめからうまくできると思うな。実際の設計も体験である。その自分の考える建築を体験するかのように扱うことができるか。二川さんの話に共感する。
今、二川さんは77歳である。これからの計画を実現しようとすると124歳まで仕事をすることになるらしい。この人、それまで平気で生きると思う。
昔、何人かの建築家を鉄拳でぶっ飛ばした。サングラスをかけた風貌は今でも十分に凶暴だけど、笑うと突然好々爺に変身するところが、少しだけ丸くなったかなあ。

長い間、ブログを書けなかったのは,太田出版から出ている「atプラス」という雑誌にちょっと長めの原稿を書いていたからである。と言っても,このブログで書いているようなことをそのまま書いている。「地域社会圏」という考え方がいかに重要かという話である。ブログを書かなかった一ヶ月間の間にいろいろなことが起きた。
一つは北山亘さんの建築学会賞作品賞の受賞である。こうした小規模の民間集合住宅が学会賞の対象になるということがすばらしい。今や,ソーシャル・ハウジングは新規につくられていない。貧乏人はネットカフェに住め。というのが日本国政府の方針である。そうとしか思えない。何故こんなことになったのかというと、2001年の不動産の証券化を可能にした法律と深く関係している。証券化とは何かというと、建設コストを広く一般から集めるという方法である。構造改革の一環である。マンションをつくろうとするディベロッパーはその資金を投資家から集めて,その投資金額を販売の利潤から還元する。年利7%程度の利回りがあったというから、金利ゼロなどという銀行預金者から見たらまるで詐欺のような金利である。つまり、その住宅を買う人,借りる人から搾取しているわけである。その住宅の住民のためじゃなくて投資家のためにマンションがつくられるようになっていったのである。そうした状況の中で民間集合住宅をつくるというのは,大変な力業である。ディベロッパーは投資家へどのくらい還元できるかということしか考えない。住民のことなんかこれっぽっちも考えない。北山さんは住民のことを考える。北山さんから伺ったところ、ディベロッパーは何度か変わったということである。利潤のことしか考えないから、売れればすぐにでも他のディベロッパーに売ってしまうのである。北山さん、よくここまでがんばったと思う。このプロジェクトを学会賞に選んだ審査員もすごい。JIAの建築大賞の審査員とはえらい違いだ。

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October 17, 2010 9:37 AM | Category: 山本

山本です。シリーズ2.「地域社会圏モデルⅡ」

「建築空間の施設化」という文章を書いた。11月8日頃に出版されるクォータリー「atプラス」(太田出版)のための原稿である。基本的には今までここで書いてきた内容だけど、整理しながら書いていて改めて「地域社会圏」という考え方がとても重要だということが分かってきた。今まで,国家は日本に限らず「1住宅=1家族」という原理を前提にして運営されてきたけど,「地域社会圏」はそれとは全く対立する考え方である。「1住宅=1家族」という単位を基本単位とする運営方法は今の官僚制的な統治システムと非常に相性がいい。それと対立する考え方である。つまり、国家の運営方法が変わる。重要だというのはそういう意味である。
日産自動車で技術開発を担当している巌(いわお)さんが同じような発言をした。むしろぼくよりも明快だった。「地域社会圏モデル」はINAX出版から出版されたけど、既にそのパートⅡが始まっている。今回はもっと具体的である。Y-GSAのインディペンデント・スタジオの院生たち、彼らを指導する設計助手の仲と末光がプロジェクトの中心である。でもそのY-GSAとコラボレーションしてくれるチームが強力なのである。「地域社会圏モデル」のためにはこれ以上ないチームである。
横浜市住宅局、日産自動車、UR、三菱地所、東京ガス、清水建設、横国大機械学科の先生たちである。そうした人たちと一緒にプロジェクトが進んでいる。巌さんの発言はその会議のときの発言である。
「地域社会圏」は一つのプラットフォームである。自動車が4人程度の人間を乗せて一定のスピードで移動することができるプラットフォームであるとしたら、「地域社会圏」は400人程度の人間を乗せるプラットフォームである。動かない。でも、その400人をどう効率よく制御するかという,そういうプラットフォームである。自動車にしても、今や完璧にコンピューターでコントロールされていて,その自動制御の技術はこの10年間で飛躍的に進歩している。400人を制御する。エネルギー効率の制御、CO2排出量の制御、交通の制御,廃棄物の再利用ようなその効率をデータ化し易い分野だけではなくて、介護、看護,育児,地域内経済などを含めた全体の管理システムの効率化である。さらに400人の内側で完結する制御システム、その外側に異存する制御システム、さらにその外に対して供給することできるような制御システム、様々な複雑な関係をコントロールする。そのようなプラットフォームである。というような話をしたところ、巌さんの意見はさらにそれを広げて徴税システム、社会保険のシステムのような国家的なシステムも400人を単位とすることで再検証できるのではないのかという意見だった。その通りである。さらにこの前の会議の後ちょっとぼくの家の近くの飲み屋で呑んだときに言っていたのは、「地域社会圏」が全体制御のシステムと同時に提案できれば,それは中国のような発展途上国に対して極めて有効なノウハウになる。これは売れる、という意見である。さすがグローバル企業の人だと思った。
巌さんに指摘されたことでもあるけど,400人という単位をもう少し厳密にした方がいい。今、関内地区は1000人程度、鶴見地区が800人程度だったと思うけど、それぞれ400人ぐらいの単位に分割して考えることができると思う。400人毎にファシリティーを考えるという方法の方が面白い形ができるような気もする。ちょっと試して見て欲しい。

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December 13, 2010 8:52 PM | Category: 山本

山本です。シリーズ2.再びアレント

難波和彦さんが、ご自身のブログ(「神宮前日記」11月19日)に「建築空間の施設化」の批評を書いてくれた。先日難波さんの退任記念パーティーにお伺いしたときに、書きましたよ、といわれて読ませてもらったのである。
「『atプラス』に山本理顕が書いた「建築空間の施設化:「一住宅=一家族システム」から「地域社会圏」システムへ」を読む。現代の建築空間は官僚制的統治システムによって縦割化され「施設」になっていると山本は言う。施設とは「単一類型=単一敷地」によって切り分けられた建築空間である。施設化された建築空間の中で人間は「あらかじめ定められた行動様式」に意識的・無意識的に従っている。施設化された建築空間とそこにおける行動様式とが結びついて、建築空間は「表象の空間」となる。この辺りの議論を山本はハンナ・アレントを参照しながら展開している。その背景にはミシェル・フーコーのパノプティコン論、原広司の「均質空間論」、アンリ・ルフェーブルの『空間の生産』論などが参照されており、僕は広い意味での近代建築計画学批判として読んだ。施設化された建築空間の典型は、インフラに接続された「単一類型=単一敷地」に建つ「一住宅=一家族システム」である。この前提に抵抗しなければならないと山本は言う。

『建築空間はインフラから自由になれない。だからこそ、設計者は既存のインフラ・システムに対する提案と共に考える。新たなインフラについて提案する義務がある。建築空間はそこに登場する登場人物たちを表象としてしか扱うことができない。だからこそ、逆に画一化された登場人物を変換することが可能なのである。施設の内側で閉じてしまっている標準化されたbehaviorを外側に開くことが可能なのである。「建築空間」が「表象の空間」だからこそ可能なのである』

ここには建築家にとっては制約でしかない「施設性」を逆手に取った創造的な提案がある。ここには僕がなぜ住宅を都市空間(インフラ)へ開くべきだと考えるのか、あるいはなぜ大学での活動をグラスボック化し社会に開こうとするのかという疑問に対する明確な回答が凝縮されている。これは現代にふさわしい新しい建築計画学の提案だといってもよい。山本の問いかけは現代の建築の社会性と可能性に新たな光を投げかけていると思う。」

難波さん、好意的な批評ありがとうございます。
「施設化」は今の私たちの社会が持っている'宿痾'である。そのような意味のことを書いた。「今の私たちの社会」というのは官僚制統治社会である。そこではあらゆる空間はその官僚制的セクトによって管理される空間である。そのように管理された空間を「施設」と呼んだのである。つまり、今の官僚制統治社会においては、原理的に建築空間は「施設」としてしかつくられない。そしてその「施設」においては、その利用者たちは一定のbehavior(作法)に意識的、無意識的にしたがわざるをえない。そのbehavior(作法)が極めて画一的なのである。「施設」においては画一的な作法が誘導されているのである。「施設」によって画一的なbehaviorが刷り込まれるのである。というような話をした。
ハンナ・アレントは、behaviorは「活動」(action)の画一化だと考えた。自由な「活動」を阻害するものだという認識である。「画一主義は社会に固有のものであり、それが生まれたのは、人間関係の主要な様式として、behaviorが「活動」(action)に取って代わったためである。」(「人間の条件」p65)「社会」とアレントがいうのは私的に管理された官僚制統治社会のことである。「社会」に対するアレントの解釈は目から鱗だけど、でも、behaviorはアレントの言うように私的に管理された「社会」においてのみ顕著になるような態度なのか。このbehaviorの解釈については、ぼくの解釈はアレントの解釈とはちょっと違う。
アレントによれば「世界」は人工物によってできている。そして人間はその「世界」の住人である。「世界」の内側にいる。「世界」の内側にいる限り、私たちはその「世界」の命ずるbehavior(作法)に従わざるを得ないのではないのか。もちろん、同時にその「世界」に対して自覚的(主体的)に関与することはできるけど、その関与の仕方もまた、何らかのbehaviorと共にある。「世界」の内にある私たちのそれは宿命なのではないのか。そうあらざるを得ないのではないのか。私たちの「活動」(action)が他者に対して開かれているとしたら、私たちは常に、その他者と共に「世界」の内側にいてその内側において、個々の「活動」(action)は他者に対して開かれているのではないのか。このあたりの論述はアレントにおいてもやや曖昧であるように思う。分かりにくい。

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December 18, 2010 11:27 AM | Category: 山本

山本です。シリーズ2。宮台・大澤対談

INAX出版の高田さんから本を送ってもらった。大澤真幸と宮台真司の対談本である。「『正義』について論じます」、NHKの放送で有名になったマイケル・サンデルの本に似たタイトルである。社会学の用語なのかマーケティングの用語なのか私には良くわからない言葉がちりばめられていて、すごく読みにくい。それでもなんとか私なりに理解したことがある。「共同体とは社会学でいう自律的(自己決定的)かつ自立的な中間集団です。家族親族集団でも地域集団でも宗教集団でも構いません」(宮台)。個人を超える中間集団が自律的、自立的であったとしたら、その中間集団と個人とはどのような関係になるのか、他の中間集団とは相互にどのような関係になるのか。それが中心的なテーマである。このテーマは建築家にとっても極めて現実的である。建築家たちは家族という自律的・自立的単位がさらに集合するとどういうことになるのか、それが分からなくて長い間悩んできたからである。でも、よく考えてみると分かるけど、これはかなり奇妙な悩みで、家族を自律的・自立的な単位だと思い込んで、それを前提にした住宅をつくっちゃったのが当の建築家たちだったのではなかったか。家族は実は自立的・自律的単位ではあり得ないはずなのに、供給する側の都合で勝手にそう仮定しておいて、勝手に悩んだだけである。それをそれは今まで話をしてきたとおりである。
中間集団(あるいは共同体)も同じである。自律的・自立的ではあり得ない。自律的・自立的だと考えてしまうから、その中間集団相互の関係が説明つかなくなってしまうのである。「ご存じのようにデュルケムは共同体同士の相克を調停する存在として国家の存在意義を認めます。この思考は弱点が二つある。一つは国家なるものの恣意性。(中略)もう一つは国家と国家の相克」宮台さんが何を言っているのかというと、中間集団が自立的・自律的単位であると仮定することによって、国家という虚構を呼び出すことができる。あるいは呼び出さざるを得ない。そういうことらしい。
でも、これは二重に矛盾しているように私には思える。家族という自立的・自律的最小単位を保存したまま、その家族によって構成される中間集団が自立的・自律的単位であるということは理論として成り立たないように思うのである。どちらか一方の自立性・自律性を解体させない限り成り立たない。近代社会は家族の自立的・自律的単位を保存させて、中間集団を解体させる方向に向かった、それも今まで話をしてきたことである。(二重に矛盾しているという意味は、中間集団はもともと自立的・自律的単位ではないのではないのかということが一つ。もし自立的・自律的単位であるなら、その内側の家族はその自立性・自立性を解体させられるはずだということがもう一つ)そこで何が起きたかというと、解体された中間集団が国家(官僚制的国家)の従属組織(業者)になってしまったということである。そして、家族は国家(官僚制的統治システム)に見合うように徹底して標準化・均質化させられたということである。
大澤さんと宮台さんの対話を読んでいて気になることがあった。空間のイメージがない。たとえば対話でも話題になっていた客家ネットワーク、たしかに国家を超えたネットワークになっているのかも知れない。でも何故そのようなネットワーク、世代から世代へ伝達することが可能であるようなネットワークが実現できたのか。それはその居住システムにある。住宅のつくられ方に秘密がある。
客家の住宅は建築家にはよく知られているけど、円形あるいは方形の中庭を囲む形式の集合住宅である。つまりドーナッツあるいは四角いドーナッツのような形である。周辺に対して城壁のような外観を持っている。4層構造である。中庭側にぐるっと片廊下(走馬廊)が巡って各部屋を結びつけている。一つのドーナッツは縦方向に分割されて一つの家族がその縦に分割された4層分をシェアする。1階:厨房、2階:穀倉、3,4階が居室。そうすると何が起きるかというと、3階のドーナッツは横方向に異なる家族の親世代が連続するわけである。同様に4階は子供世代がシェアする。それぞれの世代が片廊下(走馬廊)で結びつけられているわけである。(この話は東大生研の藤井明さんに聞いた。驚いたことに四階の屋根裏は棺桶倉庫になっているのだそうだ。ここで生まれてここで死んで行く、その準備ができているわけである。)各家族は縦方向に一つの家族であると同時に、横方向では同一世代が並んでいる、ということになるわけである。つまり、水平方向には世代間のネットワーク、そして鉛直方向には家族の関係、その二つの関係が同時に実現できるような住宅の構成になっている。一つの世代から次の世代に繋ぐシステムが住宅のシステムそのものになっているのである。逆だ、住宅のシステムがそうした客家の世代間ネットワークをつくり出しているのである。
私たち建築家は空間と共に社会集団を考えることになれているけど、恐らく、社会学者や政治学者や経済学者たちは、そうした具体的な空間を抽象化してしまうのだと思う。抽象化しないと理論として成り立たない、そう考えていないか。そこに落とし穴は無いのだろうか。とても不安に思うことなのである。
それに関して実は宮台さんが的確に言っている。「近代社会学は(中略)一九世紀末から二〇世紀初頭にかけて立ち上がった。共通のモチーフは『複雑性の縮減』だったと断言します」(「正義について論じます」11p)「複雑性の縮減」は具体的な空間の抽象化だった。実は建築の業界でも全く同じことが、全く同じ時代に起きたのだ!

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December 21, 2010 11:43 PM | Category: 山本

山本です。シリーズ2.世代の継承

世代から世代へ受け継がれるための条件は何か。それは単に生殖の問題でもないし、家族の内側の問題でもない。地域社会の問題でもあるのだと思う。地域社会というのは中間集団のその空間的な役割(仕組み)を指している。
60年代、70年代に供給された公共住宅は今や老朽化して、そこに住む人たちも老朽化して、限界集落のようになってしまっている。横浜市のいくつかの市営住宅、あるいは公団住宅が同じように高齢者問題、老朽化問題に直面している。住んでいる人たちは高齢化して、次の世代の若い人たちは出て行ってしまって、空き部屋も目立って、歯抜け状態になってしまっているのである。でもその高齢者たちを追い出すわけにもいかないから、簡単に壊すわけにもいかない。世代間の引き継ぎなんか全く考えずにつくってしまったからである。同じような20歳代30歳代の若い夫婦ばかりが大量に住み始めて、そのまま同じような時期に子供をつくって、年をとって、同じように高齢化した結果である。「客家」の住宅のような異なる世代が共同的に住むということを全く考えなかったからである。ほとんど同じ標準住宅だけを大量に供給してきたからである。
「世代的な連続性の重要性について語り始めると、必然的に語り手自身の立場が問われてくるし、規範的な匂いを帯びるからです(東浩紀)」(「東京から考える」東浩紀・北田暁大)だから東さんは世代の連続性につていて語ることを躊躇するという。でも、それは違うように思う。世代の連続性は「語り手自身の立場」の問題でもないし、国家の問題でもない。国家の問題と唐突に言うのは、この東さんの発言を受けて、北田さんが次のように答えたからである。「子供をつくらないという選択を選択として受け入れることのできる人は、理念的にネイションを脱構築できてしまえるんだけど、子供がいて世代の接続可能性みたいなものを考えざるを得ない人は、どうしても「個と社会」の二項図式に収まらない領域を想定してしまう・・‥。もちろん、子供を持つとネイション指向性が高まるというように、子供の有無とネイションへの指向性が高まるというように、子供の有無とネイションへの指向性をキレイに対応させるわけにはいきません。だけど、子供あるなしにかかわらず、世代的継承のことを真剣に考える人であればあるほど、肯定的であれ否定的であれ、ネイションについて考える、ということはあるかもしれません。」
そうかなあ、と思う。世代的継承は子供のあるなしという問題でもないしネイションの問題でもない、とぼくは思う。
こんなことを言うと笑われるかも知れないけど、でも断言するけど、具体的な空間の問題なのである。アレントに従うなら「世界」」の問題である。「人工物によってつくられる世界」の問題なのだと思う。「個人個人の一生よりも遙かに長い時間そこにとどまってある世界」の内で世代は交代するのである。「「世界」」が世代継承の培養装置なのである。「世界」とは、つまり、私たちが住んでいる住宅であり、その住宅を含む地域社会という具体的な空間である。それが国家の問題であるかのように見えるのは、地域社会という中間集団を国家の側が徹底して破壊したからである。国家といっているのは、官僚制的統治社会のことを指してそういっている。彼らは「世界」を壊したのである。なんだか言うことがだんだん大袈裟になってきた。

| Posted: Riken Yamamoto

January 9, 2011 11:21 AM | Category: 山本

山本です。シリーズ2.近代とは「世界」の抽象化である

「『近代社会学は(中略)一九世紀末から二〇世紀初頭にかけて立ち上がった。共通のモチーフは『複雑性の縮減』だったと断言します』(「正義について論じます」11p)「複雑性の縮減」は具体的な空間の抽象化だった。実は建築の業界でも全く同じことが、全く同じ時代に起きたのだ!」
と書いたのは12月18日である。この「複雑性の縮減」という理念は社会学においてのみではなくて、近代の理念そのものである。近代化へのプロセスというのはその「複雑性の縮減」が目的化されるプロセスであった。それを鷲田清一は「《純粋》へのパトス」と呼ぶ。この話は前にも述べたような気がするけど。「複雑性の縮減」は裏返せば「純粋さ」への情熱である。
近代建築の黎明期、たとえばミースに代表される建築家たちは、一九世紀的な様式建築に対して、いかにしたらその様式主義から自由になれるか、それを考えた。スティールやコンクリートという新しい素材と共に、それまでの歴史的な記憶がたっぷり埋め込まれた石や煉瓦のような素材、あるいは歴史様式から全く自由に、そうした素材や歴史様式などのような"不純なものたち"に拘束されることなく、建築の問題を純粋にその「形(form)」の問題として考える。新しい素材と共にどのような新しい形(form)が可能か、それだけに専念することは、むしろかつての古い建築に対する考え方に対する反撃でもあったわけである。同時にそれは建築の問題をその外側(不純なものたち)との関係に関わることなく、考えることができるという新しい考え方の獲得であった。建築を純粋に新しい形(form)の問題だと考えるのである。それは"純粋な形"とは何かという今までとは全く違う問題の出来につながるのである。
「《純粋》への指向、それは、二十世紀の最初の四半世紀に出現した、《純粋主義(ピューリズム)》と総称される学問や芸術運動の一つの大きな波をさしている。」(「指向のエシックス」鷲田清一p31)純粋音楽、純粋詩、純粋絵画、純粋法学等、この時代の様々な学問領域におけるピューリズムの同時多発は、正にそれが時代精神そのものだったからである。「複雑性の縮減」=「純粋へのパトス」が時代精神だったのである。それは建築の形の問題と同様に、純粋な音楽とは何か、純粋な詩とは何か、純粋な法律とは何か、という問いかけだったのだと思う。
社会学における「複雑性の縮減」は具体的な空間つまり「人工物によってできている『世界』」の抽象化である。社会学だけではない。建築の業界でも、具体的な空間をいかに抽象化するか、それが課題になっていったのである。「近代社会学は、一九世紀末から二〇世紀初頭にかけて立ち上がった」(p11「正義について論じます」)それは近代建築の黎明期にぴったり重なるのである。
「人間の条件」を読んで解読している内に、今までばらばらな断片であったものが相互につながり始めた。アレントこそモダンからポストモダンへの分水嶺なのだと改めて実感している。アレントの思想を一言で言えば、「世界」を抽象化することへの徹底した批判である。

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January 10, 2011 12:39 PM | Category: 山本

山本です、シリーズ2。朝日新聞の記事

朝日新聞、2011/01/9の記事「くらし考」に、「地域社会圏」の話が紹介されている。長沢美津子さんという朝日新聞の記者の方が書いてくれた。短い原稿なのに非常に分かり易く書かれている。読んでください。そこに「地域社会圏モデル」を今年の春までに発表すると書かれてしまった。一応、3月いっぱいまでにまとめる予定だけど、まだ関内地区、鶴見地区とも建築の形に説得力がないように思う。

建築については以下の項目について再考したい。

①住み方のプログラム:特に関内地区はもっと遙かに高密度でもいいのではないかと思う。中層高密度にすることでかなり安い家賃で入居することができる。
②賃貸の形式:「容積貸し」の話をしているけど、単純に眠るだけの場所は極小でいいのではないのか。シェアハウスのような形式であるとしても、寝室が極小であるとしたら、共有の場所はどう設計できるのか。
③ストラクチャーのイメージ:PCのシステムについてもう少し考えたい。コンテナ・サイズを採用するとしたら流通・運搬システムはかなり整備されているはずなので、特に横浜ならかなり有効なのではないのか。
④周辺環境との関係:この「地域社会圏」ができることによってそれは周辺環境に対してどのように貢献するのか。
⑤高齢者、子供、要介護者:自立できない人たちはどこにどう住むのか。
⑥reproduction:再生産というのはへんてこな言葉だけど(マルクス主義以降の言葉?)、これは直訳すれば生殖、人口を持続的に維持するためにはreproductionのための場所が必要だとしても、それはどこにあればいいのか。「地域社会圏」の内側なのか外側なのか。住宅は一方でreproductionの場所として重要だった、というよりも住宅こそreproductionのための場所だったわけだから、この話は「地域社会圏」でもかなり重要課題だと思う。
というようなことを考えつつ、建築についてもう一度整理したい。

| Posted: Riken Yamamoto

January 29, 2011 9:01 PM | Category: 山本

山本です、シリーズ2。情報管理会社での講演

KDDIでに行ってきた。「地域社会圏」の話をしてきた。四百人を単位とする「地域社会圏」の中でITはどのように活躍できるのかということがテーマである。情報を内線化するということは十分に可能であるということだった。「1住宅=1家族」を基礎単位とするのではなく、四百人を基礎単位とすることで情報を選択的に共有できる。たとえば日産自動車は一台の車を徹底的に情報管理している。どこかが故障したらどこが悪いのか運転席のモニターからたちどころにチェックすることができる。あるいはハイブリッド車だったとしたらモーターとエンジンとを効率よく動かすことで省エネを実現している。車一台が一つのプラットフォームなのである。「1住宅=1家族」もまた一つのプラットフォームである。エネルギーの供給もケアも経済もこの「1住宅=1家族」を基本単位として成り立っているわけである。
「地域社会圏」を一つのプラットフォームと考える。ITはそのプラットフォームを最も効率よく運営するためのテクノロジーになり得ると思う。今、多くの情報産業は「1住宅=1家族」を前提にしている。四百人を単位とするような情報システムを是非考えてくださいという問いかけにかなり興味を示していたけど、実際にもう少し「地域社会圏モデル」がまとまってきたら是非相談に乗ってもらおうと思う。

| Posted: Riken Yamamoto

January 29, 2011 9:05 PM | Category: 山本

山本です、シリーズ2。自動車会社での講演

自動車生産会社で講演してきた。これからのEVはどうなるだろうかというシンポジウムである。
「地域社会圏」の話をした。二〇世紀初頭に国家運営のシステムとして「1住宅=1家族」というシステムが発明されたこととモータリゼーションは実は一体的なのである。そういう話をした。どういうことかというと、「1住宅=1家族」による住宅の供給の仕方は、ゾーンニング理論をその背景に持っている。1933年の第四回CIAM会議のテーマは機能的都市である。住むための場所、働く場所、リクリエーションのための場所、伝統的地区、そしてそれらを結ぶ交通、という都市の構図である。「アテネ宣言」と呼ばれている。近代都市のいわゆる"ゾーンニング"である。住居地区、商業地区、工業地区、歴史的保存地区というゾーンによって都市を分割して、そのゾーン毎に特化する。そしてそれを交通によって再統合するという方法である。住居地区につくられる住宅の典型が「1住宅=1家族」である。そしてそれは二〇世紀初頭の重工業時代の工業地区からできるだけ離れた場所につくられる。つまりゾーンニングされた都市を潤滑させるために交通が極めて重要なファクターになったのである。
T型フォードの量産化システムが始まったのは1913年。ナチが政権を取ったのが1933年である。1933年は既にモータリゼーションが加速しようとしている時代である。ナチはアウトバーンつくりフォルクワーゲンをつくった。一方で劣性遺伝子を排除する優生法をつくったのがやはり33年である。都市のゾーンニングとモータリゼーションと優生法この相互にあまり脈絡のない出来事は、実はその後の、という意味は、1950年代以降の都市の構図に決定的な影響を与えたのである。
優生法と国民の標準化、それと「1住宅=1家族」が家族の標準化に果たした役割については何度か話しているから繰り返さないけど、その標準化に対しては交通とモータリゼーションが重要な役割を果たしたということをこのシンポジウムでは言いたかったのである。
標準化・画一化は近代建築の特質である。その標準化・画一化のことを「施設化」と言ったけど、施設化は英語で言えば"institutionalization"である。交通インフラと交通機関は"motorization"である。"insutitutionalization"と"motorization"は相互に補完しあっているのである。そういう話をした。ということは、"motorization"は"institutionalization"に貢献しているわけである。つまり管理社会をつくることに極めて重要な働きをしているわけである。施設を管理(insutitutionalization)して交通網と交通手段を管理(motorization)する、これこそ見えない管理の究極のモデルである。
そこでEVである。単にガソリンエンジンから電気モーターへ、というエネルギー消費システムの違いというだけではないと思う。EVは今までとは違うインフラとの組み合わせ、今までとは違うインフラを要請する可能性が十分にあると思う。つまり「地域社会圏」の中では新しいEVは必須アイテムである。「地域社会圏」内の交通システムはEV以外に考えられないだろうし、それによって「地域社会圏」そのものの考え方が変わるだろうと思う。たとえばアムステルダムでは自転車専用レーンは当たり前で、そのインフラと共に自転車という乗り物が考えられている。それでは「地域社会圏」の中でEVのためのインフラはどうすべきなのか。ひょっとしたら屋根がかかっていた方がいいのかも知れな、屋根にはエネルギー源と照明などが組み込まれていてもいいなあなどと考えた。それならEVの側はそれほど重武装はいらない。二人乗り、屋根なし、ヘッドライトなし。インフラ側で準備する装備と車両側で準備するものとを再配分するわけである。
スタッキングできるような軽車両が考えられないか。様々な場所に乗り捨てられて、それを飛行場内のキャリアーのように再収集して地域内のステーションまでもって来る。
2月2日、山中俊治さんに会う。相談してみよう。

| Posted: Riken Yamamoto

January 30, 2011 4:34 PM | Category: 山本

山本です。"behavior"

ハンナ・アレントは近代社会の"behavior"を徹底的に批判する。それは自由な「活動」(action)を奪うものである。「人間の条件」のp64からp70あたりまでの記述には近代社会がどのような性格をもっていて、何故そのような近代社会が実現したのか実に明快に述べられいる。この解釈はすごいと思う。そしてその近代社会を説明するキーワードが"behavior"である。
たしかにアレントが経験した20年代からの近現代社会は徹底した標準化の時代である。人間の標準化である。それは近代建築の時代とぴったり重なるからアレントの言うことは実感としてわれわれ建築家にもわかる。ミース、ヒルベルザイマー、ハンネス・マイヤーの時代である。標準化は建築空間の標準化であった。その建築空間は標準化された"behavior"を誘導するようにつくられたのである。標準化された"behavior"をアレントは徹底的に攻撃する。でも"behavior"は近代社会のみに固有の概念ではなくて、その時代、その地域ごとに常に人間行動を制約する。常に私たちはそうした"behavior"の枠組みの内側にいるのである。
"behavior"という「枠組みがたまたま一八世紀の半封建制社会の実質的な身分であるのか、一九世紀の階級社会における肩書きであるのか、今日の大衆社会おける単なる機能であるのかということはどうでもよい」(「人間の条件」p64)とアレントは言っている。問題は近代社会の"behavior"なのである。「大衆社会の出現とともに、社会的なるものの領域は、数世紀の発展の後に、大いに拡大された。そして、今や、社会的領域は、一定の共同体の成員をすべて、平等に、かつ、平等の力で、抱擁し、統制するに至っている。しかも社会はどんな環境のもとでも均質化する。」(「人間の条件」p64)つまり社会的行動の標準化(normalization)である。アレント流に言えば逆だ。標準化された行動が社会的行動なのである。既に述べたけど、「社会」とはアレントの解釈によれば私的に統治された統治社会のことである。家族が家父長制によって私的に統治(管理)されているように社会はその家族の模写として現れたのである。その政治的な仕組みが官僚制である。官僚制においては政治と社会とが一体化してしまっている。それがアレントにおける「社会」の解釈である。単純にいえば今の官僚制的に統治された私たちの生活環境が「社会」である。その社会は徹底的に画一化・標準化された社会である。
「地域社会圏」はそうした標準化にどのように抵抗するか、どのように反撃するかその試みである。少しずつだけど考え方がまとまりつつあるように思う。近代社会的な"behavior"ではなくて、「地域社会圏」に固有の新たな"behavior"をつくる。

| Posted: Riken Yamamoto

February 6, 2011 8:38 AM | Category: 山本

山本です。「地域社会圏モデル・本編」

「地域社会圏」の中の"behavior"はどのようなものなのか。従来までの「1住宅=1家族」の"behavior"とは全く違ったものになるはずである。それを今山本スタジオ番外編(インディペンデント・スタジオ)で話し合っている。
参加チームは、清水建設、日産自動車、UR、東京ガス、三菱地所、慶応SFC山中俊治研究室、横浜市建築局などである。「地域社会圏モデル」を話し合うには最強チームだと思う。関内地区(ほぼ1ha)、鶴見地区(ほぼ2ha)がモデルの実験の場所である。
そこにそれぞれ1000人程度が住む。
①エネルギーの供給システムは東京ガス
②交通システムは日産自動車および山中研究室
③建築は山本スタジオおよび清水建設
④供給システムは三菱地所、UR、横浜市
その他介護のシステムや共同居住のシステムや地域内経済等々同時に話し合っている。2月28日にプロジェクト会議、それまでに住み方、建築の作り方、交通システムはなんとかまとめたい。
建築はどうしたらローコストが実現できるか。それが最大の課題である。今、考えているはコンテナのようなプレハブ化された構造システム、流通システムを持った素材である。できれば今のたとえばマンションの単価の7割程度でできないか。今のワンルームの家賃が6〜7万円だとしたら、4〜5万円/一ヶ月で借りられる。平米単価ではなくて立米単価で計算する。天井高の高いところを借りれば小さな床面積でも複数人のベッドが装備できるとか。トイレは共有、風呂はコジェネの熱利用によるスパ(ランドリーサービス)、キッチンは賄いレストランなど、住み方と一緒に建築の架構システムを考える。設計助手の仲、末光がそれぞれ鶴見地区、関内地区を担当している。
交通に関してはこの前、日産自動車で講演してきたけど、それと同じ話である。インフラと共に考える。小さな軽車両( local vehicl)LVとそのLVが通る道(LV lane)とを一緒にデザインする。そうするとLVに装備される様々な装置類はLV側で負担するのか、それともLV lane側で負担するべきなのか、その仕分けが重要になる。つまり安全基準をLV lane側で分担できればLV本体側の負担が少なくなって、より軽量化される可能性があるわけである。複数人が乗れること、スタッキングできること、そのLVを運ぶ運送システムも一緒にかんがえる(飛行場のキャリヤーはスタッキングできてどこでも乗り捨て自由で、それをもとの場所に移動する移動システムが完備されている)。そういうことを山中研究室、日産自動車に依頼したい。

| Posted: Riken Yamamoto

February 8, 2011 11:54 AM | Category: 山本

山本です。ローコスト賃貸住宅をどうつくるか、どのように住むか

構造の佐藤淳さんと清水建設の神作さん、坂巻さん、坂巻さんは長い現場経験がある。それと構造担当の斉藤さん、四人の方々にRY事務所にいらしていただいて話をした。工法の工夫、建て方の工夫、鋼材の流通システムの工夫、住み方の工夫をすることによって建設コストを劇的に下げられないか、という打ち合わせである。いくつかわかったことがある。まず、運送。4トン車で運ぶ、それ以上になると運送経費が一気にあがる。クレーンは50トンの吊り上げ能力を持った一般的なラフタークレーンを使うとすると、アームの長さを考えて、実質的な吊り上げ加重は2トン以下が望ましい。足場をつくらない工法を考える。部材のリサイクルを考える。などということを積み重ねて行くと、コンテナサイズがかなり適しているように思う。2.4メートル×2.4メートル×2.6(h)メートルというサイズである。このサイズをモデュールとして建築を組み立てることにする。鶴見地区、関内地区とも同一のモデュールである。
そのサイズを1ユニットとしたときにどのような住み方が提案できるか。ベッドを一つ置いてちょっと収納をつくっただけでいっぱいになる程度の面積である。でもそれを容積単位で賃貸することにする。つまり床面積二倍で借りてもいいし、天井高が二倍でもいい。その人の住み方次第で自由に容積借りができる。シャワー、トイレ、ミニキッチンは共有。多分三人程度で一つのシャワー、一つのトイレ、一つのミニキッチンを共有することにする。つまり、2.4メートル×2.4メートル×2.6(h)メートル≒15立米、15立米の9倍が135立米、この135立米に3人程度が住む。これを3で割ると一人あたり45立米。ワンルーム・マンションの床面積がほぼ25平米、階高2.8メートルとすると70立米。つまり理論上はワンルームマンションの6.4割程度(45立米/70立米)の家賃で借りられるわけである。その上建設コストが2割程度安くなれば、今までのワンルームマンションに比較して家賃はほぼ半額になる。2人、3人、4人が申し合わせて一緒に住んでもいいし、1人で住んでもいい。「一人でも打てます」という雀荘があるけど、まあ、そんなもんである。ルールは守ってもらう。つまり同じ"behavior"を共有するわけである。
今、仲さん、末光さんを中心にしてY-GSA一年生たちと話をしながらつくっている。一階、二階はかなり共有性、公共性の強い施設である。レストラン、保育園、学校、高齢者施設、等である。
いくつか問題がある。子供はどうする。子育てである。子育てのためには家族という集団がかなり良くできていると思う。子供が中学校を卒業するくらいまでの間は家族的な共同体システムがいいように思うし、そのためのユニットが必要かも知れない。でもそのユニットは「ドラゴン・リリーさんの家」のように外に対してかなりオープンであった方がいい。でもそれも永続的である必要はない。子供の手がかからなくなったら、15立米のユニットをいくつか借りて住んでもいいわけである。
高齢者のための住まいは施設化された方がいいようにも思う。でもその施設化の担い手はこの「地域社会圏」の中に住む住人である。
この「地域社会圏」の住人は何らかの負荷(責任)を負っている。「地域社会圏」に貢献するボランティアとしての負荷である。もちろん対価はもらえる。時給600円程度かな?このあたりの地域経済については横浜国大の松行先生、横浜総研に相談に乗ってもらっている。14日に打ち合わせをする予定ですが、松行さん、宜しくお願いします。15日はSFCの人たちとLV(Local Vehicle)の打ち合わせ。

| Posted: Riken Yamamoto

February 17, 2011 11:46 PM | Category: 山本

山本です。公的領域と私的領域

アレントのいう「世界」と公的領域とはどのように関係しているのか。
公的領域と私的領域は「ポリスの領域」と「家族の領域」とにそれぞれ対応している。「世界」は公的領域と私的領域によって構成されている。何故私的領域が必要か。ポリスの人々が何故家族の生活を必要としたか。それは「家をもたなければ、人は、自分自身の場所を世界の中にもつことができず、そうなれば、世界の問題に参加することができないからであった。」(p51)でも、こういうところがアレントは分かりにくい。もし「世界」の内側で「活動」(action)の自由を求めようとしたら公的領域(ポリスの領域)だけで十分である。そこでこそ自由が獲得できるのだから。それにもかかわらず何故家族の領域が必要なのか。この文章のちょっと前にアレントはこう書いている。「歴史的に見ると、都市国家と公的領域の勃興は、家族の私的領域を犠牲にして起こったように思える。しかし、炉に対する古くからの神聖視は、ギリシャでは、たしかに古代ローマほどではなかったが、全くなかったわけではない。ポリスが市民の私生活に侵入するのを防ぎ、それぞれの財産を取り囲む境界を神聖なものとして保持していたのは、私たちが理解するような私有財産への敬意のためではない。」そうではなくて、家族という領域とポリスという領域が混在しないようにするためであった。私的領域は「世界」の中にあって、それでも徹底的に公的領域から排除されているのである。この公的であることを"deprived"された(剥奪された)場所が家族の領域(私的領域)なのである。この両者の関係こそが「世界」をつくっているといっていい。「世界」は"deprived"な領域を必要としているのである。「privacyのdeprivativeな特徴、すなわち物事の欠如を示す特徴は極めて重要であった」(p60)privacyとは公的領域から排除されているという意味だったのである。
そうだったのか、これはちょっとした驚きである。いや、ぼくにとってはという意味だけど。集落の調査をしていると分かるんだけれども、必ずそこには来訪者を迎えるための場所が用意されている。その場所をぼくは「閾」と呼んでいるけど、「閾」は住宅毎につくられる場合もあるし、一つの集落に一つの「閾」ということもある。なぜ「閾」が必要かというと公的領域が家族の領域(私生活の領域)にまで侵入しないようにするためである。公的領域と私的領域とではそこでの"behavior"が全く違うからである。一方はアレントのいう政治的な領域であり一方は生命活動のための領域である。そこでどう振る舞うかどのように"behave"するか、それが公的領域と私的領域とでは全く異なるからである。「閾」は公的領域である。公的"behavior"のための場所である。その奥の家族の領域が私的領域なのである。どのような住宅もあるいは住宅の集合もこうした二つの領域を持っている。「世界」はこの二つの領域によって構成されているわけである。

混在すると何故困るのか。「個体の維持と種の生命の生存のために他者の同伴を必要とする」とアレントはいうけど、その他者というのを言い換えれば、家事をしたり育児をしたり料理をつくったりという役割のための他者のことである。古代ギリシャでは奴隷の役割であった。そして性的な関係としての他者である。家族の領域は個体の維持と種の生命の生存のために必要なのである。私的領域である。それは政治的領域とは一切関係がない。

近代社会というのはその公的領域が極限まで私的領域に浸食された社会である。アレントはそういう。たしかに今の「世界」は家族の領域と官僚制的に私的に占有された社会的領域との二つの領域によって構成されている。家族という私的領域と官僚制という私的領域(これをアレントは社会と呼ぶ)によって構成されているのである。「建築空間の施設化」でこの話は既にした。これは古代ギリシャの私的領域と公的領域によって構成されている「世界」とは全く異なる「世界」である。

| Posted: Riken Yamamoto

February 20, 2011 11:02 AM | Category: 山本

山本です。LVの仕様

昨日、19日、Y-GSAで慶応SFCの山中研究室、日産自動車総研の巌さん、白土さん、橋本さんたちと打ち合わせをした。LV(Local Vehicle)をどのような仕様にするべきかというワークショップである。慶応から出てきたアイデアは一人乗りのスツールのようなLVである。ちょっと腰掛けて走る。後ろからさらにミニスツールがついてくる。荷物を運んだり子供を乗せるためのミニスツールである。センサーでコントロールされて自動的に後ろからついてくる。でも、基本は一人乗りである。
基本を二人乗りにできないかと思った。子供を連れて買い物に行って、トイレット・ペーパー12個セットを買って、大根買って、魚を買って、などという行動を日常的にやっている主婦や主夫にとってちょっとスーパーまで行くという、たったそれだけのことが大仕事なのである。「地域社会圏」のLVはまずそれを解決したい。つまりLVの条件は子供を一人あるいは二人乗せられる。トイレット・ペーパー12個セットを買ってこられる。半径1キロ程度を往復できる。それが集合住宅であったとしても自宅の目の前まで上ってこられる。スーパーの中まで入って行ける。
そういう話をしていたら、巌さんが実際の試作モデルを見せてくれた。Y-GSAまでわざわざ持ってきてくれたのである。"自走パイプ椅子"だった。ただのパイプ椅子に動力を取り付けて走る。それだけ。それだけなのだけれども、おおきな可能性があると思った。この椅子の前に買い物かごをつけて、あるいは子供用の椅子をつけたらこれで行けるんじゃないかと思ったのである。山中さんがすぐに反応した。近くにあった椅子を自走パイプ椅子の前に置いた。前向きにおけばたとえば要介護の人を乗せられる。パイプ椅子と向かい合うように置けばベビーシートになる。前に座った人が邪魔なら、立って操縦すればいい。立つ、座る、中腰、三種類の座り方を選ぶことができる。前向き横向き、何枚かの写真を撮っていったから次のスケッチは28日の中締め打ち合わせに間に合わせてくれると思う。楽しみだなあ。
3階までこのLVが上っていけるとしたら、どの程度の勾配までだったら、LV側で対応できるのかという話になった。1/10程度が限界ではないかということだった。でもちょっとインフラ側でサポートすれば1/6程度でも可能だと思う。例えばスロープ部分は自動運転にして、登坂時最適トルクを自動的にLV側で選ぶようにする。つまりゆっくり登る。何らかの手当をインフラ側で考えることにして、とりあえず1/6勾配で行こう。
もう一つ話題になったのが"behavior"である。この「地域社会圏」の"behavior"と共に安全性を担保する。日本中どこでもどんな道路でもこのLVが可能という、そういう意味での安全性はいらない。この「地域社会圏」の中で、LV laneの上だけを動くわけだから、その安全性はわれわれ自身でそのマニュアルを決めればいい。現実の道交法だとかはとりあえず無視。

| Posted: Riken Yamamoto

March 3, 2011 11:21 PM | Category: 山本

山本です。中締め。

2月28日、「地域社会圏モデル」のとりあえず中締め。Y-GSA一年生を中心に、とにかくがんばった。1/50スケールのモデルがすごくいい。単純な2.4メートルのもデュールがこれほどまでに多様な表現になるとは思わなかった。もっと見てほしかったと真鍋が言っていたけど、その通りだ。もうちょっとぼくが模型で説明するべきだったなあとちょっと反省している。でも多くの参加者からは極めて好評だったと思う。「地域社会圏」という意味が分かったと、三菱地所の森田さんが言っていた。そう、これは三菱地所の新商品になる可能性を持っているはずなのである。
SFC山中研究室からの提案は基本的に個人モバイルである。その個人モバイルにアタッチメントのようなちびモバイルを接続することで、one plus one のモバイルになるというアイデアである。とてもスマート。スマートなんだけど、ちょっと気になるのは個人モバイルだということである。「地域社会圏」モバイルは個人ユースなのだろうか。もし自分という個体だけを移動させるだけだったら自転車でもいいし歩いたっていい。動力を使うということは、何かを運ぶからじゃないのかなあと思う。子供だったり、高齢者だったり、あるいはおおきな荷物だったり。電動車いすにしてもセグウェイにしても、個人の移動というところに特化しているのがもう一つ都市の中の移動手段にならない理由なのではないのかと思う。SFC山中研究室にはもうちょっと「何ものかを運ぶ」ことにシフトしてもらえたらと思う、というのが正直な感想。宜しくお願いします。

| Posted: Riken Yamamoto

March 14, 2011 8:07 PM | Category: 山本

山本です。東日本大震災。

お客さんと打ち合わせ中にゆっくりと揺れ出した。ゆらゆらとてもゆっくりだった。私の事務所はもと港湾倉庫だから鉛直方向の長期加重には極めて強い。最近耐震補強をしたばかりなので、地震力にも十分に耐えられるはずだと思った。倉庫であったときよりもライブロードはかなり軽い。その上、長周期の振動だったから、3階建て程度の低い建物はまあ問題ないだろうなあ、と割に冷静だった。お客さんも椅子に座ったままで冷静だった。ところが、スタッフたちは全員戸外にとび出して、気がついたらまわりに誰もいないじゃないか。声ぐらいかけてほしかったなあ。
こんなにも凶暴な津波が来るなんて誰も想像もしなかったと思う。1000年に一度というけど、それに備える等ということができるのか。
福島原発が停止したために東京周辺の交通網が壊滅的になるという今のインフラのシステムそのものに問題はないのか。
20世紀に考案された都市やインフラのシステム、あるいは共同居住のシステムそのものが壊滅的に破壊されたのだと思う。全面的に否定されたのである。
過疎地であっても、あるいは高密度地域であったとしても、低層高密住居のシステムを開発するべきだと思う。低層高密という意味はその場所によって変わる。その場所に固有の集住のシステムが開発されるべきなのである。言い過ぎは承知で言えば「地域社会圏モデル」はそのためのモデルである。1000年に一度だからやむを得ないのではなくて、今の基準の耐震耐火性能を持った共同住宅でも、そうした不測の事態に備えることは十分に可能だと思う。むしろ、今の「1住宅=1家族」システムのために個人住宅に対して十分な手当ができないことが問題なのである。「1住宅=1家族」毎に不測の事態に備えるなどというのはどだい無理なのだ。
インフラもまた「地域社会圏」毎に小さな供給システムを考えるという、今のわれわれの提案は決して間違っていないと改めて思った。大規模になったインフラほど管理が難しくなる。お金がかかる。誰が責任者なのか分からなくなる。今回の福島原発の対処の悪さは、責任の所在がはっきりしないからだと思う。多分、元請けの下請けのその下請けの下請けが沢山参加してつくっているはずである。オペレーションの方法も多分、元請けの下請けの下請けが考えているのではないのか。メモをめくりながらテレビで説明する東電の技術者(?)の説明のへたくそなこと。よく分かっていないということがすぐ分かる。責任をとりたくないという意識がみえみえじゃないか。むしろ実際に設計図書をつくった下請け(協力業者)の技術者が直接説明するべきなのではないのか。Y-GSAの学生たちにメモを見て自分の作品の説明をするなと口酸っぱく言っているけど、意味が分かったろう。分かっていないということがすぐばれる。
よく考えてみた。
今回、最大被害を被ったところは、恐らく国の成長経済のためにはノーマークだったところなのではないかと思う。多くは一次産業である。日本のGDPをあげることには大して貢献しない。福島原発はそういう場所を狙ってつくられた。国の側はその対価として公共工事をふんだんに振る舞ってきたのである。このあたりに行くと驚くけど、道路や体育館や公民館や多目的ホールが驚くほど立派なのである。それもなんだかあっちこっちにある。でも住環境はあまり立派じゃない。
東京の都心は民間ディベロッパーによる超高層マンション、民間ディベロッパーが進出しにくい場所の住環境はそのままほっておかれる、という最悪の悪純化の結果である。住宅の供給に関しては公共は民業を圧迫しない、といって住宅の供給を民間ディベロッパーに任せてしまったのは小泉政権の時である(2000年)。1000年に一度だからではなくて1980年代以降、ネオリベ的投資国家にしちゃった日本の指導者たち、投資経済学者(ギャンブラー)たちに相当の責任があると思う。

| Posted: Riken Yamamoto

March 16, 2011 8:30 AM | Category: 山本

山本です。藤末からのメール。

藤末からメールが届いた。
藤末に断りなしにこのブログ引用するのは失礼だとは思ったけど、それは謝ります。でも、少し感動したのでそのままここに載せる。

山本先生 北山先生


こんにちは。M1の藤末です。

まだ関東でも地震の影響が残っていますが、ご無事でしょうか。



今回ご連絡させていただいたのは、東日本大震災を受けて思っている事がいくつかあるからです。

まだ私たちの中でも確たるものがあるわけではないので、

まとまらない文章になってしまいますがお読みいただければ幸いです。



今回東北地方の沿岸部でいくつもの街が津波によって根こそぎ壊されてしまいました

。被災地では一日も早い復興が求めてられていることでしょう。

私たちも何かお手伝いできれば、という気持ちでいっぱいです。

しかしその一方で、建設業界が今後数年間の建設バブルに嬉々としているのだろうという事が

社会にまだ出ていない学生でも想像できてしまうのです。

(実際そうは見せていなくても・・)

"一日も早い復興"という言葉はスピード重視の画一的な再開発につながりがちです。

実際神戸においても古くからの町並みやコミュニティは阪神淡路大震災で壊れたまま

、元に戻ることはありませんでした。

これは本当の復興と言えるのか、とても疑問に思います。

それと同時に、今回の震災で崩壊しきった街が同じ状況になってしまうのではないかと大変危惧しています。

この様な問題の原因として、地域性をくみ取った計画をする人とその時間がないという事が挙げられると思います。

一からリサーチをし、スタディをし、という過程を踏んでいる場合ではないことは

被災地の状況をから一目瞭然です。

山本先生のブログにもありましたが、今がまさに地域社会圏の出番ではないのかと思うのです。

地域社会圏の考え方から復興の計画が立てられればスピード感を保ったまま

地域ごとの復興が可能になるはずです。

復興作業が始まるまでに、何か提言が出来れば良いのではないかと思います。



今私たち学生ができる事として、

まず山本先生や北山先生とそのような事について話し合いの場を設ける事が出来ないかと思っています。

山本先生の最終講義が予定されていた日時(3/18 15:30)にその機会を設けられませんでしょうか??

今まで地域社会圏にかかわった学生や横浜国大のOBにも参加を呼び掛けて、

震災からどのように復興するべきか、考える機会を頂けたらと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。



Y-GSA M1

藤末萌

伊藤孝仁

西川日満里


山本は、その時間(3/18 15:30)、もともと最終講義の時間だったわけだからY-GSAスタジオに行きます。
誰でも参加してください。



| Posted: Riken Yamamoto

March 19, 2011 9:30 PM | Category: 山本

山本です。Y-GSA生によるシンポジウム。

M1藤末の呼びかけで、昨日、Y-GSAスタジオに集まって、他大学からの学生も含めて7〜80人位の人たちと話をした。
何か今できることをしたい、というみんなの焦がれるような思いがスタジオの中に充満していた。言葉に出してもその思いは到底伝えきれない。だからとても静かだったけど、それぞれの人たちはそれぞれに十分に沸騰しているようだった。
今、何ができるのか。
話し合ったことを私なりの解釈と共に簡潔に言う。
①今の日本の統治システム・生活システムの全面改革。
今回、最大被害を受けた東北三陸海岸からいわき市から九十九里あたりまでのちょうど真ん中に福島原発がある。この福島原発が東電の電力供給の心臓部である。原発は絶対安全だと言い張ってきたくせに東京から220㎞も離れた場所につくって、これほどの事故でも放射能の被害を受けない距離がしっかり保たれている。私たちはその福島原発から電力供給を受けてふんだんに電力を消費するような生活をしてきたわけである。こうした供給環境と消費環境との関係を変える必要がある。そのためには従来のインフラとそのインフラに支えられている生活施設という考え方そのものを変える必要があるはずなのである。インフラの整備は統治の根幹である。そして生活施設は私たちの日常生活の根幹である。それを変える。という最も原則的な問題が根底にある。
②地域社会の復興
災害復興は単に住宅建築の復興ではない。壊されてしまった地域社会の復興である。津波で流されてしまった住宅には映像で見る限り、プレハブ住宅が多く含まれている。つまり多くの人は「1住宅=1家族」を自分たちの責任で完成させて自分たちで家族を守って、それを中心に生活してきたのである。自分たちで誰の援助も受けずに生活してきた人たちが最大の被害者になったのである。国家の原発に対する資金援助は莫大である。それに対してこうした生活者に対してどれだけのことをしてきたのか。ほとんど何もしてこなかったに等しい。こんな大災害に「1住宅=1家族」は全く無力である。今の行政システムが無力なのである。
復興計画は「地域社会」をつくることだと思う。かつてここにあった地域社会よりももっと強くて、もっと自由な地域社会である。それをつくる。その計画こそ私たち建築家の役割である。
③仮設住宅
仮設住宅といっても、これから3年4年、その仮設住宅に住まなくてはならない。もはや単なる仮住まいではない。単に「仮設住宅群」をつくるのではなくて、生活のための「街」をつくる。「地域社会圏」をつくる。今までY-GSA生と話をしてきたことを実現するようにつくる。
・住宅は向かい合うように配置する。
・玄関は透明ガラスにする。
・誰でもお店を開けるようにする。(うどん屋さん、修理屋さん、電気屋さん、喫茶店、居酒屋等々)これは透明な玄関と関係する。
・小さな公共施設(高齢者、子供、障碍者のための施設)とコンビニを一体化させる。ボランティア事務所を兼ねる。
・エネルギー源を同時につくる。コジェネ、ソーラーエネルギー、バイオガス、小さな水力、風力発電。その熱源を使った銭湯。ランドリー。
・「地域社会圏」の中の電動軽車両、今、日産自動車、慶応大学の山中俊治さんと一緒に考えているようなものだけど、ものや人を運べるようなアシスト付き(アシスト付きじゃなくてもいい)三輪自転車がいいと思う。
もっと他にもいろいろアイデアはあると思うけど、単に仮設住宅群ではない、生活のための場所だということが重要である。
④私たち自身の生活習慣
隣の人と挨拶するような生活が日常の中にあるからこそ、彼らはこれほどの災害のあとをなんとかしのいでいるように見える。国家は手をこまねいている。これほどの非常事態にあって、国民に語りかける言葉がない。未来への希望が聞こえない。長い時間をかけて培ってきた地域社会の力がそれを救っているのである。
私たち自身の日常を変える。遠くのインフラでつくられたエネルギーを浪費するような日常の生活を見直す。相互に助け合うような生活を建築と共に考える。

| Posted: Riken Yamamoto

March 22, 2011 7:05 PM | Category: 山本

山本です。美意識。

今、事務所の窓から見る横浜港周辺の景色がとてもいい。向かいの「ワールドポーターズ」はいつもの派手な電飾が一切消えて、色温度の低い白熱灯の色だけがやけに黄色っぽく優しく見える。まわりの街灯と一緒に運河に写る照明が、小雨の中で余計にしっとり見える。ヨーロッパの港町にいるような、落ち着いた風景なのである。観覧車は時計の照明だけが見える。いつものギタギタ観覧車から単なる巨大置き時計になってしまった。これからもこれでいいと思う。横浜市は少なくとも港の周辺の照明計画を見直すべきなのである。省エネ照明計画と一緒に、景観に対する考え方を一転させるべきだと思う。今までのわれわれの景観に対する感覚が狂っていたということが、この震災を契機にして本当に良くわかった。照明計画だけではなくて、景観をヨドバシカメラ的広告宣伝最優先景観から、私たちの日常の生活を最優先する景観計画をつくるべきだと思う。
今の横浜を「地域社会圏」を中心にした景観に軸足を変えていくというということはすぐにでもできる。特にお金もかからない。省エネに役立つ。私たちの日常生活はもっと遙かに豊かになる。すっかり身体化されてしまっている私たち自身の内なる「ヨドバシカメラ的景観」から私たち自身が変わることが必要なのだと思う。
今、建築家や社会学者や様々な人たちから、何が今できるのか考えようという声をかけられている。それには積極的に関わっていきたいと思っているけど、でも、自分自身の美意識が変わる、それが最も重要なのだと思う。

| Posted: Riken Yamamoto

April 1, 2011 11:27 AM | Category: 山本

山本です。体育館のプライバシー

仮設住宅の「地域社会圏」的配置に関しては、Y-GSAのホームページにアップされているので見てほしい。中田のスケッチがとてもいい。
新聞各社に送ったので、近々記事になると思う。問い合わせ先をY-GSAにしたので、新聞記事を読んで、地方自治体や様々なところから支援の要請があるかも知れない。もし、そういう要請があったらY-GSA生も積極的にボランティア活動をしてください。もちろんぼくもやります。
体育館で仮住まいをしている人たちに対する支援策もいろいろ提案されているけど、注意したいのは、例えば単にカーテンなどで仕切って、個人のスペースや家族のためのスペースをつくるという方法は必ずしもプライバシーの確保につながらないということ。今までこのブログで何度も取り上げてきたけど、プライバシーは個室ではない。あるいは家族のための部屋ではない。
私たちは個人がプライバシーの単位、あるいは「1住宅=1家族」をプライバシーの単位だと徹底的にすり込まれてしまっているから、プライバシーというとどうしてもその刷り込みが働いてしまう。
その刷り込みを払拭して、相互扶助を前提とするような共同居住を前提にする。

個人、家族単位ではなくて以下のように仕分けをする。

1.女ゾーン男ゾーンをつくる、
女ゾーンをつくる。着替えをする場所であり、下着を干す場所であり、身繕いをする場所である。できればそれぞれに水場がほしい。体を拭くことのできるような設備である。お風呂があるといいんだけど、設備が重装備になってしまうから、どこまでできるか分からないけど、せめてドラム缶でいいからお湯を用意するべきだと思う。男ゾーンはそれほど深刻ではない。あればあった方がいいという程度。

2.幼児の世話ができるゾーン
おしめを替えたりおしりを洗ったり、離乳食をつくったりミルクを飲ませたり。あやしたり。

3.暗いゾーンと明るいゾーン
24時間暗いゾーンをつくる。24時間明るいゾーンをつくる。そこに行けばいつでも仮眠ができる。そこに行けば夜中でも誰かと話しをすることができる。

4,高齢者・要介護者ゾーン
寝たきりになってしまっている人、介護の必要な人。ちょっと時間があればそこに行って誰でも介護の手助けができる。みんながほんの少しの介護をするだけで、介護の負担を軽減することができる。

5.食事ゾーン
誰かと一緒に食事をする。誰かのために暖かい食事をつくる。

なんだかファランステールのようになってきたけど、ファランステール的共同居住はそうか、こういう緊急避難的住まい方には極めて適切だったんだなあと思う。相互に助け合う住まい方である。
どうやら体育館で暮らす時間は阪神淡路の時よりも遙かに長くなりそうだ。体育館のようなおおきな空間をいかにみんなで住みこなすか。真剣に考える必要がある。特別な素材はいらない。バレーボールやバドミントンのネット、ポールを利用できないか。そこに毛布やシートをかけるだけで、ゾーンをつくることができないかなあ。体育館の床はフローリングだから釘で垂木材を打ち付けてベニヤ間仕切り壁をつくれないか。個室をつくるという発想ではなくて、基本的な集団生活のためのゾーンをまずはつくることが必須だと思う。

| Posted: Riken Yamamoto

April 6, 2011 10:10 AM | Category: 山本

山本です。戸建て住宅禁止令。

体育館のプライバシー、仮設住宅の配置の仕方に関しては概略の話はしたけれども、これから始まる復興住宅はどのようなものになるのか。それが極めて重要である。
阪神淡路の後はプレハブ住宅が地震に強いということで相当の需要があった。長田地区の跡地に建てられた復興住宅はタワーマンションである。戸建て住宅とタワーマンション、タワーにならないにしても単なる従来どおりの板状の集合住宅が震災後沢山建てられた。そうならないようにしたい。ディベロッパーや既存の住宅産業に任せるのではなくて、本当にこれから地域社会をどう復興させるかを考えてつくりたい。「住宅建築の復興」ではなくて、「地域社会の復興」が目的である。それも、かつての地域社会をそのまま復興させるのではなくて、未来に向けた地域社会である。すぐにでも考えてほしいのは、戸建て住宅禁止令、「1住宅=1家族」をそのまま再現するのは絶対にやめたい。禁止令は無理だとしも、戸建て住宅ではなくて「共同的に住む住宅」を誘導するような施策を考えるべきでなのである。二世帯が集まっても三世帯が集まってもいい。敷地をまたいで、隣同士で三世帯、四世帯、五世帯住宅をつくる。そういう作り方をしようとする人たちに補助金を出す。エネルギーを共有する。部屋を共有する。家事を共有する。お互いに助け合うような住み方である。隣同士でなくても遠くにいる友達を誘って「共同的に住む住宅」をつくる。地震、津波に対しの備えは、単に住宅だけの問題ではないので、「共同的に住む住宅」をつくればそれでいいわけじゃないけど、住宅の作り方は極めて重要である。多少のアイデアはある。
「地域社会圏モデル」を実現するようにつくることである。自前のインフラ、自前の介護、相互扶助、自前の経済、そういうものと一緒に住む場所を考えるのである。そのモデルをつくりたいと思う。急いでつくる。
ぼくはもうY-GSAは定年退職なのでどこでつくるかこれからすぐに考える。

| Posted: Riken Yamamoto

April 13, 2011 3:45 PM | Category: 山本

山本です。「想定外」は言い訳になるのか。

1000年に一度の震災、想定外の津波。そんな想定外の自然災害に対応できるはずがない。というのはいかにも正しいように聞こえる。確かに想定を超えていたのだと思う。でも、想定したのは誰か。福島原発は絶対安全だと言ってきた。そう想定されていた。想定したのはそれをつくった側である。想定外はどんなときにも起こる。それは建築の設計においても同じである。どんなに緻密に計画をしても、それでも見落としてしまうこともあるし、使い始めてみると想定を超える出来事が起きることもある。「計画する」ということは常に「想定外」とセットなのである。想定外だからしょうがないじゃないかとは言えない。常に起きるとしたら、それをできるだけ直す。つまり改善する。建築なら多くの場合それができる。改修工事もできる。でも、それができない場合もある。根源的に間違った想定をした場合である。
根源的に考え直すしかない。原発が絶対安全だという想定をしたのだとしたら、今回の災害はそんな絶対安全などはないということの証明である。もっと絶対安全を目指すというのは論理矛盾である。「絶対」に比較級はない。
私たちは原発が絶対安全であることを前提に都市をつくり、建築をつくってきた。その前提が崩れたときにどうするのか。もう一度「絶対安全」を神話のように信じるのか。それとも根源的に考え直すのか。
私たちは間違ってきたのだと思う。このような都市をつくりこのような環境をつくり、このような住み方を選んだけれども、それが間違いだったのである。広島・長崎に原子爆弾が投下されて、一瞬にして日常の生活が消え失せてしまった。その時に多くのわれわれは、恐らく根源的な間違いを犯したことに気がついたと思う。われわれという意味は自分自身の立場において、という意味である。自分の立場の内側にいて、その誤謬や欠陥に気がついていても、立場上修正することができなかったのである。それから65年経つ。今、また同じことが起きているように思う。津波や地震という自然災害だけではない。それを「1000年に一度という想定」に閉じ込めてきた、その20世紀的な開発の方法が災害を破局的なものにしてしまったのである。われわれ建築家にも責任がある。モダニズムもポスト・モダニズムも、自分たちの立場の内側の理論である。結局は開発のための手段でしかなかったのではないのか。経済成長のための手段だったのではないのか。なんのための開発なのか。なんのための経済成長だったのか。想定外を言い訳にする限り、また同じ間違いを繰り返す方向に足をふみだすことになる。

| Posted: Riken Yamamoto

May 3, 2011 3:03 PM | Category: 山本

山本です。最終講義。

ぼくは最早スタジオを持っていないので、スタジオブログを書くわけにはいかない。ということで、北山さん、寺田さんに相談したところ隅っこにブログコーナーを持たせてもらって、とりあえずこの「地域社会圏」ブログを続けさせてもらうことになった。とりあえずしばらくの間、五月雨的にブログを書かせてもらいます。
4月27日のぼくの最終講義、準備運営ありがとうござました。非常に好意的に聞いていただいて、その暖かさがメディア・ホール全体を覆っていた。だから多くの聴衆だったけど、横浜国大全体の暖かさをからだ全体に感じながらとてもリラックスしていました。できるだけ分かり易くしゃべりたいと思ったので、1年生に最初の授業で話すような、建築って一体どう考えたらいいのかという、私なりに身につけた基本的な話しをした。建築は単なるシェルターでもないし、単なる内側の機能でもない。人間と人間との関係をつくる。共同体をつくる。共同体内共同体をつくる。つまり、空間とその空間の外側との関係が建築なのである。集落調査から最も最近のパンギョ・ハウジング、「地域社会圏モデル」まで40年かかった。その40年間の話しをした。聞いていただいて本当にありがとうございました。
パワープラントでの展覧会もとても分かり易い展示だった。シンボリックな一枚の写真と図面だけで今までのほぼすべての作品を展示するという単純な構成がむしろ新鮮だった。北山さん、飯田さん、西沢さん、小嶋さん、寺田さん、それと設計助手の三浦さん仲さんの話しを伺いながら実感していたのはこういう人たちと一緒だったのだという充実感である。真鍋の率直な感想と藤末の山本に対する共感の言葉に心を打たれた。Y-GSAにいて良かったと言ってくれたけど、それはむしろぼくの心からの実感です。
みんなと3月18日に話したように3・11の震災の後、われわれはすべてが変わる時間の中にいると思う。何ができるのか考えたい。今すぐできなくてもいいから、時間をかけて考えていきたいと思う。

| Posted: Riken Yamamoto

May 4, 2011 2:08 AM | Category: 山本

山本です。"みんなで仲良く"はなぜ夢のようだと思ってしまうのか。

「地域社会圏」を論理的に説明するためにはいくつかの困難がある。「1住宅=1家族」をつくってきた理論が極めて強固だからである。
「地域社会圏」は不特定多数の人たちが一緒に住む住み方である。そんなことはとても無理だ,それが直感的に受ける私たちの第一印象である。多くの人がそう思うと思う。もはや家族ですら一緒に住むことが難しいのに、全く関係のない一人ひとりばらばらな人たちが一緒に住むなんてそんな夢(ユートピア)みたいなこと考えること自体どうかしている。
でもこうした「一人ひとりばらばらな人たち」という考え方、あるいは私たちの現実的な直感は本当に正しいか。「一人ひとりばらばらな人たち」それを前提にこれからの社会的な仕組みを考えることが本当にできるのか「一人ひとりばらばらな人たち」が共に住むということがなぜ「夢見たい」だと私たちは思ってしまうのか。一人ひとりばらばらであるはずの私たちが一緒に住むということは、その私たちがお互いに助け合って住むということが当然含まれている。見知らぬ人同士が助け合って住む等ということはできない。そう考えること自体、偽善的である。それが私たちの一般的な印象だと思う。
ここには本質的な問題が潜んでいるように思う。それこそが近代主義(モダニズム)の根源だからである。「夢みたい」だと思ってしまうこと、偽善的だと思ってしまうことが、である。そう思ってしまうことと「1住宅=1家族」とは関係している。
今まで話しをしたきたように、「1住宅=1家族」には歴史がある。つまり"自然"であるわけではない。そのように誘導されてきたのである。誰が誘導してきたのか。誰という特定の人がいるわけではないと思う。恐らく経済的な成長が目的化される時期とそれは関係しているはずである。パリの二月革命(1848年)の時期だというのが中野隆生さんの意見である(プラーグ街の人たち)。今3時15分、明日10時から取材があるので、とりあえずここまで。続きはまたすぐ書きます。

| Posted: Riken Yamamoto

May 10, 2011 5:10 AM | Category: 山本

山本です。石巻に行った。

事務所の若いスタッフと、それと横浜国大の榑沼範久さん、INAX出版の高田さん、TBSのディレクターの磯原さんと一緒に石巻に行った。TBSは「夢の扉」という番組をつくっていて、山本を取材している。このところ、事務所にも韓国にも、自宅にも密着取材されていてその都度何かをしゃべらなくてはならないのですごく疲れる。放映は5月15日。どんな内容なのか全く知らされていないので、かなり不安だけど気が向いたら見てください。
舟が道路にある。車が逆さまになって家の中に入り込んでいる。航空写真で見ると比較的被害の少ないと思われる場所を歩いていても、実際は凄まじい破壊である。呆然と歩いていたら何をしているのかと声をかけられた。避難先から少しでも使えるものを探しに来たのだという女性である。是非破壊された家の中を見てくれという。一階部分は外から流れてきた瓦礫と使っていた家具や布団や畳が折り重なっていた。ここまで津波がきたと言って指を指す。私はこの長押の上に乗ってなんとか水に浸からずに済んだ。寝たきりの母親はたまたま空気マットを買ったばかりで、そのマットが水に浮かんで助かった。水が引いてもまわりは瓦礫の海で途方に暮れているところに酒屋のゲンちゃんが助けに来たのだと言う。ゲンちゃんと一緒になんとか母親を二階の次女の部屋に引き上げた。そこに母親を寝かせたけど、点滴をすることができなくて数日で息を引き取ってしまった。最後は口移しでジュースを飲ませたけどだめでした。遺骸と一緒に寝ていたんですよ。たまたま瓦礫の向こうにいた見ず知らずの人に大声で頼んだら警察まで瓦礫を超えて行ってくれて警察官を連れてきてくれた。隣の人も亭主も死んだ。でも、今までの近所づきあいがあったから私は助かったというのである。話しをしている内に涙が溢れてきた。
こういう話しははじめて話しをするんですよ。いままでずっと涙は出なかったけど、あなたたちに話しを聞いてもらっているうちに泣いてしまって済みません。話しを伺っているうちに僕も思わず泣いてしまった。いままで誰にも話す機会がなかったのだと思う。周囲は全て被災した方ばかりで、はじめて外からきた人と話しをして、自分のことを話して一気に緊張がゆるんだのだと思う。家の中を見てください。何が起きたか聞いてください。
「見られること、聞かれること」それが公共性だとハンナ・アレントは言った。私たちは聞かれる権利がある。見られる権利がある。
私たちがいままでつくってきた社会は「見られないこと、聞かれないこと」、つまりプライアバシーが最大の価値であるということを前提としてつくられてきた。プライバシーを守ることが住宅の役割だったのである。いままで何度も話しをしてきたけど、プライバシーの元々の意味は"排除される"という意味である。社会的な関係から排除されている状態が「deprived」な状態である。それがプライバシーの意味である。住宅という小さな箱の中でそれを快適な箱にするために花を飾り、犬を飼い、美しい調度品を揃える。その「小さな満足」で十分に満足するようになったのがフランス人だとアレントは言うけど、それは正に戦後のわれわれである。その「小さな満足」を求めた人たちが最大被害者になってしまった。
われわれ供給者側が最大の過ちを犯してきたのだと思う。「小さな満足」をつくり出してきたのがわれわれだからである。
いままでの近所づきあいがあったから助かったという石巻の女性、安田さん(63歳)とおっしゃった。安田さんのおっしゃるように、みんなと一緒に住んでいた。誰かに話したい、見てもらいたい、という強い思いは「プライバシー」とは全く違う思いである。誰でも安田さんの話しを聞いて心が打たれると思う。
いままでの社会のつくられ方には決定的な欠陥がある。その社会のつくられ方がこうした取り返しのつかない災害を生んだのだと思う。
誰でも見られる権利がある、誰でも聞かれる権利がある。そういう社会、そういう建築、そういう住宅をつくりたい。本気でそう思った。

| Posted: Riken Yamamoto

May 31, 2011 1:09 PM | Category: 山本

山本です。「帰心の会」仙台

5月27日、"仙台メディアテーク"で開催された「帰心の会」シンポジウムに行ってきた。帰心はKISYNである。隈、伊東、妹島、山本、内藤の頭文字を並べて「KISYN」、そのKISYNの当て字で「帰心」、「故郷に帰りたいという強い気持ち」という意味である。これから何かをしたいという気持ちと重なってとてもいい言葉だと思った。その「帰心の会」の第二回目のシンポジウムである。
私は仮設住宅の話しをした。「あすと長町」という仙台市の町で建設中の仮設住宅を見て、改めてひどいと痛切に思ったからである。(いや、逆だった。5月1日の「帰心の会」の後、5月6日にあすと長町や石巻や名取に行ったんだった。)緊急の避難先であることを考慮したとしても、この配置計画はちょっとひどい。断熱や遮音や設備計画があまり充実していないのは多くの人が指摘するように確かに問題である。でもそれよりももっと深刻なのはこの配置計画である。これはまるで兵舎のようである。18世紀末に最初に住宅を供給したフランスの産業資本家たちが考えた配置計画がこうした配置計画だった。実際にそれは兵舎式と呼ばれていたのである。住宅そのものの性能の悪さを指摘することはあっても、なぜこのような配置計画をわれわれは今まで全く疑わなかったのだろうか。いまだに疑っていないのだろうか。
ここには本質的な問題が潜んでいる。
住宅は単にその住宅単体の性能の問題であると私たちが徹底的にすり込まれてきたからである。なぜか。今までずうっと話しをしてきたように、住宅は家族のプライバシーを守るためにこそあると私たちが思い込んでしまっているからである。供給の仕方の発端が家族のプライバシーであり、家族相互の隔離とその管理だったからである。その18世紀、19世紀の産業資本家たちの方法は、そのまま第一次世界大戦後のヨーロッパ、特にフランス、ドイツ、オーストリアの労働者住宅に引き継がれた。プライバシー、隔離、管理が引き継がれたのである。日本の第二次世界大戦後の戦後復興住宅がそれをそのまま輸入した。それがいまだに民間ディベロッパーの供給方法になっているのである。
だから、仮設住宅がプライバシー、隔離、管理をその配置計画の原理にしているのは根拠があるわけである。従来の供給方法をそのまま踏襲しているだけなのである。北側アクセス、南側採光は各戸のプライバシーを守るためである。それが孤立化を促進している。阪神淡路の時に仮設住宅で233人もの孤独死に結果的につながってしまったのは、そうしたプライバシーに対するあまにも極端な偏重による住棟配置計画故である。でも、問題なのは多くの私たちはそれが偏重であることに気がつかない。プライバシーが身体化されてしまったいるからである。
仮設住宅に私がこだわるのは、被災地に限らず、それが今の住宅問題を典型的に示しているからである。
仙台メディアテークでの「帰心の会」は重かった。今、すぐに何をすればいいのか。即効薬は見つからない。同時に今までの都市や建築に対する考え方が間違ってきたのではないかという、自分たち自身に対する本質的な問いかけが一方にある。言葉に出せば、その言葉が空しい、それでも言葉にする責任が私たちにはあると思う。こういう都市や建築をつくってきた責任の一端があると思うからである。少しずつでも、言葉にして行きたいと思う。5人で東北地方を巡って、話しをしたいと思う。少しずつしかできない。でも、それが未来の都市への希望に少しでも近づけたらと思う。
「帰心の会」18時40分終了、19時4分の新幹線で盛岡に行く。ぎりぎり間に合った。東北大の小野田泰明さんと一緒である。岩手県住宅課の大水さんにお会いした。向かいあうような仮設住宅配置計画案を説明する。これを実現するのは結構大変だけど、と言いながら、実現の方向を模索しているようだった。少しでも実現したら今までとは全く違う、助け合って住むような住み方のモデルができるんだけど。
もう帰れないので、盛岡で小野田さんと山本事務所の入りたて新入生と呑む。酒も肴も旨かった。

| Posted: Riken Yamamoto

June 16, 2011 10:53 PM | Category: 山本

山本です。向かいあう配置。岩手県の大水住宅課長。

5月27日、メディアテークでの「帰心の会」の後、盛岡でお目にかかった大水敏弘さん、岩手県の住宅課長である。その大水さんから連絡があった。南アクセス、北アクセスの住宅を組み合わせて、向かいあう配置計画が実現されるということである。宮古市第二中学校、釜石市平田多目的グランド、山田町織笠地区の三カ所で向かいあう形式の住棟配置が実現する。その計画の記者発表を既にしたということである。その新聞記事も送られてきた。
仮設住宅は北アクセス南側採光を基本として造られているために、南アクセスにするためには多少の工夫が必要である。ただ鏡対象で反転させればいいというわけではない。大水さんは二つの寝室を南北に配置してどちらか一方が南面になるように工夫した。そうすると南アクセス側に配置されたDKと横並びになって、時には一体利用ができる。つまり結果的ではあるけど51Cに極めて良く似た住戸プランなのである。そのプランを載せたいのだけど、どうやってここに載せていいのかそのスキルが僕にはない。まあいずれ。でもこのプランは51Cとは全く違う。その外側に対する意識が全く違うからである。閉じていない。向かいあう住戸、隣り合う住戸とセットになっている。セットになっているという意識と共に計画されている。そこが全く違う。全体の配置計画と住戸プランが一つのセットになって計画されている例は実は極めて少ない。この向かいあう計画はそうした計画の嚆矢である。
プライバシーの尊重だけを目的化するようにつくられているのではなくて、お互いに助け合って住む、それが目的になっている住戸配置計画であり、住戸プランなのである。
大水さんにお目にかかって仮設住宅の話しをさせていただいたのが5月27日である。実現しますといって連絡をいただいたの6月13日、たった17日間である。この短い時間で大水さんはよくも実現にこぎつけたものだと思って感嘆した。17日間の間にプランを改良して、各自自体に連絡をとって、きっとプレハブ協会にも連絡をっとって、説得して説得して実現にこぎつけたのである。すごい人がいるなあ。
3月18日に集まったY-GSA生たち。みんながあのとき、胸騒ぎの中で本気で考えたことが実現するよ。あのとき集まったこと、みんなで話しをしたことをわれわれは少しだけ自慢していいと思う。大水さんのおかげだけどね。
とはいってもただ喜んでいるわけにはいかない。この「向かいあう配置」は7月の中旬から下旬ごろには完成するらしい。できればそこに行って、そこに住む住民の人たちに会って、この仮設住宅にどう住んだらいいのか話しをしたいと思う。助け合って住むという住み方はこの人たちが既に長い時間の中で体験してきた住み方なのではないかと思うからである。彼らから教わりたいことが沢山ある。この住戸配置と共に、この住戸配置を最も有効化する住み方はどのような住み方なのか、そういう話しをしたい。ここでワークショップをしたいと思うので一緒にやろう。

| Posted: Riken Yamamoto

June 18, 2011 9:35 AM | Category: 山本

山本です。榑沼範久さんと話しをした。

石巻に榑沼範久さんと一緒に行ったという話しを既にした。「助け合って住む」というような考え方がなぜ偽善的に見えてしまうのか、「助け合う」とういうそうした考え方に対してなぜわれわれはそれをシニカルにしか受け止めようとしないのか。榑沼さんとそういう話しをした。その時に榑沼さんがフロイトとダーウィンの二人を取り上げて、その二人の考え方が正反対であるという、とても刺激的な話しをしてくれたので、それ以来ずっと気になっていた。
そこで改めてメールを出した。返事をもらった。そのメールは私信だけど、それがまた極めて刺激的なので榑沼さんにことわりなくここに掲載させてもらいます。後ほどもう少しちゃんと話しをしていただく機会を持ちたいと思いますので、済みません。ご容赦ください。


榑沼様

石巻にご一緒したときにも話しをさせていただきました。「助け合う」ということに対して私たちはなぜそれをシニカルにしか受け止めないのか、いつ頃からそういう受け止め方をするようになったのかという話しです。
榑沼さんはフロイトとダーウィンの話しをされましたが、即座にその二人を持ち出したことにとても刺激をうけました。
その話しをもう少し詳しく教えていただけませんでしょうか。
建築の側からですと、パリの2月革命以降、労働者たちが集団化すること(フーリエ主義)を恐れた産業資本家たちは「1住宅=1家族」を住宅供給の原理にしたのだと思います。その「1住宅=1家族」と「助け合って住む」ということとは全面的に矛盾します。
近代化の感性と「助け合う」ということとは相互に矛盾することなのかなあと思いました。
何かの機会にお教えいただけたらと思います。

山本さま

取手の「メディア概論」では、一般的な「メディア論」ではなく、「メディア」「ミディアム」の多義性をもとに、万物になるべく言葉を届かせたいと願いながら、話をしています。
前回は、生きものの命のつらなりと、媒介としての個体の命の話から、ダーウィンについても話をしました。生物学者であっただけでなく、心理学者、地質学者、自然史学者だったダーウィン。ミミズと土壌について、長年の観察を人生の最後にまとめたダーウィン。

主著『種の起源』(1859)の全題名
On the Origin of Species by Means of Natural Selection, or the Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life
これをどう理解するか(翻訳するか)。ここからすでに、何か重要なことが賭けられていると思います。

私はこのthe Struggle for Lifeという言葉をダーウィンが書名に綴ったのを知って、鳥肌が立ちました。
日本語の「生存闘争」からイメージされる、「万人による万人の闘争」「自由主義的競争」「弱肉強食」は、自然状態の全部ではなく、部分です。the Struggle for Lifeはむしろ、「生きるための闘い(努力)」、「生命のための闘い(奮闘)」「命のための闘い」です。
そして、この「生命のための闘い」では、助け合うことに対してシニカルになっている場合ではありません。
『人間の由来、および性に関する選択』(1871)(邦訳『人間の進化と性淘汰』)の
なかでダーウィンは、人間にとって重要なのは、愛情と共感という感情だと述べています
(『人間の進化と性淘汰II』ダーウィン著作集2、文一総合出版、、452頁)。
無償の愛情、無償の共感というわけではありません。愛情と共感は「同じ集団に属し
ている個体」に向けらると、ダーウィンは考えました。そして個体および集団の生存に有利だから、愛情と共感という感情は保存され、「社会的本能」になったのでは、と論じられます。
無償の愛情、無償の共感ではないから、愛情や共感は偽善なのでしょうか?
私は偽善とは感じません。ダーウィンにとって、愛情と共感は、「生命のための闘い」のなかで獲得することができた、能動的な力能なのですから。

ニーチェの『道徳の系譜』(1887)がフロイトよりまえに、これを転倒させたのかもしれません。助け合いや同情を説く道徳は、他者を圧倒する生命力が衰退した弱者が、強者の力を恨んで打ち立てた、生命に反する価値にすぎない、と。
フロイトはダーウィンとニーチェの二人の著作に親しんでおり、ダーウィンを非常に尊敬していたのですが、考えかたの枠組みはニーチェに従っているようです。フロイトの『文化への不満』(1930)は典型です。

フロイトによれば、愛情や良心は、欲動を満足させることができなかったときに生じるというのです(『幻想の未来/文化への不満』光文社古典新訳文庫、203―204頁、25頁)。ニーチェと同じく、愛情や良心は、あきらめから反動的に生じる感情として、いわば馬鹿にされています。

本当の目標を達成できなかったくせに、愛情や良心を価値あるものとして唱えるのは
偽善。そうしたフレームが、ニーチェからフロイトに受け継がれたと思います。

しかしダーウィンの観察と考察では、愛情や共感を抱くこと、助け合うことは、(人間を典型とする)動物が自然史のなかで、「生命のための闘い」のなかで獲得することができた、「最も高貴な部分」です(『人間の進化と性淘汰I』ダーウィン著作集1、147頁)。

たしかに思想の領域でも、近代化の感性と「助け合う」ことは相互に矛盾してきたのかもしれません。だからこそ、近代化の感性や価値を転覆させるべき時、「生命のための闘い」が切迫する今、ニーチェやフロイトの堤防をダーウィンが乗り越えてくるのではないでしょうか。

舌足らずの長文メールになってしまいましたが、考えていたことを補足してみた次第です。何かの機会にまたお会いできれば嬉しく思います。

榑沼範久


「人間にとって重要なのは、愛情と共感という感情である」そして「その愛情と共感は『同じ集団に属している個体』に向けらる」というダーウィンの言葉はそれこそ僕にとっても鳥肌が立つ。それなしでは個体は生きていくことができない。
たまたま手近にあった「権力への意志」には全く正反対のことが書いてある。「『人間は劣悪である』とキリスト教が教えるような普遍的命題は、退化した者の類型を人間の正常な類型とみなすことが正しいとすれば、あるいは正しいかもしれない。」(ニーチェ、権力への意志・上、p325)つまり、キリスト教的な愛は「人間は劣悪である」という解釈(普遍的命題)と共にあるというわけである。「人間は劣悪である」その劣悪な人間が愛によって救われるという、愛や共感、あるいは助け合うという感性に対する否定的な感情、それは今の私たちの中にも確かにあるように思う。そうした感情を覚醒させたのは確かにニーチェだ。

| Posted: Riken Yamamoto

July 2, 2011 2:44 AM | Category: 山本

山本です。マドリッドでのワークショップ。

フェリックス・クラウスからマドリッド工科大学でワークショップをしてほしいと言われていた。なかなか行くチャンスがなくてもう2年ほど経ってしまった。漸くチューリッヒの打ちあわせにタイミングを合わせて行くことができたので、イベリコ豚とカバでのんびりしてこようと思って行ってきた。もと山本事務所のスタッフで今bbrというへんてこな名前の事務所で活動している蜂屋啓二さんにも同行してもらった。
大学院生は30人弱、主に南アメリカを含むラテン系の国々から集まってきていたけど、中にはサウジアラビアからの女子学生も混ざっていて、相当の国際色である。課題は「地域社会圏モデル」である。地域社会というものをどのように学生たちが考えるのか非常に興味が合ったからである。
わずか4日間だったけど、みんなかなりがんばって、蜂屋さんもがんばってくれて、6グループの学生たちからはとても面白い提案が集まった。Y-GSAと基本的には変わらない。「1住宅=1家族」という考え方を踏襲しない。新しい「地域社会圏」に相応しい居住方法を考える。場所は既に開発が進んでいる振興の住宅地である。周辺は7〜8階建ての賃貸住宅が並んでいる。それがとてもいい。若い建築家たちがコンペで獲得した集合住宅である。日本に比べるとつくづくスペインの建築家は恵まれていると思った。
「ミスター・ヤマモト」サウジアラビアからの女子学生が言った。わたしんちはおじいちゃんの家があって、それはとても大きな家だ、それとお父さんお母さんの家、おじいちゃんには奥さんが他に二人いるから、その二人の奥さん一家の家、それはあまり大きくない。80平米〜100平米くらいかなあ。私の部屋ももちろんある。みんな合わせるとかなりの大人数になるけど、それは「地域社会圏」と呼んでもいいか。という質問である。「その大人数の人たちの単位はなんて呼ばれているの。」「コンパウンド:compound」インドでもコンパウンドと呼ばれている。インドネシアでは「カンポン」である。インドネシアの「カンポン」は「地域社会圏」に近い。親族集団ではない。でもそのサウジアラビアのコンパウンドは親族集団で、とても閉鎖的で周辺とは全く隔離されている。そういうゲイテッド・コミュニティーは「地域社会圏」とはちょっと呼べないだろう。実際その「コンパウンド」が外に対して開くなどということはちょっと考えられないという彼女の意見だった。都市の中の新しい住宅はほとんど「1住宅=1家族」でできているはずだから、そうした「1住宅=1家族」と「コンパウンド」が混在しているような都市をつくったらいいんじゃないか、と言ったら納得しているようだったけど、できあがった作品は、まあ普通の集合住宅だった。でも、こういうことがあるから海外のワークショップは面白い。
架構方法を考えること、材料を考えること、住み方をかんがえること、Y-GSAと同じことを言い続けたけど、最後は手際がみんな良かった。チーズで模型をつくった学生がいて、素早くつくれる、どこでも材料が手に入るって自慢していたけど、さすがにマドリッドだ。
最終のジュリーにフェリックス・クラウスと吉良森子さんが参加してくれた。どうもありがとうございました。おかげで盛り上がりました。イベリコ豚とアンチョビとカバでちょっと太ってしまった。

| Posted: Riken Yamamoto

July 17, 2011 5:35 PM | Category: 山本

山本です。三浦展さん主催の震災シンポジウム。

昨日(7月16日)、三浦展さんが主催する「カルチャースタディー研究所」が中心になって「3・11後の社会デザイン」というテーマのシンポジウムがあった。山本事務所が共催になっていた。同様に共催をした藤森龍至さんが司会者。1時半に始まって7時過ぎまでという長丁場のシンポジウムである。一部、二部に分かれているのだけど、山本はその両方に参加して冒頭に問題提起をするという役割である。聞いていなかったのでちょっと慌てたけど、とりあえず三浦さんにあらかじめ送っておいたコメントをできるだけ簡潔に話した。
1.「1住宅=1家族」という居住システムは経済成長のためには最も有効な住宅供給の方法だった。それはこれからも有効な供給方法なのか。
2.経済成長が国家運営の中心原理になったのはいつからなのか。それはいまだに、そして今後も唯一の中心原理なのか。
3「助け合って住む」という住み方、助け合うということは今回のような非常時においてのみではなくて、平時においても極めて有効なはずなのに、そして今後の高齢化社会においては不可避の住み方であるはずなのに、それがどこか偽善的に聞こえてしまうのはなぜなのか。
4.景観を大切にするということにはどういう意味があるのか。景観は記憶である。そこに住む人たちが共有する記憶である。私たちがどこで生まれてどこで死んで行くのか、その場所が記憶されることは"私たち"という共同の意識が記憶されることである。
この4つのことをシンポジウムの冒頭に話した。
今までこのブログで話しをしてきたことである。

「1住宅=1家族」という住宅供給のシステムが20世紀の私たちの生活を決定的にした。今回の震災の最大の被害者は直接的に震災による被害を被ったけど、実はこうしたシステムによって誘導された被害者なのである。1970年以降、大規模インフラの整備は徹底して国家の専管事業である。それに対して住宅は持ち家政策が最優先されて、自己責任で住宅をつくるという国家の側の責任が回避される方向に進んだ。住宅からの国家の撤退、住宅にはできるだけ国家予算を使わない。それが持ち家政策の根幹だった。「1住宅=1家族」システムと呼んでいるのはそうした政策であり、住宅供給のシステムのことである。そのために民間の住宅供給会社、ディベロッパーや住宅メーカー、あるいは民間の金融会社は圧倒的な利益を獲得することができたのである。多くの人たちは整備されたインフラを信じて住宅をつくった。当然そのインフラは決して崩壊しないことが前提である。それが壊滅的に崩壊した。そして自己責任でつくった住宅も崩壊した。インフラは再整備されるだろう。既に進んでいる。でも自分の責任でつくった住宅には国家の側は決して手をさしのべない。すべてを失った人たちはまた自分の家をゼロから、というよりもマイナスから作り直さなくてはならないのである。流された家のローンを払い続けて、その上、新たな住宅のためのローンを組むなどということはほとんど不可能だと思う。こうした構図がなぜ問題にされないのだろうか。
問題は住宅政策なのである。その持ち家政策そのものが全否定されたのである。その深刻さに多くの人は気がついていないように思える。エネルギー・インフラを原発から自然エネルギーに転換する。ソーラー・パネルに補助金をつける。風力発電や地熱利用を促進する。問題はそんなところにはない。そんなことは誰が考えてももはや当然のことではないか。問題をそのエネルギーを消費する諸費のシステム、つまり生活のシステムそのものを変えるということなのである。「1住宅=1家族」という生活のシステムを変える。そこが中心のなのである。そういうことを話したかったのだが、何せ参加人数が多くてどこまで通じただろうか。

| Posted: Riken Yamamoto

August 15, 2011 8:03 AM | Category: 山本

山本です。ベニスビエンナーレ・東京展

北山恒さん塚本由晴さん西沢立衛さんによるベニスビエンナーレの展示をオペラシティーで見た。ついでに「地域社会圏」のレクチャーをして北山さんと対談してきた。展覧会は実際にベニスでも見たけど、改めて見て、改めて素晴らしいと思った。
塚本さんと西沢さんの1/2スケールのモデルはそのスケール感が面白い。1/2というスケールが現実と虚構(模型)の間にあるために、つまり現実でもないし、虚構でもないちょうどその中間にあるために、見る側の意識が現実と虚構のあいだを行ったり来たりするような仕掛けになっているのである。見る側が「物語」を自分でつくることができるような仕掛けになっている。小さな子供だったら例えば身長90センチの子供だったら、ほとんど自分たちの世界のリアルな建築である。子供たちから見たらそう見えるだろうなあ、とわれわれ大人たちの思考を刺激する。見る人たちによる様々な「物語」を許容するようなつくられ方がとても良いと思った。そういう意味では塚本さん貝島さんたちの中途半端なリアリズムが成功している。掛け値なしに楽しい。西沢さんのモデルはちょっと抽象化されすぎていて、現実の側に頭がスイッチしにくい。エンタテインメントを排除しようとする純文学作品のようなモデルだった。もうちょっとサービスしてもいいのになあ。でも、ベニスでも思ったけど、この二人のプレゼンテーションは周辺の様々な国のプレゼンテーションに比較して、抜群だった。
際立っていたのは、日本館のテーマが住宅だったということである。住宅を現在の建築的なテーマにしたというのは北山さんのアイデアだと思うけど、それが極めて新鮮だった。住宅、特に個人住宅なんて建築の問題にはならない。それは昔、20年以上も前に磯崎新さんが言ったことだった。やはり20年近く前、10+1の座談会で坂本一成さんは「住宅問題は社会問題で、建築の問題ではない」と言い切った。(10+1:1994.Autumn.p113)私とは全く違う意見だった。住宅問題を社会問題にすることで、建築家たちはその社会問題に触れることなく、「住宅という建築」を単にフォルムの問題、形の構成の問題だけに矮小化(敢えて言うけど)することができたのである。住宅問題、つまりその供給の仕組みや住み手との関係あるいは都市との関係である。それはこの20年間建築家にとってはほとんど思考の範囲外だった。今でも多分そうである。
その間に日本の住宅政策は持ち家制度に徹底してシフトしていって、住宅に住みたい人は、住宅メーカーの戸建て住宅か、民間ディベロッパーの高層マンションを購入するしか選択肢がなくなっていったのである。2000年以降、地方住宅供給公社、都市基盤整備公団は公共住宅の供給をやめてしまった。2000年の「住宅宅地審議会」の答申ではっきり言っている。「住宅宅地の取得、利用は国民の自助努力」である。つまり国家はもはや住宅に対して一切の援助はしないということである。援助どころか、住宅は民間ディベロッパーの利潤をあげさせるための役割しか、もはや持っていない。住む人のためにつくられているわけではないのである。2006年の「住生活基本法」で住宅関連業者の住宅への参加の仕組みが整備されて、2007年には住宅金融公庫が廃止された。民間の住宅金融業者への支援機構になってしまったのである。つまり国民に持ち家を促進融資する組織から、民間金融機関をサポートする組織に組織変更されてしまった。どうやったらお金のない人たちに金融機関からお金を借りさせて、住宅を持たせるか、それが仕事である。住宅は完全に市場に委ねられてしまったのである。そして「市場が感心を示すのは購買能力を備えた消費者の欲求だけである。」(「不完全都市」p47平山洋介)と平山さんは言うけど、全くその通りである。低所得者たちの行き場がない。住む場所がないというのが今の日本の状況である。住宅は経済成長のための単なる道具なのである。こんな政策でいいのか。
これは国家的な犯罪に近いと私は思う。
というような話しを北山さんとの対談でした。
日本の都市は住宅でできている。戸建て住宅でできている都市なんて先進の近代国家の中では日本だけである。その異常な都市の景観を北山さんの表現は良く説明している。最近のビエンナーレの中でも秀逸だと思う。なぜこれがグランプリじゃなかったのか、それが不思議だ。

| Posted: Riken Yamamoto

September 23, 2011 9:10 AM | Category: 山本

山本です。「美しい町」

「もし科学が完全に発達した時には、今われわれが必要とするような大仕掛けな電灯会社(それは電灯ばかりとは限らないが)などにたよらずとも、一軒の家に必要なだけの光ぐらいは、ちょうど人々がランプをともすに費やすと等しいほどの手間と用意とで自分たちの電灯を自分たちの簡単な機械で灯す時代が来るに相違ない。ちょうどあらゆる家庭がミシンの機械を重宝しながら使用するように。その時始めてもろもろの機械は恐るべきものでも憎むべきものでもなくなって、真にわれわれの日常生活の仲で欠くことのできない愛すべきものになる。われわれ人間のの生活が極致に達して合理的なものになるためには、われわれの生活の反面である科学も、それ自身の方法でその極致の発達を遂げねばならない。私の考えでは、今日あるすべての有用な機械が、最も十分に発育を遂げた時には、あらゆる機械力は、そのどんなものでも、刻々に人の健康を腐食させなければ措かないような大工場だけでなければ動かさないというようなものではなくって、例えば、それは良く愛育され飼い慣らされた優しい野獣ーー馬や牛が、ただその美しい能力だけを残していて人を助けるように、そうして人々が愛情をもってそれに近づくことが出来るように、あらゆる必要な機械は取り扱いやすいものになり、個人の楽しい好きな手芸を最も機械に手助けする最上の道具になる。その時期こそ、またすべての機械工業が芸術に高められるための一階梯ででもある。
(今の)すべての機械工場はいわば芸術上のミリタリズムではないか」(「美しい町」佐藤春夫:中央公論社・日本の文学、p173)
1920年(大正9年)の文章である。ある資産家が築地の中州に新しい町をつくるという話である。設計はヨーロッパで教育を受けたけど、既に時代にあわなくて仕事のない老建築家。100戸程度の住宅群である。100年位はそこにそのままあるような町を目指す。1920年というとイギリスの田園都市計画、レッチワースの建設が1903年に始まってそれが具体化している時である。二つ目の田園都市ウェリン・ガーデン・シティ ができあがるのが1920年である。佐藤春夫はそういうヨーロッパの状況を多少は知っていたのかも知れない。でもそれにしても、科学が発達するということはその技術開発の方向が巨大化重厚化長大化に向かうのではなくて、身近にあって操作しやすくて愛着を持てるような方向に技術開発が進むはずだと思っていた。それを期待していたのである。"刻々に人の健康を腐食させなければ措かないような"原発の技術を過信して、その巨大プラントを日本中につくって送電網を張り巡らせるというような考え方を既に1920年に否定していたわけである。そういう重厚長大技術を"ミリタリズム"と言ってばっさり切り捨てている。
90年も昔の思想を私たちは反芻する。「美しい町」はまるで「地域社会圏モデル」のような町である。この小説の中では実現しない町だけれども、今度こそはそれを実現したいと思う。まず「地域社会圏モデル・リアル」という本をつくる。12月22日のシンポジウムまでにはがんばって出版したい。

| Posted: Riken Yamamoto

September 26, 2011 10:57 PM | Category: 山本

山本です。「日本における近代国家の成立」

「企業の立場はフランスや合衆国などにくらべると控えめであり、直接に政治の責任に参加することも比較的少なかったのである。このような妥協(企業が旧来の封建的な要素と妥協してそれをサポートするようになったこと)「注・山本」の重要な副産物として、はじめから封建的色彩の濃い官僚が発生した。官僚は平時には従順な行政機関であるが、にもかかわらず、半独立的な独自の活動を営み、強い団結心を発散している。
歴史的に見れば、官僚が独特の地位を占めるようになった理由は、維新の直後に、一方で改革的な諸藩に体現される勢力と、他方では各種企業の勢力との、微妙な均衡の上に立ったところにある。やがて官僚は兵器製造や造船といった軍事的・国家統制的諸産業を、みずから管理するようになった。官僚上層部はその大部分が従来の封建的・貴族的階級から選び出された人びとであって、職業政治家を三百代言として軽んじる地位を占め、議会のような下級機関はいうまでもなく、たとえ大臣がその(官僚集団の)集団的意志を無視して改革を試みようとしても、ほとんど干渉のくちばしをいれさせなかった。」(E.H.ノーマン「日本における近代国家の成立」岩波文庫、大窪愿二訳)1939年に調査報告書として「ニューヨークの太平洋問題調査会」に提出されたものである。1940年にはそれが刊行されている。
日本の官僚制がこれほどまでに強力になった理由を明治維新まで遡って分析している、その洞察力がすごい。
企業が政治に直接的に参加しない代わりに、その役割を官僚が代行した。官僚と企業が手を結んだわけである。官僚は一方で国家統制的産業を管理し、半独立的な行政(政府)組織になっていったというのである。明治変革の結果である。官僚組織という半独立的政府から見たら「議会のような下級機関」「改革を試みようとする大臣」なんてへのようなものである、というノーマンの分析は今の日本の現実そのものである。官僚組織は企業と一体になって日本を運営する最も強力な機関なのである。どんな政党でも、どんな大臣でも、どんな政治体制でも決して揺るがない機関である。官僚の天下りが問題になっているけど、こうして考えると、官僚と企業との関係は天下りではなくて、もともと一体的なものなのである。官僚が企業を運営しているのである。原発、東電、JR、URから始まって金融業界、建設業界、運送運輸業界、つまり業者と呼ばれる民間企業(この話も以前に書いた)は官僚組織の下部機関である。許認可権と天下りでほぼ完全に掌握しているわけである。
アレントが官僚制と「社会」との関係を指摘していた。アレントは外部に対して極めて閉鎖的な組織を「社会」と呼ぶ。(2010年3月11日のブログ参照)正に日本の官僚制は社会そのものである。選挙制度や民主主義(デモクラシー)とは全く関係のない官僚制が日本を運営しているのである。それを今から70年も前のアメリカ人が指摘している。

| Posted: Riken Yamamoto

September 30, 2011 3:03 PM | Category: 山本

山本です。梅本洋一さんの文章。

梅本洋一さんがぼくの最終講義の感想を書いてくれた。書いてくれたのは4月で、こんなに時間が経ってしまったけど、さすが映画・演劇の専門家。済みません、梅本さん、溜飲を下げたので勝手に掲載させていただきました。

2011年4月28日「週間平凡」梅本洋一

 大学の同僚の山本理顕さんの最終講義があった。理顕さんが最近、熱心に考えている「地域社会圏」が中心でとても興味深く聞いた。そのときに配られた小冊子に理顕さんが「atプラス06」に書いた記事「建築空間の施設化──「一住宅=一家族システムから「地域社会圏」システムへ」が採録されていた。この最終講義とその文章はエコーのような関係になっていた。

 最終講義の方は、建築が社会の関係性を創出するという建築原論から、個々の関係の間にある「閾」について語られ、それが「地域社会圏」にハンナ・アーレントを介して接続されていた。「atプラス06」の方でも、やはりハンナ・アーレントがアジャンスマンになっているが、現代社会における建築の置かれた立場についての解説に重きが置かれている。インフラの整備に伴い、建築はインフラの先端にある「施設」に過ぎないものになり、建築家は、「施設設計者」に成り下がってしまった。社会の中の、人間たちのビヘイヴィア(アーレント)が画一化され、住宅は住むための施設に、ホテルは泊まるための施設になることで、これまた画一化され、画一化されることによって「官僚制」が担保されていく。アーレントばかりではなく、フーコーの権力論の展開に近い現代社会の描写になっていた。問題なのは、施設設計者の役割しか与えられていない建築家は、いったい何が提案できるのかということだ。建築家・山本理顕の作業とは、施設設計者としての役割しか与えられていない地位への徹底した反抗であり、反転攻勢だったように思う。

 そんな文章の中に、小田原市の多目的ホール(結局、市長が代わり、廃案になってしまったようだ)を設計した理顕さんを批判した井上ひさしの文が引用されている。「多目的ホールといった発想は貧弱です。必ず無目的ホールに堕落します。(......)世界のいい劇場はみんな、一見平凡な型をしています(そこに劇場の本質があります)。へんてこりんでいいのは演目だけです」。『こまつ座』の機関誌「the座」のために世界の1000もの劇場へのアンケート取材を行い、日本で一番劇場に詳しいと井上ひさしは豪語して、上記の発言に繋がっているようだ。ぼくの好きな世界の劇場には、パリのオデオン座のように、19世紀の首都(ベンヤミン)が生んだもっとも劇場らしい劇場もあるけれども、ナンテールのアマンディエ劇場のように「へんてこりん」な劇場もあるし、ピーター・ブルックが長年演出の場所に選んだ、平凡な劇場が焼け落ちた廃墟のようなブッフ・デュ・ノールのあるし、20世紀末の演劇史に偉大な名を刻み込んだ太陽劇団が常打ち小屋として使用したヴァンセンヌの森の中にある昔の弾薬庫だった大空間もある。もともと演劇史は劇場史と軌を一にしていて、ギリシャの円形劇場、ローマの半円の劇場、ルネッサンスのイタリア式劇場、シェイクスピアで名高いエリザベス朝式劇場などの空間的な造作が、演目をも支配したことは演劇史の常識だ。ぼくも、そうした演劇空間(セノグラフィー)の歴史を、かつて一冊の書物にまとめたことがあった(『視線と劇場』弘文堂、1987年)。井上ひさしは、そうした演劇史にまったく無知だったとしか言えない。むしろ空間は「へんてこりん」で良いのだが、演目はむしろ古典的な(平凡な)ものが良く、それを「へんてこりん」な空間でどうやって作り上げていくのかが演出というものだ。20世紀後半の演劇史は、既存の演劇空間への反撥として記述されるはずだ。日本でも、唐十郎の紅テント然り、佐藤信らの黒テント然り、喫茶店の2階を演劇空間にした初期の早稲田小劇場然り、そして街頭演劇を目論んだ寺山修司然り。それらの演劇実験に比べれば、井上ひさしの「こまつ座」の舞台など、従来の劇場構造にまったく疑いを持たない保守的な舞台にすぎない。

 つまり、劇場は施設ではない。舞台空間という生み出す、創造の源なのだ。一番有名な例は、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のバルコニーのシーン(「なんであなたはロミオさまなのでしょう」とジュリエットがバルコニーを下から上がってくるロミオに言う件)だろう。エリザベス朝の舞台には、かならずバルコニーがあって、上層を下層のふたつの演技空間があった。だからこそバルコニーのシーンが想像できたことになる。つまり、エリザベス朝の「へんてこりん」な舞台空間がなければ、『ロミオとジュリエット』なんて生まれなかったろう。劇場という空間は、舞台にとって決定的な要素なのである。

| Posted: Riken Yamamoto

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