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      <title>Y-GSA｜スタジオ｜山本スタジオ</title>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>山本です。「地域社会圏モデル」プロジェクト会議</title>
         <description>7月23日の第一回「地域社会圏モデル」プロジェクト会議の出席者は

各企業名を公開していいという了解をもらっていないので､今は言えないけど、
横浜の大企業の技術者部隊が総決起したような会議だった。
それとY-GSA生17人、山本スタジオと横浜国大産学協同のステアリングメンバー。
Y-GSAの想像力が問われている。参加者たちからも圧倒的に支持されるようなラディカルな「地域社会圏モデル」を考えよう。
この会議の記録が重要です。毎回議事録をとって各参加者たちに送ってください。同時に参加者たちの発言に対する回答、感想を議事録上に掲載してください。議事録がそのままそれぞれの参加者たちの発言のプラトットフォームになるといいと思うのですが。INAXの高田さんに、相談にのってください。

二つの敷地の周辺環境特性を調べてください。
この敷地に住む人に対してサポートする人たちの可能性についてしらべてください。医者、看護士、福祉士など、あるいは
小規模多機能施設とコンビニが一体になった場合、どの程度の人員が必要なのか､いくらぐらい人件費がかかるのか。ボランティアにはいくら払うのか。どの程度の人数が被介護の対象なのか。あるいは被保育の対象なのか。
ここには主婦（無給労働者）がいることを前提とするのか。
周辺の産業との関係はどうするのか。
この場所で何らかの経済活動が可能なのか。
マネージメントは誰がどのようなコンセンサスの元にするのか。自動制御の技術は役に立つのか。
マネージメントの計画は管理計画でもある。ここの住民たちは被管理者なのか。
エネルギーを含むインフラどこから供給されるのか。基本的に自給自足を目指すのか。
交通インフラは「地域社会圏」の内側の問題であり、外側との関係の問題である。新たな交通インフラを目指すのか。
「地域社会圏」の緑化と菜園の可能性。
ゴミはどのように処理されるのか。

というようなことを調べつつ､次の会議までには模型をつくりたい。最低でも末光チーム一つ、仲チーム一つ。</description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 27 Jul 2010 11:30:05 +0900</pubDate>
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         <title>山本です、シリーズ２。「施設」の設計者</title>
         <description>無意識化のもう一つの側面は、「建築空間」の設計者たちを施設設計の技術者として管理することである。
本来「建築空間」の最も重要な担い手である建築の設計者を「技術者」として､徹底して国家の管理下に置くというシステムである。日本での建築教育は明治新政府によってその骨格がつくられた。それ以降工学部の中にあって技術者教育が徹底されている。「技術者」という意味は､あらかじめ切り分けられた施設の設計者として､なぜそれがそのように切り分けられているのか､その根拠を疑わないで設計する人という意味である。日本では優れた技術者というのはそういう技術者である。ちなみにこれは建築の業界に限らない。自動車業界も機械も電気もエレクトロニクスもどのような業界であっても技術者の置かれている立場は変わらない。与えられたテーマ（何のために誰のためにつくるのか）のその思想的根拠を疑わずにひたすら「切り分けられた物」としての製品の効率や経済効果を上げる役割である。技術者の扱うのは単なる「物」であり「施設」である。「技術立国日本」なんていっても､技術者の無思想化が徹底されているだけなのである。そして建築の設計者もまたそうした技術者の一員として制度の中に組み込まれているわけである。私たち建築の設計者が扱う対象はあらかじめ切り分けられた「施設」の設計なのである。
繰り返すけど、「建築空間」を通じて私たちの日常がいかに管理されているか。管理の方法は「建築空間」の、その施設化である。「施設」を標準化（normalize）することによって､標準的（normal）な行動様式（behavior）が誘導される。つまり「建築空間の施設化」と官僚制度（統治者の見えない統治システム）とはいわば一枚のコインの裏表である。その施設を使う多くの人たちは､その施設が機能的にできあがっていると信じていると思う。「機能的」という意味は「単一機能・単一敷地」に切り分けられた施設として、その切り分けられ方に忠実にできているという意味である。「標準的」という意味とほとんど同じになってしまっているのに､全くそれを疑問に思わないのである。「建築空間」は機能的であればそれでいいんです､という人がいまや圧倒的大多数なのである。
「施設」の設計には何らかの固有の意志を持った設計者というのは登場しない。設計者はその施設の標準化に従事する忠実な標準設計技術者なのである。「施設」にはどこにも誰かの意図や意志が介在していない。ただ機能的にできている。「建築空間」とはそのようなものだと考えられているのである。「建築空間」をそのようなものだと考えることによって施設化が完成する。それが「建築空間」の無意識化の本質である。
さらに言えば､その「単一機能・単一敷地」に切り分けられた施設たちをもう一度相互に結びつけるシステムがインフラ・ストラクチャーである。交通やエネルギーや上下水道や情報網などである。つまり、今の私たちが生活している空間は日本中に整備されたインフラとそこに接続されて､それぞれに孤立している「施設」群によって成り立っているというわけである。そのように計画され､そしてそのように私たちは認識しているはずである。
1960年代に建築家が提案した都市像がそのようなインフラとそのインフラに接続された施設群による都市像であった。たとえば丹下健三の「東京計画1960」では東京湾を縦断する巨大インフラをつくる。そのインフラに住宅を含む様々な施設を接続させて東京全体を再構築しようという提案である。あるいはイギリスの若手建築家グループ「アーキグラム」のplug in city計画は搭状のインフラに施設化されたユニットがplug in される。「施設」はもはや人間を収容する単なるカプセルである。あるいは日本の「メタボリズム」の提案も動かないインフラと必要に応じて変換可能な施設群によって構成された都市像である。この60年代の建築家たちの都市像は、インフラがまずあってそれに従属する建築というイメージである。多くの建築家たちの興味が建築から都市へとシフトし始めたのもこの頃である。
「建築空間の施設化」は一方でそれを支えるインフラの充実が必要条件である。十分なインフラに接続されてはじめてそれに従属する施設化が可能なのである。張り巡らされたインフラのネットワークとそれに接続される従属する全国一律標準的な「施設」というイメージは私たちがいまだに持ち続けている生活空間の鳥瞰的イメージである。つまり「単一機能・単一敷地」の施設とそれを支えるインフラの関係なのである。
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         <link>http://www.y-gsa.jp/studio/yamamoto/2010/07/post_66.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 26 Jul 2010 20:08:33 +0900</pubDate>
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         <title>山本です､シリーズ２。「建築空間」は「表象の空間」である</title>
         <description>それではその「単一機能・単一敷地」の施設がなぜ私たちの無意識と結びつくのか。
これも私たちの活動が「建築空間」の中にあるということと深く関係している。「建築空間」の中に現れる私たちの現れ方と関係している。「建築空間」の中では、私たち個人個人は常に､「表象（身分､肩書き）」として現れるからである。その建築空間の中では私たちは「あらかじめ定められた行動様式」に意識的、無意識的に従っているのである。「定められた行動様式」というのはいわば「作法」である。ハンナ・アレントはそれを&apos;behavior(振る舞い)&apos;と言った。（「人間の条件」p65）私たちは建築空間の中では表象されたその人にふさわしい振る舞い方（作法）に則って行動する。建築空間はその作法ができるだけスムースに行われるように設計されているのである。「個人が社会的地位にふさわしいものでなければならないという態度」（同掲書）が尊重されるように設計されている。たとえば学校だったら、先生は先生らしく､生徒は生徒らしく振る舞うことができる（作法に則ることができる）ように、病院では医者、看護婦、患者の序列をどんな場面でもできるだけ忠実に再現できるように、ホテルだったらそこに来るお客さんが､品のいいおじさんおばさん、良家の子女のごとく振る舞えるように設計される。あるいは住宅だったら、優しいママ、元気なパパ、賢い子供たちを演じられるようにつくられる。建築空間にあらわれる人間は､一人一人個性をもった人間としてではなくて､その社会の命ずる「作法」に従った「表象」としての､つまり社会的な役割としての人間なのである。建築空間の中に登場する人間はそうした「表象」として以外に現れようがないのである。それが「建築空間」である。「建築空間」は「表象の空間」なのである。
そこで、である。その建築空間が表象の空間であるとしたらそれを「施設」として扱うことで､そこに登場する登場人物たち、つまり利用者たちを画一的なそして固定的な表象として扱うことが可能になるのである。「施設」としての建築空間は、単一の機能に則ってつくられる。劇場、図書館、美術館、学校、特別養護老人ホーム、幼稚園、住宅など単一機能の施設である。そして、その施設は一つの敷地の内側につくられる。その敷地の外側とは関係を持たない。なぜならその外側との関係はその施設の単一機能を壊す恐れがあるからである。施設はあらかじめ敷地を決められ､機能を決められ､その単一性が保証されているわけである。だからこそ、その施設の利用者像（表象）はその単一性に見合うように極めて画一的な､つまり標準的(ノーマル)な人間として扱うことが可能になるわけである。その標準化がつまり見えない管理の仕組みの本質である。
「（管理された）社会は、それぞれの成員にある種の行動（behavior）を期待し、無数の多様な規則を押しつける。そしてこれらの規則はすべてその成員を『正常化（normalize）』し、彼らを行動（behave）させ､自発的な活動や優れた成果を排除する傾向をもつ」（前掲書、p64）というアレントの指摘は、それがそのまま「管理」あるいは「統治」の本質である。（管理された）という括弧内の補足は山本による。アレントは&apos;社会&apos;という言葉を極めて限定的に使う。私的に管理された集団関係を社会と呼んでいる。そして「統治の最も社会的な形式は官僚制である」（同掲書p63）とアレントは言う。そうだとしたら、逆に言えば官僚制がつくる統治のシステムによって運営されている今の私たちの生活が社会である。つまり「建築空間の施設化」は「官僚制」の本質なのである。「官僚制」とは統治者の見えない統治システムのことである。様々な施設においてその利用者は常に標準的（ノーマル）な人間として期待され､あるいはそのように教育されるのである。でも、多くの人はそんなことは意識もしない。「建築空間」の無意識化は、つまり、管理された空間の無意識化であり、その空間を使う人たちの標準化なのである。</description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 25 Jul 2010 18:18:09 +0900</pubDate>
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         <title>山本です､シリーズ２。「建築空間」の施設化</title>
         <description>しばらく間が開いてしまった。この間に､「地域社会圏モデル」の第二幕が始まった。つい最近第二幕の最初のミーティングがあったばかりだけど、ここでは､その「地域社会圏」のバックグラウンドをもう少し詳細に考えてみたい。
ハンナ・アレントを手がかりにして「地域社会圏」を考えてきたけど､その次のシリーズである。
私たちが相手をしている「建築空間」とは何か、あるいは私たちの「活動」（action）を支えている「建築空間」とは何か。それを本質的な問題として考えて行きたい。

家族にしてもコミュニティーにしても､あるいは何らかのアソシエーションにしても､そうした集団は常にその集団に固有の空間と深く関係している。あるいは親密性、公共性、私性といったその集団における個人の様々な活動や活動の属性は、その活動と共にある空間と深く関係している。
空間というと抽象的過ぎるのでもっと単純に直截にそして分かり易く言うと､「建築空間」である。「建築空間」というのは具体的な建築の内部空間であり、その建築とその周辺との関係によってつくられる外部空間である。物理的な空間である。様々な活動はそうした「建築空間」と深く関係している。ところがそれがあまりにも深く関係しているものだから､私たちは自分たちがその「建築空間」の中にいることをときとして忘れてしまうのである。私たちが大気中にいて呼吸していることを日常生活では忘れているのと同じである。「建築空間」の中にいて､そこでの様々な活動がその「建築空間」によって支えられているのに、それを忘れてしまう。その「活動の意味」を「建築空間」と共に認識しているはずなのに、それを忘れてしまうのである。忘れるというよりもそれを全く意識しない。無意識なのである。
何でこれほど無意識なのか。私たちの様々な活動が「建築空間」と共にあるはずなのにそれに気がついかない。それは何故か。
私たち設計者はその建築空間に直接関わる仕事をしているから気がついているけれども、その様々な活動が「建築空間と共にある」ことを無意識化させる力が働いているのである。
私たちの日常が建築空間と共にあることを無意識化させる力が働いている。大袈裟な、と笑われるかも知れないけど、改めて考えてみれば､建築空間の無意識化は管理する側から見ると極めて重要なのである。「建築空間」は常にどのような場合でも、それは管理された空間である。空間の管理はそこでの活動の管理である。「建築空間」がそこでの様々な活動と深く関わっているとしたら､逆に､「建築空間」を制御（コントロール）することでその「建築空間」の中の人たちの様々な活動を管理することできるのはむしろ当然である。「建築空間」は歴史的にもそのような役割をふんだんに担ってきているのである。もちろん今でもそうである。
でも問題は、「建築空間が管理空間」である、というところにあるのではなくて､その無意識化である。「建築空間が管理空間」であるという当然のことが私たちの日常の背後に隠されている。それが問題なのである。隠されているということはその管理の主体が隠されているということである。そして、実際、「建築空間」は多くの人が知らないところで実に巧妙に制御されている。制御する主体はよく見えない。だから多く人たちは自分たちが「建築空間」の中にいてそれを媒介にしてそこで管理されていることに気がつかないのである。「建築空間」を媒介にしてコントロールされていることに気がつかないのである。
「建築空間」を見えないように制御（コントロール）する方法は次のようなものである。
一つは「建築空間」の管理の方法の単純化である。産業革命以降、特に19世紀後半から第一次世界対戦期を挟んで20世紀前半にかけて発明され洗練されてきた方法である。建築の側から言うと「近代建築」の方法がその方法である。「近代建築」の方法は「建築空間」を機能類型ごとに切り分ける。たとえば住宅、オフィス、工場、病院、図書館、保育園、幼稚園、学校、劇場、美術館等々、「建築空間」を機能類型ごとにそれぞれ独立した一つの建築と見なすのである。「建築空間」のその境界は、実際は極めて曖昧である。その建築とその周辺との関係を含めて「建築空間」なのである。それを切り分ける。「建築空間」が機能類型と敷地（所有権）によって切り分けられる。その切り分けられた「建築空間」は「施設」と呼ばれる。「施設」は「単一機能・単一敷地」である。ここで重要なのは「建築空間」が一つの独立した「施設」として切り分けられることによって､それを管理する方法が極めて単純化されるということである。つまり「単一機能・単一敷地」に切り分けられた様々な「施設」は同時に国家的な行政システムとぴったり重なるように配置されることが可能になるわけである。たとえば厚労省や国交省や文科省や経産省やその他国家行政の行政システムの管轄下に置かれて､それが法制化される。つまり、全国一律中央集権的な管理が可能になるという意味である。病院にしても､図書館にしても、小学校にしても､住宅にしても、それぞれの監督官庁の管理の下で全国一律的標準施設ができあがる。たとえば住宅だったら公営住宅法によって､学校だったら学校教育法、図書館なら図書館法、病院なら医療法、あるいは各省庁の省令や&apos;告示&apos;や&apos;通達&apos;などの指導によって日本の北から南まで標準的な施設が可能になるわけである。一方、「単一敷地」ごとに切り分けられるということは、周辺との関係が不問になるということである。「建築空間」はそれ自身であると同時に周辺との関係でもある。ところが「施設」としての建築はその周辺との関係を問われることなく計画され実現されるのである。行政システムがセクションごとに排他的に縦割りになって、その行政システムに則って一つの施設が一つの敷地に配置されるからである。
「建築空間」を一つの独立した施設として扱う。そしてその独立した施設を管理（制御）する。これは実は極めて巧妙な管理方法である。つまり国家を運営するときの運営方法として極めて巧妙にできているという意味である。私たちは今やそうした施設がそれぞれ敷地ごとに独立した施設であることをほとんど当然のように受け入れてしまっているのである。
「建築空間」は特に日本では徹底して「施設」として扱われる。「施設」という意味は繰り返すけど、「単一機能・単一敷地」に切り分けられた行政管理の対象となる建築空間という意味である。一つの敷地のその内側に限定され、その内側で完結している建築のことである。つまり「施設」という言葉が意味するのは､公共建築であれ民間建築であれ､その施設の単一機能であり、周辺環境からの独立性（孤立性）であり、（国家）行政の徹底した管理下にあるということである。</description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Jul 2010 00:56:59 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>山本です。「クロスストリート」続き</title>
         <description>生産の現場に近ければ近いほど､その「ものづくり（工作人）」に対する偏見はより大きくなる。そうした傾向が日本では特に激しい。偏見といってもいいし差別と直截にいってもいい。思想は上流から下流に伝達されると思っているのである。生産の現場が最下流である。前回話をした思想の上意下達とはそのような意味である。自分は上流にいると思っている人ほどそれが身体化されているように思う。そうじゃなかったら､この「朝日新聞」の「クロスストリート」に対する扱いが説明できない。日野さんからもメールをもらって憤っていると言っていたけど､これは日野さんたちだけの問題ではない。ここに最も本質的な矛盾が隠されているのである。
私がアレントに惹かれるのはこの本質的な矛盾に気がついている極めて少数の人の一人だと思うからである。
「世界」は人工的な「物」によってできている。その人工物による「世界」に私たちは決定的に拘束されている、とアレントは言う。その「世界」によって拘束されてその拘束性に無自覚なまま「世界」にとどまることもできるし（日常への頽落、ハイデガー）､その「世界」を自覚的に変えることもできる。
アレント解釈の本を何冊か読んでみたけど、多くの解説者はこの「世界」という言葉の意味をほとんど理解していないようにみえる。（あるいは私自身が自分に都合の良いようにアレントを解釈してしまっている、ということもあると思うけどね）人工物によってできている「世界」という意味をむしろ敢えて理解しようとしないのである。世界はもっと抽象的な単なる思考の範疇という程度の意味として理解されている。つまり世界について考えることは、いわば川の上流で考えられるべきことで､最下流のたかだか「ものづくり」なんかとはまったく無縁である。そう考えたいのだと思う。
そこで、何人かの人の建築に対する考え方を引用する。建築あるいは建築家はこのように見られているんだという､ちょっとショッキングな文章である。

池内紀（ドイツ文学者）神奈川県立美術館葉山館「大切な風景」
「『誰の設計？』（中略）『エーと､なんと言ったかナ･･・』某設計事務所。（学芸員が）名前を思い出せないのは､とてもいいことである。近年は逆のケースがもっぱらだ。まず建築家が言われ､取りざたされ､看板のように出しゃばっている。
美術館の主役は作品であり、それを用意した人、大切に守っている人、つまり、ここで『暮らす』人たちなのだ。建物はそのためのウツワである。過不足のない容器であればいい。にもかかわらず建築家が我がもの顔に立ちはだかり、ジャマ立てをする。作品のために壁をいじくり､片隅に押しやり､気の好い来訪者を疲れさせる。」


井上ひさし（劇作家）多目的ホールは無目的ホールに堕落します「神静民法」2007年4月29日
「（前略）ちなみに私たち『こまつ座』は、機関誌［the座］のために､全世界の1000の劇場に連絡、そして資料を取り寄せ、支配人にアンケートした資料があり、日本で一番、劇場に詳しいと思います。世界の劇場はみんな、一見平凡な型をしています（そこに劇場の本質があります）。へんてこりんでいいのは演目（だしもの）だけです」



桧森隆一（嘉悦大学教授）「建築ジャーナル」2010年4月号
「公共建築を設計する建築家にお願いしたいことは､謙虚な姿勢で市民のニーズを把握し、それをコストパフォーマンスよく形にすることのみである。」

ほんの断片的な文章だけど、情けないことにこれが今の日本の水準である。この三つの文章に共通して見られる態度は、建築家の仕事は上流からの思想に忠実であるべきだという態度である。上流というのは劇場であれば劇作家やその劇場で活動する人たち、美術館であれば学芸員、公共建築であればその利用者、そういう人の意見あるいは思想のことである。建築家の仕事はその思想を忠実に反映することだけを考えて､「コストパフォーマンスよく形にすることのみである」余計なことをするなという。ここからは建築家に対する嫌悪感さえ読み取れる。私はアジアでも中国でも韓国でも、ヨーロッパでも仕事をしているけど、こんな国は日本だけである。
井上さんが1000の劇場から意見を聞いたというけど、それは劇作家､あるいは演劇を提供する側からという立場においてである。同じ劇場を見るにしても、それを見る立場は様々である。それをまったく無視して1000の劇場から意見を聞いたというそれだけの理由で日本で一番劇場に詳しいというのはあまりに傲慢だと思う。百歩譲っても、ある一つの立場においては､という限定的な条件のもとで「日本一」なのだろうと思う。「日本一」かどうかは言う人の勝手だと思うけど。もっと問題なのは「へんてこりん」なものに対する認識である。
あらゆる新しいものは、最初は「へんてこりん」なものとして今の社会の日常の中に登場する。そして「へんてこりん」なものは時に日常を覚醒し、時には社会を変える力を持っている。誰でも「へんてこりん」なものをつくり提案する権利があるはずなのである。それは万人に平等に与えられている権利なのである。時にはそれは義務である。思想は上流から下流に伝達されるという思い込みは、「へんてこりん」なものを考えつくる権利､それを解釈する権利は上流に位置する者にのみ与えられる特権であるという思い込みである。「へんてこりんでいいのは演目（だしもの）だけです」という井上さんの言葉からはそうしたあまりにも偏った態度が伺える。多分、軽い冗談のつもりで、そんなことは考えてもみなかったのだと思うけど、作家としては非常に無防備な発言である。自分の偏見にまったく気がついていない文章なのである。そうなのだ。「ものづくり」に対する根源的な偏見が自分の中に潜んでいるという自覚は多くの人に決定的に欠けているのである。井上さんのような高い知性をもっているはずの人においてすら､なのである。世界の優れた劇場はみんな「へんてこりん」である。井上さんの目からはいかに平凡に見えたとしても、それらはその時代の建築家の強烈な個性によってつくられているのである。
池内さんの指摘は､建築の現場でどのようなことが行われているか､それをまったく知らないが故の誤解である。建築家と学芸員はその設計のプロセスで徹底的に話し合う。できあがった建築は学芸員と話し合った結果でもあるわけである。つまりこの美術館では建築家の名前を忘れるような話し合いしかしてこなかったのである。葉山の県立美術館はイギリスのサッチャー政権の時に発明されたPFIという民間の資金を調達する方法でできている。学芸員が設計者の名前を知らない等という驚くべき不毛はこのPFIという設計・建設の手法故である。この問題については機会があればまた書きたいと思うけど。
SA.LHAUSのクロスストリート問題は実は､建築という日本ではほとんど認知されていない「仕事」（work）に対する偏見の本質なのである。朝日新聞の記事は単なるその偏見の結果に過ぎないのである。
使う人､つくる人の意見を聞け､その人の言うとおりつくればいいのだ､というのは一面正しそうに聞こえる。でも、その使う人は誰か、つくる人は誰か、それを考えると建築は極めて複雑である。誰のためにそれをつくるのかという問いは極めて本質的である。劇場は劇作家のためでもないしそれを管理する人のためでもない。あるいはそれを利用する特権的な利用者のためのものでもない。公共建築であろうと民間の建築であろうと、それがどのような用途の建築であったとしても、単にそれはそれをつくる人、利用する人のためだけのものではない。それじゃあ誰のためにつくるのか。それがどのような建築であったとしても、その建築はその地域社会にどのように貢献するか､それを問われる。私たち「ものづくり」がまずそれを問われるはずである。
建築家の側からの視点の中心はそこにある。だからどんな施主が登場しようと､どんな特権的な利用者が登場しようと､誰が命令しようと､まず私たちはその地域社会の中で私たちのつくる建築がどのようにその地域社会に対して貢献し得るのか､それを考える。そこが建築家の仕事の中心課題である。アレントのように言うなら、私たちの「仕事」（work）は「世界」をつくる仕事である。単純にいうと環境をつくる。地域社会の中の一つの環境としてその建築について考えるのが私たちの仕事であると思う。井上ひさしさんにしても池内紀さんにしても､建築は内側の機能だと思っている。その機能を充足させるのが建築家の役割だと思っているようなのである。だからどう使うのかそれを使う人に聞け､という理論である。それはその通りだと思う。使う人の意見は常に私たちにとって重要条件である。でもそれ以上に重要なのはその建築が未来のかなり先までそこに残るであろうということである。アレントの言う「世界」という意味の本質である。私たちはそこに責任を負っている。単に現在的な施主の要望に画一的な答えをもって答えることが「仕事」（work）ではないのである。</description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 07 Jun 2010 13:04:34 +0900</pubDate>
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         <title>山本です。クロスストリート</title>
         <description>５月１５日付けの「朝日新聞」に「伊勢佐木に音楽拠点」という記事が掲載されていた。&quot;「ゆず」が命名「クロスストリート」&quot;と副題にある。「施設は市の助成で取り組んだ活性化事業の一環で、同町３〜７丁目の商店主ら３０００人が作る協同組合伊勢佐木町商店街（山本純市理事長）が三千万円かけてつくった」ということは説明されていても､誰が設計したのか､その建築については一言も触れられていない。ものをつくる人がそこにいる､という意識がこの記者（織井優佳）からはすっぽりと抜け落ちてしまっているのである。「協同組合が三千万円だしてつくった」この文章から読み取れるのはつくるという意味、あるいはつくるひとという意味が決定的に剥奪され漂白されてしまっているという現実である。建築は協同組合の人々の決断だった。実際に設計して作ることは､その決断の後にやってくるオートマティックな作業なのである。少なくともこの記者の意識においてはそうである。だから設計者が何者か､なぜこのような建築が発想されたのか､そこはまったく記者の意識の範疇にない。建築は見えていないのである。これはこの記者の問題ではない。この記事が今の日本のものづくりにたいする意識そのものなのである。
「労働」（labor）と「仕事」（work）との区別が失われてしまった。そこに区別があることすらもはや意識されていないというのがアレントの指摘だった。すべてが「労働」（labor）なのである。「労働」（labor）とは何者かつくらせる者の意志において､そしてその意志に基づいて忠実に活動することの総称である。「労働」（labor）する者はそのつくらせる者の意志に従ってそして効率よくつくる。つくらせる者の意志を効率よく実現さえできれば誰でもいい。その人の思想は問われない。それがものづくりに対する多くの人たちの意識である。
「クロスストリート」と名付けられてこの建築にSALHAUS(安原・日野・栃沢､三人による設計事務所)が関わらなかったら、できあがっていたとはしても、単なるプレハブで終わっていたと思う。実際伊勢佐木町の協同組合の人たちはそれでも良いと思っていた､という裏話を日野さんから聞いた。それを､それもローコストで、こうしたシンボリックなかたちの小ホールにしたのは日野さん栃沢さん安原さんの功績である。この建築はこの場所にとても良く似合っている。とてもいい。こういう建築が「地域社会圏」の中心になるのである。意識としての「地域社会圏」をつくっていくのである。組合の人たちの様々な意見をまとめて実現までたどり着くまでの困難は日野さんから直接聞いたけど、想像できる。もしこの&quot;かたち&quot;ではなくて､単なるプレハブ建築だったら、伊勢佐木町はこれほど盛り上がっただろうか。アーティストは気合いが入るだろうか。
この「ものづくり」の意志や思想がこれほどまでに無視されるのは、アレントのいうとおりで、あらゆる創造活動が「労働」（labor）の結果だと思われているからである。これは近代社会､特に遅れて近代化に参加した国に固有の「ものづくり」に対する偏見である。さらに日本の長い間の中央集権制度のおかげで思想の上意下達が多くの人たちに身体化されてしまっているという､もう一つの特殊事情もあるけど、この話はいずれまた。</description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 19 May 2010 02:28:05 +0900</pubDate>
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         <title>山本です。「地域社会圏経済」</title>
         <description>「地域社会圏」はそこでの経済活動と共に考えられるべきである､という土居義武岳さんの指摘（土居さんのブログ）はまったくその通りだと思う。１９世紀の、たとえば､ミュルーズは繊維工業を基盤とする一大産業中心地だった。土居さんからは自動車博物館のスライドを見せてもらったけど、繊維工業に限らず､自動車産業や、ストーブや当時の最先端技術の集積された場所だったのである。その産業労働者のための住宅群がミュルーズの住宅群である。日本の「企業城下町」もまた産業と労働者住宅のコンプレックスであった。でも、そこで働く人たちはその企業の賃労働者である。コンプレックスとはいっても、産業と居住とが密接に関係していたわけではない。働く場所は居住地区とはまったく離れた場所にあったわけである。
「地域社会圏」は、もっと小さな単位である。経済活動といっても､小さなお店かも知れないし､コンビニかも知れないし､あるいは小さな農園かも知れない。あるいは小さな商店街、その場所の特性と共に考えられるような経済活動である。経済活動とはいっても､今のグローバリズムとはなんの関係もない､地域社会圏経済である。
経済（economy）というのは元々そういうものだった。オイキア（家族生活）の場所がオイコス（家）である。Oikos-nomos（家政）がEconomyという言葉の語源である。Oikosの内側で家族という関係を支えるための活動が経済だった。それはポリスにおける公的な生活とはなんの関係もなかったのである。それが家族を超えて社会の下部構造そのものの意味になったのは､資本主義社会、産業革命以降である。そしてさらに1970年代からの市場原理主義が「地域社会圏経済」を決定的に解体させてしまった。「地域社会圏経済」などという言葉があるのかないのか知らないけど、地域社会の内側でその「地域社会圏」の人々を対象にする経済圏のことである。
個人的な記憶だけど、1960年代までは、私の周辺の地域社会は何らかの商売をしているひとたちによって構成されていた。私の実家は薬局だったし、隣は靴屋だった。その隣は乾物屋だった。向かいはたばこ屋だった。専用住宅なんてほとんどなかった。町はそうした小規模店舗付き住宅によって構成されていたのである。細々だけど生き生きした「地域社会圏経済」が成り立っていたのである。
そういう過去の状況を復活させるのはもはや無理だと思うけど、でも、その「地域社会圏」の内側で小さな経済圏をつくることは不可能ではないと思う。たとえば地域通貨のような考え方もあるだろうし、その地域通貨を利用して､個々の人たちがサービスを提供するということもあり得る。「経済」というのは元々内側の人たちが内側に向かってサービスすることだったのである。古代ギリシャでは､そのサービスの領域がオイキア（家族）である。（「人間の条件」p54）そのサービスを担ったのは古代ギリシャでは奴隷だった。「社会が勃興し、『家族（オイキア）』あるいは経済行動が公的領域に侵入してくるとともに、家計と､かつては家族の私的領域に関連していたすべての問題が「集団的」関心となったからである。」（p55）
単純にいうと内側の人たちが内側に向かってするサービスのことを経済（家政）といっていた。それが社会全体の問題になっていったのは､家族という関係が極限まで引き延ばされた結果である。というのがアレントの解釈である。「家族の集団が経済的に組織されて、一つの超人間的家族の模写となっているものこそ､私たちが『社会』と呼んでいるものであり、その政治的な組織形態が『国民（国家）』と呼ばれているのである」（p50）こうしたところがアレントのすごいところで経済と家族と社会と国家があっさりこの一言で結びつけられている。そして、経済こそ社会的だと思っている私たちの常識とは真っ向から対立する考え方である。経済は社会的ではあり得ない。あるいは経済を社会的と考えるような､そういう社会は公共性を担うことができない。単に引き延ばされた私的な（家族的な）関係でしかない、といっているのである。これは今の市場原理主義を先取りして批判しているように読める。利潤をあげることが目的化して､それが社会を動かすエンジンになっていると考えるような、今の社会に対する考え方が破綻しつつあるというのも一方の私たちの実感である。この話はまた改めてするけど､話題は「地域社会圏経済」である。
「地域社会圏」はどのように運営されるのか。その運営の費用は誰が負担するのか。その「地域社会圏」は誰が誰のためにつくるのか。「１住宅＝１家族」において問われたことがここでも問題になるのである。
「地域社会圏」と一緒にそこでどのような経済活動が可能なのか､それを考えたい。</description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 19 May 2010 02:04:17 +0900</pubDate>
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         <title>山本です。コペルニクス的転回の続き。</title>
         <description>人工物によって構成された世界の内側に私たちはいる。その世界に私たちは拘束されている。なぜ拘束されるかというとその人工物が人間の寿命よりも遙かに長くそこに存在し続けるからである。私たちよりも先にそこにあるからこそ、その「物」による世界が人間活動の秩序（基準）になるのである。それが世界という意味である。
「世界の物は人間生活を安定させる機能を持っているといえる。なるほどヘラクレイトスは、人間は二度と同じ流れの中にいることはできないといったし、人間の方も絶えず変化する。それにもかかわらず､事実をいえば､人間は､同じ椅子、同じテーブルに結びつけられているのであって､それによって､その人間の同一性、すなわち、そのアイデンティティーを取り戻すことができるのである」（同掲書p225）「同じ椅子、同じテーブル」というのは〈工作人〉によってつくられた「物」によってつくられる「人工的な世界（an artificial world）」の換喩である。ヘラクレイトスは古代ギリシャの哲学者。「万物は流転する」と言った。人間の活動もその都度変化するし、その都度失われていってしまう。それでもいつも同じ場所にある同じ椅子とテーブルのおかげでその活動は秩序付けられ､歴史に刻まれる。アイデンティティーを取り戻すというのはそういう意味である。そこに自分の活動を刻印することである。
アレントは「ものづくり」が何者か驚くほどよく知っている。
「地域社会圏モデル」は建築という「物」の側から今の社会（政治）について考えるという試みである。「物」の側から考えるということを､長い間私たちは忘れてきたように思う。「物」は単に社会の要請に従うものだとずっと私たち自身が思い込んできた。あるいはそう考えるように訓練されてきたということなのだと思う。CIAMにしてもアーキグラムにしても､あるいはメタボリズムにしても､そのテーマは社会の要請を受けて、いかにして社会のその変化のスピードについて行くことができるか､ということだった。社会の側に主体がある。建築はその僕である。1920年代の近代建築の黎明期からそれは建築家が改めて獲得した落としどころだったのである。そこが働き場所だった。
それが最大の間違いだったのである。
物の側から考えるという意味はそれをもう一度考え直してみようという試みである。その試みが「地域社会圏」である。
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 12 May 2010 00:33:14 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>山本です。コペルニクス的転回</title>
         <description>建築などによってつくられる人工的な環境「世界」（an &quot;artificial&quot; world of things）は私たちが思っているよりも遙かに私たちの日常的な「活動」（activity）を強く拘束している。でも、常にその環境の中にいる多くの人たちはその「拘束性」に気がつかない。空気がないと生きていけないけど、日常生活の中では私たちはそれを意識していない。それと同じだ。でもひょっとしたら「工作人」（ものづくり）だけが実感としてそれを感じ取っている。どんな建築家であったとしても､それを感じる感受性の違いはあるにしても､建築家はその空間の拘束性については極めて注意深いはずである。設計をするときは常にそこを考えている。〈工作人〉の意志が介在するというのはそのような意味においてである。その建築をつくってしまったら､その建築がどのようにして「活動」（activity）を拘束するのか私たちは良く知っている。でも、多くの人たちは人工的な環境が私たちの「活動」（activity）を拘束しているなどとは夢にも思わないようなのである。建築は必要に応じてできているにすぎないと思っているからである。だから､建築家たちがそこにいかに注意深いか、そんなこと考えることもできないのである。
非常に卑近な例を挙げれば､たとえば姉歯事件である。姉歯は鉄筋量をごまかすことで少しでもローコストを計ろうとした。そんなことをしたら将来どういうことになるか分かっていたはずである。鉄筋量をごまかすことが注文主の要請であると思った、あるいはそれを要請されていると思い込んで､決断したしまった。こんなことをしたら将来どうなっちゃうか、ということよりも身近な利益､身近な注文主の要請を最優先させたのである。注文主の要請か､それとも未来か、建築をつくっているとこうしたことは頻繁に起こる。鉄筋量をごまかすなんてことは論外だけど、こんなことしたら将来どうなっちゃうか､それは常に問われる。でも注文主はそれを考えない。公共でも民間でもである。目先のことしか考えない。建築は機能的にできている。今の要求を満たせばそれでいいと思っているからである。でも、その注文主の要請を超えて、こんなことしたら将来どうなっちゃうか、それを考えるのが〈工作人〉の「仕事」（work）である。今か未来か、私たちはその間で「仕事」（work）をしている。姉歯的アポリアは〈工作人〉の宿命なのである。そのアポリアを理解する発注者あるいは利用者は日本では極めて少ない。
人工的な環境によってどれだけ私たちの日常が拘束されているのか､それは多くの人には自覚できない。その環境の内側にすっぽり入り込んで､それが自らの関心の対象にはならないからである。その環境に同化してしまっているからである。
ハンナ・アレントはそれを指摘した。世界は人工物によってできている。「世界」とは「an&quot;artificial &quot;world of things」のことである。よくぞ言った､と思う。この本の真骨頂である。でも、多くの人にこのアレントの思い切った発言は伝わるのだろうか。
コペルニクス的な転回だと思う。天動説が地動説にひっくり返るような逆転である。人工物は人間のつくるものだというのが私たちの常識である。あらゆる人工物は利用する人が「ものづくり（工作人）」に命じてつくらせるものだというのが多くの人たちの常識である。それを逆転しちゃったのである。逆に人工物が私たちの「活動」（action）を拘束している。それが「世界」だというのである。これはアレントの考え方の中でももっと評価されていい考え方だと思うのだけども､あまり取り上げられない。その重要さが認識されていないように思う。
私たち「ものづくり（工作人）」にとってはそのアレントのいう逆転された関係の方がより実感に近い。でもそれを言う人は今まであまりいなかったように思う。多くの人たちにとっては「何それ」なのである。理解の範疇にない､というよりもそんなこと考えたこともないのだと思う。そこに私たち「ものづくり」の困難さがある。
ものづくり「仕事人」の「仕事」（work）は注文に応じる「労働」（labor）だと今でも思われているからである。</description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 03 May 2010 18:05:35 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>山本です。an&quot;artificial &quot;world of things</title>
         <description>パルテノンが「物」であるということ、あるいはベルンの風景が「物」によって構成されているということは理解が難しいだろうか。ひょっとしたら難しいと思う。私たちの常識的な理解では、あらゆる「物」は必要に応じてできあがるものだからである。パルテノン神殿やベルンの町がそのまま「物」であるという解釈はちょっと私たちの常識とはなじまない。私たちの常識的な解釈ではそれらは「物」以上の「存在」なのである。あらゆる「物」はせいぜい単に有用だからそこにあると思っている。実はそれが「物」に対する近代という時代に固有の解釈である。近代建築理論は「機能」といった。建築に限らずあらゆる「物」は機能的でこそあるべきだ、というのはすでに多くの私たちの常識である。自動車にしてもコンピューターにしても醤油差しにしてもテーブルにしても建築にしても､である。劇場をつくるときも､美術館をつくるときも､市役所をつくるとも､住宅をつくるときも､いつも私たち建築家が言われていることである。使う人のことを考えてね。使いやすくね。「人工物」は機能的であるべきだ、という思想は私たちの社会の隅々にまで行き渡っている。
実はそれが間違いなのだとアレントは言う。「物」は有用だからそこにあるわけではない。単に、今、利用できるという理由でそこにあるわけではない。今だけではなくて未来に向かってつくられている。
ちょっと長いけど引用する。
「物の人工的な世界、つまり〈工作人〉によって樹立される人間の工作物は、死すべき人間の住家となる。そしてその安定性は、人々の生命と活動の絶えず変化する運動に持ちこたえ、それを超えて存続するだろう。しかし、それは､この人工的世界が、消費のために生産される物の純粋な機能主義と使用のために生産される対象物の純粋な有用性とを､ともに超越する限りにおいてである」（同掲書p272）
必要によってつくられる「物」消費のために生産される「物」機能だけの「物」そうしたものは「人間の住家」をつくらない､と言うのである。
つまり、私たちがつくる建築がただ有用である機能的であるという、それだけの理由でそこにあるとしたら、それはもはや「世界」をつくる資格がない。それは消費されるためにのみそこにある。そのような物になってしまう、という。アレントは建築のことをどこまで知っていたのだろうか。「物」とは言っているけど､そこには建築的なイメージ､都市的なイメージが色濃く漂っているように私には思える。「世界」は「人工物」によってできている。「世界」は「an&quot;artificial &quot;world of things」であって、それ以上でも以下でもない。
どんなに長い歴史をもった建築であっても、どんなに美しい都市景観であっても、それは「工作人」がつくった「物」なのである。「工作人」の意志が介在している。
この本が出版されたのは1958年である。それまでのCIAM的な考え方が批判され始めるのが、1956年のチームⅩ以降である。アレントは近代建築批判､機能主義批判をしているようにも読めるけど、建築家たちの活動を知っていたのだろうか。</description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 02 May 2010 12:32:08 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>山本です。物の世界の内側にいる、という意味。</title>
         <description>アイスランドの火山が爆発したおかげでチューリッヒに3日間足止めになっていた。予定外に時間ができて､チューリッヒの伝統的なお祭りを見た。春になったことを喜ぶようなお祭りだった。巨大な藁のタワーの上に雪だるまをのせて､その藁に火を付けて雪だるまを火あぶりにするという､うれしいのか残酷なんだか良くわからないお祭りである。確かにチューリッヒの長い寒い冬から春になるお祭りだから、雪だるまは過酷な冬に対してコノヤロといった気分の象徴なのだろうと思う。雪だるまめ火あぶりだコノヤロのお祭りである。そのお祭りには様々なギルド集団が参加して､その伝統的な衣装や道具やギルドのプライドの一大スペクトラムである。まるでもうコスプレ祭りである。もう500年の伝統があるということである。チューリッヒの町はこうしたイベント共にある。ギルド・ファーミリーが今でも生きているのである。（ギルドとギルドとの関係をソサイアティー、つまり社会という。社会は極めて私的なものだったんだ。アレントの受け売りだけどね。）
おもしろかったのは､フェミニズム・ギルドである。ちょっと変わったコスプレのおばさんたちがいて、彼女たちは20年ほど前から「女ギルド」を名乗っているのだという。ギルド・ファーミリーには女たちは参加できない。掟である。それを変えさせたのである。とはいえ、伝統のお祭りの中に実に違和感なくフェミニズムが収まっていた。
それは建築や都市景観についても同じである。古い町の構造を残しながら､それでも今の生活に見合うように注意深く更新されている。時間があったのでスイスの古い町､ベルンに行った。ケース・クリスチアンセにおもしろい町だよと勧められたのである。川がUの字型に蛇行していて､そのUの字状の内側にベルンの町がある。クロスセクションを描くと、山の字のようになって､その真ん中の大地にベルンの町がある。つまり両サイドが川に挟まれた丘陵である。15世紀に作られた町が少しずつ延伸して､リニアな長い町なのである。町は時代とともに作り直されている。私たち来街者から見れば､ただ古い中世都市が残っているという見え方しかしないのだが、路面電車が走って､トロリーバスが走って､城壁がなくなって､というように今の生活にあわせて少しずつ､あるいは大胆に町は変わっていっているのである。それでも基本的な骨格は厳密に残されている。建物にはいつこの建物が建てられたのかその築年を示す西暦が書き込まれている。1400年代、1500年代、中世都市がそのまま生きているかのようなのである。実際、ここに住んでいる人たちはこの町が永久にここにあるということを信じているように見える。「物による世界」は人々が生まれる前からここにあって､死んでいってもそこにある。「物による世界」とは「an&quot;artificial &quot;world of things」(Ibid,p7)人工物によって作られた世界のことである。「世界」とは人間の手による人工物の「世界」である。アレントの言う「世界」という意味が実際にここにある。ベルンという町自体がそこに住む人にとって一つの「世界」なのである。ベルンという町が「世界」としてそこに現れている。そういう働きをしているのである。ベルンに住む人々はその「世界」との関係の中で生活している。ヨーロッパの古い町に行って私たちが感動するのは､そうした物と人間の活動との信頼関係である。
ところがこの「物と人との信頼関係」は近代化と共に失われて行ってしまう。アレントによればそれは「労働」（labor）と「仕事」（work）の区別が喪失されてしまって､それ以降だということになる。つまり「労働」（labor）が私たちの「諸活動」（activities）の最上位に位置づけられてからである。
「近代の世界の物は､使用されるべき「仕事」（work）の産物ではなく、消費されるのが当然の運命であるような「労働」（labor）の産物となった」（「人間の条件」p186）「私たちは､自分の周りにある世界の物をますます早く置き換える欲求にかられており､もはや、それを使用し､それに固有の耐久性に敬意を払い､それを保持しようとする余裕をもっていない。私たちは､自分たちの家や家具や自動車を消費し、いわば貪り食ってしまわなければならないのである」（同掲書p187）アレントは「物を使用する」という意味を単に「手段としての物」とは考えない。その物の内にあってその物から刺激されその物に再び働きかけることを「使用する」という。「物の使用」は「物の消費」ではない。
建築も家も家具も自動車も単に消費の対象でしかない。これはまさに今の日本の私たちである。それを誰も不思議だとは思っていない。ノーマークだと言ってもいい。だからアレントの言うことが理解できないのである。アレントの解説書を読んでいても､この「物」に対するアレントの極めて強い思いがすっぽりと抜け落ちている理由である。
ベルンの人たちの物と人との関係と私たちと比べるとやはり向こうの方が、「物による世界」という思想をより自覚的に担っている､それが良くわかる。単に古い物はいいという､そんな問題ではなくて、私たちの「物」に対する思想が正に問われているように思う。建築家の責任なんだと思うんだけどね。
今度はバンコクに行くはずがドタキャンになった。向こうの主催者から危険なのでこないで欲しいという連絡が昨日の深夜にあって、首相も出席するはずだった国際シンポジウムがキャンセルになったのである。世界中で地域社会が崩壊しているのである。国家主義、これはグローバリズムというコインの裏と表である、その国家主義と地域社会との軋轢はこれからますます激しくなると思う。
「地域社会圏モデル」が重要な所以である。</description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 29 Apr 2010 11:36:55 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>山本です。「物によって作られる世界」という意味。</title>
         <description>なぜアレントが重要かというと、ハンナ・アレントは､「物によってつくられる世界」と人間の諸活動とを最も本質的な問題として考えたほとんど唯一の思想家だと思うからである。「人間の条件」には「世界」という言葉が頻繁に出てくる。その世界とは「物によってつくられる世界」という意味である。ところが,アレント解説書をいろいろ読んでみたけど、多くの解説者はその「物によってつくられる世界」という意味を理解していないように思える。人間は「物によってつくられる世界」に拘束されている。その中で生まれてその中で死んでゆく。人間は死んでいってしまう。諸活動はその都度記憶から失われていってしまう。その失われっていってしまう人間の諸活動をそこに刻んで「永遠の宇宙」(同掲書p34)に接続するのは「物によってつくられる世界」のその物との関係においてなのである。人間の活動はそのままでは永続性がない。活動のその瞬間から消費されていってしまう。「物によってつくられる世界」の中でその世界に刻印されるからこそ､その活動は永続性を獲得できるのである。
「死すべきものの任務と潜在的な偉大さは、(無限の中にあって住家に値する、そして少なくともある程度まで)住家である物を生みだす能力にある」（同掲書p34）（括弧は山本による。わかりにくい文章なので括弧でくくった。）つまり、一人一人の人間には寿命があるけど､その人間が生みだす住家には永遠性がある。ある程度とは言っているけど､それは個人の生の時間に比べたら圧倒的に長い時間である。でもそのおかげで「死すべきものは､それらの物によって､自分を除いては一切が不死である宇宙の中に､自分たちの場所を見つけることができたのである。」というけど､この文章はすごくわかりにくい。でも、すごく重要なことを言っているので、単純に､もう一度言えば、永続性のある住家とはそれは建築のようなものであり､その建築によってつくられる都市景観のようなものである。それをアレントは世界という。物によってつくられる世界である。そして人間の活動はその世界の内にある。世界の内にあるからこそ永続性を獲得できるのである。「住家」のことを建築や都市といったけど、これはかなりの程度山本解釈だからね。でも「物によってつくられる世界」があるからこそ、そこで人間はその中にいる他者と共に（ある程度の）永続性を獲得できるのである。このまったく同じ箇所を「ハンナ・アーレント入門」（杉浦敏子・篠原書店､言っておくけどこの本はいい本だと思う）ではまったく違う解釈になっている。引用した箇所を受けて､次に杉浦さんはこう言っている。
「そうした他者がいる場が公的領域なのである。その意味でアーレントの公共性の概念は、自然的な過去性を引きずる所与としての共同性ではなく、個々人がつくり上げていく公共性の側面を強くもっているといえる。」ここには「物によってつくられる世界」あるいは「物」という言葉がまったく出てこない。「物」あるいは「物をつくる能力」についてアレント（アーレントと表記すべきなのかアレントなのか、どっちでもいいと思うけど､山本事務所のドイツ人スタッフに聞いたら､彼の発音はアレントだった）がしゃべっている箇所なのに、である。そしてその引用箇所からの結論はまったく違うものになっている。杉浦さんの解釈では、「物」以前に他者がいる。確かにポリス（公共空間）は他者と共にある場所である。その他者と共にどこにいるかというと､どこでもいいわけではなくてポリスでなくてはならない。つまり「他者と共にある場所」（ポリス）によって個々人は拘束されているのである。ポリスは政治の場であると同時に物理的な空間である。政治の場は「物」によって構成される空間である。アレントはそれを言っている。物によって構成される現実的で具体的な空間を「世界」とアレントは言ったのだけど、そのアイデアはハイデガーの「世界内存在」というアイデアの影響である。（これは杉浦さんの本で教えてもらった）個人とは「世界」の内にあってはじめて自由な個人なのである。あるいは「世界」の内にあってこそ他者と共にいるのである。「個々人がつくりあげていく公共性」と言っても､すでにその個人は｢世界｣の内にあって「世界」に拘束されている。
実は､ここが分かれ道なのである。
「物」の世界の内にある、「物」によって拘束されている､という意味は､その空間がなければ政治的関係すら成り立たないという意味である。政治は空間の中にある。「物」によって構成された「世界」の内にあって､初めて人間の様々な活動（activity）は可能なのである。さらに言えば「世界」はその活動（activity）自体を共同的に記憶する場所である。だからこそ永遠性のある「住家」であることができるのである。そういうことをアレントは言っている。
世界は物によって作られているというその「物」という意味が、なかなか多くの人に伝わりにくいという例をもう一つあげる。
「世界は人為的なもの、人間の手によって作られたものを表すと共に、人間の手になる世界に共に生きる者たちの間に生起する事柄をも表している。世界に共に生きるということは､ちょうどテーブルがその周りに席を占める人々の間にあるように、物事からなる世界がそれを共有する人々の間にあるということを本質的に意味している。」（p79）という文章を引用して､斉藤純一さん（「公共性」岩波書店）はこう続ける。「（物によってつくられる）「世界」という意味での公共性はひとまず置くとして」と斉藤さんは言う。公共性とは｢私が他者に対して現れ他者が私に対して現れる空間である｣（「公共性」p39）というのである。物による世界、世界という意味での公共性、それはひとまず置くとして､って言われてしまうくらい､「世界」はどうやら扱いにくいらしいのである。斉藤さんにとっても公共空間はつまり言論の空間である。あくまでも人と人とのコミュニケーションなのである。そこには「物としての世界」という場所の概念がすっぽりと抜け落ちているように思える。この引用の箇所に続いて､アレントはこういう。たとえば仮に手品のように「突然テーブルが真中から消えるのを見る。そうなると、互いに向き合って座っている二人の人は､もはや、何か蝕知できるものによって分離されていないだけでなく､互いに無関係になるのである」
ね、すごいでしょ。テーブルが無かったら人間の関係自体が成り立たない､無関係になると言っているのである。アレントは物による世界ということを確信していた。物の世界こそが公共空間であり､そこで人々ははじめて活動が可能なのである。
建築や都市景観のような「物」こそが「世界」であるという解釈は山本解釈が相当強く反映しているけど､たぶん多くの人はこの解釈に賛同しないと思う。「物」に対して強い偏見があるからである。それはアレントが警告しているように「労働」（labor）と「仕事」（work）の区別が近代社会から失われてしまったというところに起因している。近代人としての私たちの内側に「仕事」（work）の成果としての「物」に対する偏見が潜んでいるからである。アレント自身が言っているのだけども、多くの近代人は「労働」（labor）と「仕事」（work）に区別があるということに同意しないだろうというのである。だから、アレントの解釈をするときに「物」はたかだか人間の作ったものなんだから、そんな物によって世界が構成されるといっても、その意味がわからないのだと思う。
古代ギリシャでは「物」と「世界」は密着していた。物によってつくられた世界の内側にいるということが彼らの実感だったのである。
そこで古代ギリシャ人の気分になってみる。ぼくは実際そういう体験をしたから言っている。原広司さんと一緒に集落の調査に行った時の鮮烈な体験である。大学院を出た後すぐだったから､25歳前後である。イタリア半島を南下して､フェリーでギリシャに入ってアテネまできた。ずっと車を運転してきたのである。アテネまでは山道だった。そこでいきなり視界が開けてかなり高い視点からアテネの町を一望したのである。その瞬間、思わず息をのんだ。平らなアテネの町の中心にアクロポリスが屹立して､そこにパルテノン神殿があった。アテネの町と共にあった。そこに屹立する風景の全体がパルテノン神殿の風景だったのである。
古代ギリシャ人たちはパルテノンと共にこの風景の全体をつくったのである。この景観が彼らの世界であったということが分かる。そういう風景なのである。このパルテノンの風景はアテネ市民にとって永遠を意味するものだったはずなのである。永遠の風景を信じることができた。それがわかった。アレントはそうしたギリシャの都市景観を､もちろん遺跡だけど、それを実際に見て彼女の理論を構築しているはずである。彼女もパルテノンの風景に感動しているのである。その感動と共にソクラテスに深く共感するのである。アレントがすばらしいと思うのは､そして彼女が卓越していると思うのは実際の彼女の感受性と共に理論がつくられているからである。単純に言うと生々しい。私たち建築家（ものづくり）にはそれがわかる。たぶん今の社会のなかでは特権的にわかる。物をつくるという感受性と共に私たちは考えるからである。</description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 24 Apr 2010 18:24:21 +0900</pubDate>
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         <title>山本です。ポリスは政治的空間だった。</title>
         <description>活動的生活は「労働」（labor）「仕事」（work）「活動」（action）の三つの活動（activity）に分類できる。その「活動」（action）の説明をする前に､古代ギリシャの生活がどのようなものだったのか、それを先に説明した方がわかりやすいと思う。この三つの分類はポリスでの生活が前提になっているからである。
ここで話しはさらにわかりにくくなるので､山本流の解説をする。わかりにくくなる理由は､古代ギリシャの生活規範を私たちが実感として理解するのは極めて難しいということと、一方で､マルクス以降の私たちの生活規範はそれ自体が私たちの内側に血肉化されていて、それを疑うのが極めて難しいという両面から難しいからなのである。アレントはそこを何とか説明しようとする。でも難しい。
それを山本流に説明する。住宅の「山本図式」、ひょうたん型の図式である。そのひょうたん型のくびれの上半分が家父長の場所で下半分がその家父長以外の家族の場所である。家父長の場所には入り口がある。その下側の家族の場所には入るには家父長の場所を通じなければ入ることができないという単純図式である。大学院の修士論文を書くときに思いついた図式で、いまだに結構重宝している。これを使って説明すると、この図式は以下のような関係を説明する。家父長の場所を通らなければ外側と関係できない､という意味は家父長以外の家族のメンバーは家父長によって支配される関係にある。家父長が入り口を閉ざしてしまえばその家族はその外側、社会との関係を絶たれてしまう。支配とはそういう意味である。
そしてポリスの生活というのはこの家父長たちによってのみ占有される生活である。家父長のみがポリスのメンバーとして自由に発言し自由に振る舞うことができたのである。その自由をアレントは政治的生活といった。ポリスはその政治的生活のための空間である。ひょうたんの下側、つまり家族的空間とはまったく関係のない空間である。家族的空間とはつまり「家」（oikos）である。政治的空間における政治というのは言語による他者との関係の空間､つまり「活動」（action）の空間である。一方の家族的空間は生きるための様々な活動つまり「労働」（labor）のための空間である。古代ギリシャの空間構成はこのように二つの空間に厳密に分類分割されていた。
でも、これは古代ギリシャに限らない。あらゆる共同体はこのような空間図式をもっているのである。今まで説明してきた「共同体内共同体」の図式である。古代ギリシャはその図式を､血縁に基づく部族的な関係を超えて「国家の図式」として制度化した初めての共同体だったのである。都市国家をつくるにあたって､それまでの部族的な共同体はすべて解体されたという。「ポリスの創設に先立って部族や種族のような血縁にもとづいて組織された単位が、ことごとく解体した」（「人間の条件」p36）のは当然である。部族的な共同体もまた「共同体内共同体」だったからである。二つの制度は共存できない。ポリスは部族的な「共同体内共同体」を払拭して初めてそこに個人（家父長）による共同体（ポリス）が登場したのである。
ポリスの領域での活動こそが政治である。政治は言論であって、戦いの場所ではない。他者を支配しようとすることはすでに政治ではないというのが古代ギリシャ人の考え方だった。「ギリシャ人の自己理解では､暴力によって人を強制することは、つまり説得するのではなく命令することは､人を扱う前政治的方法であり、ポリスの外部の生活に固有のものであった。すなわちそれは､家長が絶対的な専制的権力によって支配する課程や家族の生活に固有のものであった」（同掲書p47）ポリスの生活は「観照」である。自分自身に問いかけて､さらにそれを他者に伝達できる理論を構築する生活である。一方の家族の生活は生命を維持するための生活である。家族とはつまり「労働」（labor）の領域である。</description>
         <link>http://www.y-gsa.jp/studio/yamamoto/2010/04/post_56.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Apr 2010 11:08:03 +0900</pubDate>
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         <title>山本です。「労働」（labor）と「仕事」（work）</title>
         <description>「労働」（labor）に最も高い価値を置くというマルクスの解釈は､もちろん歴史の必然という唯物史観に依っている。「労働」（work）は奴隷の活動であった。労働は労働する人の意志とはまったく無関係にある。労働そのものではなく､労働力に価値があるのである。当時も産業資本にとって均質な労働力は利潤に直接つながる最重要テーマだった。「労働者」問題が時代の中心だったのである。1848年にエンゲルスと一緒に「共産党宣言」を書いているけど、1848年はパリの二月革命の時である。その年の三月は二月革命の影響でドイツ各地に「三月革命」といわれる暴動が起こる。マルクスはそのまっただ中にいたわけである。労働者の時代が来るというのは当時の人たちにとって最も熱い思いだったはずなのである。最も虐げられた人たちが次の歴史を担うという、その歴史の必然というマルクスの考え方が多くの人たちを勇気づけたのである。
ところで「労働」（labor）に最も高い価値を置く一方で､いかにしたら辛い労働時間を短縮できるかということも課題だった。結局、労働時間がゼロになればいいのか､それこそ「労働」（labor）という概念に高い価値を与えるという､その考え方自体の矛盾だろうというのがアレントの批判である。マルクスの時代とアレントの時代の&quot;熱い思い&quot;はまったく違うにしても､この指摘はまったくその通りだと思う。私たちの活動が労働力としてカウントされてそれに対価を支払うというのは今でもまったく同じである。（できるだけ少ない時間働いて､できるだけたくさんの給料を獲得したい､という今でもの日本の労働組合の活動方針である）
「〈活動的生活〉は世界の物の中で営まれるが､この&quot;世界の物&quot;は、労働の生産物とは非常に異なった性格をもっており、労働とはまったく異なった種類の活動力によって生産される」つまり「仕事」（work）の産物である。「永続性と耐久性がなければ世界はあり得ないが、それを世界に保証するのは､世界の部分として眺められた仕事の産物であって、労働の産物ではない」労働に求められるのはばらつきのなさである。「労働」（labor）の集約そのものが労働力なのである。「労働」（labor）の成果は何かというと、その労働力がカウントされるだけである。誰だっていい。「労働」（labor）の結果何が生み出されるか労働者は知る必要がない。労働する者はすべて同じ労働力を持っていると近代産業社会では認識されるのである。それに対して、「仕事」（work）は耐久性のある&quot;物&quot;をつくる。すべての活動はこの「耐久性のある&quot;物&quot;の世界の内部にあるのである」世界というのは&quot;物&quot;によってつくられる世界である。人間はその世界の外に出ることはできない。その世界のうちで生まれて、その世界の中で死んでゆくとしたら､その物をつくる「仕事」（work）は自分が何をつくるのか知らなくてはならない。明らかに「労働」（labor）とはまったく違うのである。アレントは「労働」（labor）と「仕事」（work）の区別を指摘しても多くの人はそれを理解できないだろうと言うけど､私たち&quot;ものづくり&quot;は理解する。私たちのつくる&quot;物&quot;の中で生活する人々をずうっとみてきているからである。直接的にその人たちのためにつくるからである。
アレントがすばらしいのは､&quot;ものづくり&quot;彼女の言葉で言えば「工作人」こそが世界を形作っているという認識である。&quot;ものづくり&quot;に対する評価は「労働」（labor）する人の労働力をどうカウントするかという評価とは根底的に違うということを､根源的なところにさかのぼって説明する､その思想がすごい。</description>
         <link>http://www.y-gsa.jp/studio/yamamoto/2010/04/workwork.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 11 Apr 2010 11:27:25 +0900</pubDate>
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         <title>山本です。マルクスによる「労働」の優位</title>
         <description>「労働」（work）と「仕事」（work）の区別の代わりにマルクスによって考えられたのは生産的労働と非生産的労働の区別である。「近代において労働が上位に立った理由は、まさに労働の『生産性』にあったからである」（p140）産業革命によって19世紀に生きるすべての人たちが「かつてみたこともないほど高い西洋人の現実的な生産性にいわば圧倒された」(p141)そういう時代だったのである。「神ではなく労働こそが人間をつくったとか、理性ではなく労働こそ人間を他の動物から区別すというようなマルクスの冒涜的な観念は、近代全体が同意していたある事象の最も過激で一貫した定式に過ぎなかった」(p140)のである。マルクスに限らず労働あるいは生産性こそがこの時代の最重要課題であることは共通認識だったと思うのである。
マルクスが「資本論」の第一巻を出版したのが1867年である。産業資本家たちがイギリスやフランスで労働者住宅をつくりはじめるのがちょうどこの頃で、たとえば「プラーグ街の住民たち」（中野隆生）に紹介されているミュルーズの労働者住宅は1853年に着工されている。工場の生産性を上げるためにはばらつきのない標準的な労働力が必須だったのである。住宅は労働力の標準化のためには最も重要な教育装置として考えられていた。という話を以前にしたけど､マルクスの「労働力」はまさにその時代の産物なのだということが良くわかる。
「労働市場に持ち込まれて売られるのは､個人の技量ではなくて『労働力』となる。この『労働力』は、生きている人間ならだれでも、だいたい同じくらいの量をもっているだろう」(p143)誰でも同じ能力として解釈されるのが労働力である。かつては熟練の職人によって生産されていたとしても、分業化によって「一つの活動力が非常に多くの細かい部分に分化しているので､それぞれに専門化した作業者は最小の技能しか必要としない､この結果マルクスが正しく予言したように､熟練労働が完全に廃止される傾向が現れる」(p143)熟練工もいない工作人もいない。それが近代社会のものづくりの現場なのである。均質な労働者によってこそ均質な商品を生むことができる､という神話はこの時代に始まったというのである。このアレントの解釈は今の建築の状況そのままである。できるだけ均質で瑕疵のない（欠陥のない）建築をつくらせようとする力学は、特に日本では、今でも非常に強固である。ものづくりに対する見えない偏見の直接的な原因どうやらこのあたりにありそうだと思っている。</description>
         <link>http://www.y-gsa.jp/studio/yamamoto/2010/04/post_55.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">山本</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 10 Apr 2010 13:54:34 +0900</pubDate>
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